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「私の故郷ではこの世界の住人をそう呼んでいるのです」


「救うって何から救うんだ?」


「私の故郷の政府であり、もっと大きく言えばあなた方の祖先が地上から追いやった旧人類からですね。彼らは地上に戻るべく計画を立て準備をしています。つまりあなた方の排除を目論んでいる」


……困った話だ。それが本当のことならとても俺がどうこうできるような話じゃない。


「なんでまた日本に」


「計画は社会浸透が第一歩ですからセキュリティの緩いこの国から始めるのがいちばん簡単で効率がいいんですよ」


「旧人類はいまどこに」


「地下空間です。あ、……私の危機管理システムが完全に稼働を始めました。回復しましたからもう大丈夫です」


「何が?」


「敵性の高い対象を広い範囲で感知できますから最適な対応をとることができます。あなたに移ってエネルギー源を得るまでは生命維持の方に全力を傾けていましたので他のシステムはシャットダウンせざるをえなかったんです。戻りましょう」


そうしてくれ。靴も履いてないので俺は早く帰りたかった。──にしても地下空間だと? いわゆる地底人ってことなのか?


再び赤いサークルが地面に輝き、一瞬で元の屋根裏に戻った。しかし小さいおっさん連中は姿を消していて、木組みに囲まれた埃っぽい空間があるだけである。


「仮にドローンが君を探知した場合、何がやってくるんだろう」


「私の故郷はボールドという国なのですが、そこの軍部に所属する暗殺のエキスパート、若しくは政府機関所属の暗殺者でしょうね」


「簡単に言うね。俺のところに来るわけだよね」


「ですからあなたは自分の身を守るために戦わなくてはなりません」


「……見た目は?」


「容姿はあなた方と似たようなものです。猿型人類ですから。人員だけで私を取り戻せないとなればモビルワーカーが送り込まれると思います」


「戦闘ロボット的なやつ?」


「はい。一人乗りの小型ロボットですね。小型と言ってもこの町くらいなら三体あれば制圧できます」


ここはだって何にもないもの。宅地開発が進む住宅地が点在し、田園風景が広がる田舎町である。


「あのさ……救えとか戦えとか、本人の意志を確かめもせずに勝手に決めるなよ。戦うのなんかヤだよ。向いてないし」


「もしモビルワーカーが送り込まれる事態となれば町は破壊され無関係の人々がたくさん亡くなりますが」


「俺、この町の人間じゃないしさ。適格な人物を探して警官とか自衛隊員とか少なくとも体育会系のやつにあたりなよ。こんな十九の若造じゃなくて戦いに慣れた手練の人間がふさわしいだろ」


「そうした方たちは私のような存在や超常現象じみた事態を簡単には受け入れません。それでは困るのです。システムが円滑に作動しません。遺体の処理、空間移動、そもそも充電だってあなたならばこそすべてがスムーズにいったのです」


「そうなの?」


「まあ、無理に戦えとは申しません。シュナイザー博士の仲間が動くということもあるでしょうし、私の身の振り方に指示があるかもしれません。いまは生き残りさえすればそれでよいという考え方もあります」


「ああそれで頼むよ。少なくともさ、人生ある程度楽しんで三十代で世のため人のために戦えってんなら俺にも対処のしようがあるのよ」


「一理あります。……それではこの兵器ZD9について説明します。あなたが生き残るための話ですからよく聞いてください」


「ああ。聞こうじゃないか」


「ZD9は大きく言って三つの機能を備えています。ひとつめは超人化モード。攻撃力と防御力を兼ね揃えたオーラによって使い手を戦士に変えるモードです。でも連続使用は七二時間が限界で、回復には二四時間のバッテリー充電を要します。二つめはディフェンスモード。DFモードと呼んでます。防御に特化した形態でこちらは時間的な制限を要しません。使い手の生体エネルギー次第です。……三つめは一度しか使えません。解放モード。言葉通りすべての力を使い果たす攻撃モードです。あなたはもちろんのこと私のライフもゼロになります」


