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もうすぐ一時になろうとしている時刻だった。チャイムが鳴り玄関に行ってみると磨りガラスの向こうに細身の来訪者の姿があった。マリが小さく「見つかってしまいましたね」とつぶやく。早いな、もう来たかと俺は思った。
「出ない方がいいかな」
「戦闘力は低いですからたぶん取り引きが目的でしょう……あなた次第です」
俺はもうマリの、というよりはZD9の基本的な機能を把握しているので不安はなかった。
「どなたですか」と一応尋ねてみる。
「用件はわかってるはずだ。開けたまえ」と返答が響く。
俺は玄関の引き戸を開けた。そこには薄くラメの入った黒スーツ姿の男が立っており冷ややかな目で俺を見下ろしている。髪は黒髪で顔立ちはアングロサクソンという容貌だ。
男を中に入れ、畳敷きの部屋に通し、俺と男は低い木製テーブルをはさんで向かい合う。どちらもあぐらをかいている。
「昨日の夜でもよかったんだが夜は控えたんだ」
「よく場所がわかったもんだ」
「強い生体エネルギーが使われた痕跡を見つけたんでな。あとは住人をチェックすれば済む。……さて我々の兵器を返して貰おうか。大ごとにはしたくない。何かと交換でもいい、欲しいものがあれば言ってみろ」
「渡せない」
「なぜだね」
「本人が望んでない」
「そいつは機械だぞ。自分がAIに言いくるめられてるのがわからんか」
「じゃあ少なくとも地上を攻める計画はやめて貰いたいね。その確約が得られるなら考える」
「それは俺の扱える範囲ではない」
「上に持っていって検討して貰ってくれ」
男がグロックに似た銃を取り出し俺に銃口を向ける。あまりに涼しげな態度で見とれるくらいに鮮やかな動作だった。
「お前がやろうとしてるのは無謀な戦いだぞ」
「俺自身は戦いなんぞしたくないんだけどね。相棒はそちらに帰りたくないそうだ。であるなら相棒に協力するさ」
銃口がチカッと光った。それは標的を失神させるだけの威力しかなかったのだろう、弱いもので俺の手前二○センチ辺りで簡単に弾かれ四方に飛び散った。マリが働かせていた透明のフィールドが弾いたのだ。俺は男に言った。
「ま、銃を納めてくれ。あんたも仕事でやって来たんだろうから俺たちの間には憎しみや恨み何てものはない。少し訊きたいことがあるんだ。いいかな?」
男は銃を降ろしはしたものの手に持ったままである。
「何だ」
「あんたたちは地底人という解釈でいいのか?」
「その表現は気に食わんな。地下住民くらいにしてほしいね」
「大昔に新人類が旧人類を地下に追いやったとして……新人類はどこからやって来たんだ?」
「突然変異が集団の規模で起こり好戦的な種族が生まれ、そいつらが領土を拡大していった、という歴史だ」
「元々は同じ人類、種族だったと」
「大元はそうだ」
「爬虫類型のやつらは?」
「知らん。向こうとここを行き来している存在で政府の上層が扱う領域だ」
「行き来? あれが? 初めて見たけど」
「こちらではこちらの人類の皮を被っている」
「変装して紛れ込んでるってことか」
「そうだ」
「それは一般常識?」
「まあな。それがどうした」
「俺はネット民でもあるんで何でも疑うことから始めんのよ。そっちではネットはないそうじゃないか」
「ああ危険視されてる」
「なぜ博士は殺されたんだろう?」
「その兵器の詳細を隠し、政府に偽の情報を提出していた。反逆罪にあたる行為だ。それ以前にも反政府的主張や言論が目についていた人物なんだ」
「殺さなくてもいいだろ」
「他の科学者に対する見せしめもある。科学者は独善に走りやすい傾向があるからな」
「統制のためだと」
「……俺たちは何の話をしてるんだ?」
「……異なる文明に対する疑問について」
「計画の変更はないぞ」
「お互い段階を踏んでいこうや。お互いにリスクやコストを減らせるかもしれない」
「言っとくがそれは俺たちのテクノロジーだからな。いずれは同じものを作り、次は越えたものを作る」
「それはそうだ。俺も勝てるとは思ってない。いまはとにもかくにも生き残ることを最優先に考えてる」
「ならそいつを外して関わらなければいい」
「関わらないって選択はもうとれないのよね」
「なぜ」
「思考の回路、メモリーの回路がつながってて、つながり自体の拒否はできないんだ。もはや」
「寄生されてるんだぞ」
「まあいいさ。俺のスタイルでやれるだけやろうと思ってる。俺はこっちの世界に何の希望も持ってないし、何かしらの夢があるわけじゃない」
「そうなのか」
「ただ人の善意であるとか温かみは信じてるわけさ。実はネットにそれがあったりする。まだ世界を信じていける」
「誹謗中傷と悪意と憎悪がメインだと聞いてたが」
「それは正しい認識だ。それだけじゃないのよ。時代は経済の時代、資本主義の時代だ。でもそれだけじゃない。人間てのはおもしろい生き物なのよ」
「このやりとりも……上に持っていっていいか?」
「お好きにどうぞ」
男は銃をジャケットの内側に戻して言った。
「今日のところはここで帰るが、AIに警告しておくぞ。もし彼の人格を乗っとるようなことがあれば、それは我々にとって全面攻撃の合図となる、というのは覚えておけ。人間が相手だから我々はモラルを用いてる……」
警告の対象、マリは黙ったままだった。赤いサークルが畳の上に広がり、男は黒々とした穴に沈んでいき、そしてサークルが閉じる。
「あの空間移動は防げないの?」
「探知ができますからその時点で結界を張れば可能ではあります。でも空間移動にせよ結界にせよ消耗が激しいのであまり使いたくはないんですよね。……それにしてもなぜあの男にあんな質問を?」
「なぜ? ん~……、日本人だからね。日本人は“事実をベースにしたフィクション”に弱い。だから情報の受け取りには慎重なんだ。君のなかにある情報も敵が口にする情報も、いまはどちらも欲しいのさ」
「ここを移動しますか?」
「どこへ」
「何かあったとき被害が少ない場所へ」
「生活が大変だろ。スーパーやコンビニがないとな。君がいくら物凄い兵器でも飯を出してはくれないだろう?」
「はい」
「どのみち逃げても無理だと思うんだが。君自身が放ってる波動の周波数をいつかは向こうも把握するだろう。そんなに遠くない時期に」
「それはそうです」
「基本的に俺はヒーローでも何でもないからな。時々バイトしていまみたいにニートしてってのを繰り返してるだけの男だ」
「それは知ってます」
「君が望むのなら君のタイミングで俺を乗っ取って超人化というのもいい。そういうのはかまわない」
「いいんですか」
「君には君自身を守る権利がある」
マリは何も言わなかった。俺は俺でとにかく自分のなかからネガティブな考えを追い出すことで必死だった。口では勇ましいことを言っていても、関わりたくない、逃げ出したい、そういう考えは常に頭に浮かんでいる。だがそれでは人としてだめだろう。いまは自分が置かれた状況をポジティブに捉えることが重要だ。でなければ例え乗りきれるものでも乗りきれない。
これは俺に与えられた役割なのだ。単なる偶然かもしれないし生まれてくる前からの約束事なのかもしれない。どちらでもかまわない。役割を果たすことは正しいことのはず。俺はこの正しさに気持ちよさを感じている。ならば気持ちよさを信じるしかないだろう。
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