……ふむ。そういうことか。このZD9というのは人間の肉体と一心同体となって初めて兵器となるのだ。


「超人モードは時間がきたら逃げなきゃならんのか」


「はい。若しくは潜伏するか」


「リミットがくるそこを狙われたら終わりじゃん」


「向こうはそこまでは知らないと思われます。このZD9は開発責任者シュナイザー博士によってこちらの人類が使えるよう“新人類仕様”に中身を改造し仕上げてあります。政府に提出してあるスペックや機能に関する資料の内容は偽の情報なのです」


「へえ……なんでまたそんな改造を」


「政府が進めている地上に戻る計画に反対の立場だったのです。博士は地上に関わるべきではないという考えでした。しかし計画が実行されれば戦闘は必至で、テクノロジーの面で上回るボールドをあなた方は防げない。そこで対抗できうる力をあなた方に与え政府の計画を防いで貰おうと」


「その計画案が出たのは最近なの」


「はい。あちらの世界の政府機関の中枢のさらに奥に最高権力者がいるのですが、その人物の意向のようです。そこは国家機密ですので私も正確には把握しておりません」


迷惑な話だ。地上は地上で常に問題を抱えてるのに……しかしまあ不謹慎だが俺たち人類もここら辺りでリセットというのもアリかもしれん。俺はそんなふうに事態を受け止めていた。


「ひどく甘い認識のように思うのですが」


「こっちの世界は限界を迎えてると思うよ」


「仮に本格的に彼らが乗り込んできたら取り返しがつきませんよ」


「だからそれを俺に言うなって。国連軍が相手すればいいだろ。俺がやるとしたらふたつめの防御のモードしかないよ」


「それを選択するんですね?」


「選択っつうか消去法だよ」


「わかりました」


声に非難の色はなかった。それはそれでかまわない、といったような響きがあり俺としては拍子抜けだった。そのときだ。俺は何かの気配に気づいて右に目をやり、その視線の先の床に小さな仏像を認めた。細身の立ち姿は茶色をしており、小さなおっさんと同じく身長十センチほどだが違う点がある。圧があるのだ。何やら体の奥に届く、心の底に響くような力がある。しかし俺は仏教徒ではないのでそれがポジティブなものなのかネガティブなものなのかさっぱりわからない。マリに訊いてみた。


「なんだろう……?」


「精霊ですね」


「何の?」


「正体不明です。私はこの分野にあまり詳しくありませんので。放たれている波動自体は精霊のそれですよ」


ただそばにいるだけで何の動きもないので俺としてもリアクションのとりようがない。触らぬ神に何とやらである。とにかくいつまでも屋根裏にいたって仕方がない。俺は言った。


「まりりんさ、ともかく下に降りてコーヒーでも飲もうや」


「私は飲めませんけど」


「んなことわあってるよ。コーヒータイムに付き合えよって意味だよ」


「なるほど」


俺は異様な圧を放つ精霊に注意を払いつつ屋根裏を去り、押し入れを出て、一階に降りて行き、内心(大変なことになったな)とこぼしてため息をついた。それからコーヒーを淹れる準備に取りかかった。


……こうして俺とAIマリとの付き合いは始まったのだった。一日が過ぎたいまではもっと親しくなっていて早くも俺たちは相棒のような関係である。マリは俺のスマホを通してネットに入り、こちらの森羅万象を学んでゆき、午前中だけの学習時間でRPGにおける賢者と漫画の世界の仙人を兼ねたような存在になっていた。


驚くのはマリは俺の脳ともリンクしているので集積データの片鱗というか概要が俺にも漠然とではあっても伝わっていることである。胸のうちで『へー』とか『ほー』とかこぼす瞬間が頻繁に俺のなかで起こっていた。というのもネットの世界では重要な情報があとからあとから次々に削除されていってるからである。自動で、あるいは手動でそれらは消されていっている。


しかしほどなくして俺は理解した。これがいまの“時代”そのものなのだと。ならば見て見ぬ振りをするしかない。




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