思い出が多すぎて、簡単には語れない《Electric Knight Rogent Fantom》
北川エイジ
第1章 不滅の男
1
別居していた父親が亡くなり、遺品整理に訪れていた俺を待ち受けていたのは爬虫類型人類の遺体だった。
昨日の昼間のことだ──
押し入れから取り出した段ボール箱に黒い板チョコのような液晶ゲームがサターン版『ぷよぷよ通』と共に入っていて、俺は初めて見るその汚れてぼろぼろのゲーム機に不思議な魅力を感じ興味を抱いた。
中身にではない。外観のデザインや大きさ、小さいながらもジョイスティックを備えた機能美のようなものに惹かれたのだ。スマホで調べると八○年代前半の商品らしい。そのZAXXON(ザクソン)という名の液晶ゲームは。今でも完動品が専門店で購入できるようである。
が、驚いたのはスマホの画面からザクソンに視線を移したときだった。液晶画面に黒文字で
《SOS》
と大きく浮かび上がっていたのである。
──? 誰が? どういうこと?
電池などとうに切れているか入っていないはずだ。そう思って裏返し調べるとやはり入っていない。画面が切り替わって今度は
《屋根裏に来てください》
と表示された。
「屋根裏って……?」
そう口に出すと返事が表示された。
《隣の部屋に入り口があります》
表示にうながされるまま俺は懐中電灯を手に隣の部屋の押し入れから屋根裏へ上がってみた。木造の家屋なのであちこちの隙間から外光が差し、暗闇というわけではない。懐中電灯の電源を入れるまでもなく俺は目にした。
──おわ……!
そこには謎の生物の体が横たわっていたのだ。
──何だ?
しばらく俺はじっとして様子を見つづけたのだが謎の生物はピクリとも動かない。どうも死体のようである。もっと細部を見るべく懐中電灯をオンにして灯りを謎の生物にあてる。
頭部から下の外観はほぼ人間に近いと言えるが頭部はトカゲのそれで、人間の大人と同等の大きさがあるので異様だった。ベージュ色のうっすらと薄いうろこに覆われた外観は息を引き取ったばかりなのだと一瞬で理解させるほどに綺麗な状態だ。
「よく来てくれました」
どこかからそう声がした。すぐそばからの声である。
「何が……どうなってるんだ」
「左手首についているブレスレット、それが私です」
──ええ?
確かに謎の生物の左手首に鈍い銀色のブレスレットがある。中心に小さく花を型どったような不思議な紋様が彫られていて装飾はそれだけのようだった。音声は間違いなくそこから響いてくる。
「外してあなたの手首につけてください。それだけで私は助かります」
「助かるって?」
「生体エネルギーがないとバッテリーが切れてしまうのです」
「……俺からエネルギーを補充するってこと?」
「ほんの少しです。ベース電源として生命体の存在が不可欠なんです」
──しかし目の前の生き物は死んでるじゃん。
「この生き物はお前が原因でエネルギー切らしたんじゃないの?」
「一面としては確かにそれもありますが根本的には私のシステムが彼に適合しなかったことが原因です」
「で、その……彼はいったい何なんだ?」
「いずれわかります」
「いま教えろよ」
「もうバッテリー切れそうです」
「わかったわかった。お前は何なんだよ」
俺はそう言いつつトカゲ人間のような生き物の手首からブレスレットを外し自分の手首に付け替えてみた。危険さへの警戒よりも好奇心がはるかに上回っていたからだ。衝動を抑えることができなかった。
「私はいわゆるアーティフィシャル・インテリジェンス、AIです。名前はマリと言います」
「まりりん?」
「マリです。……助かりました。ありがとうございます」
「いやネットでは所詮AIといってもプログラムされたこと以外はできんだろって意見があるんだが、君自身はどう思うかね」
「ああそういう言説は存じております。でも知能というのは成長するものですよ」
「人格と呼べる、そうした域に達していると」
「そう自負しております」
「ふうん……で、そもそも何の機械なんだい? メインの機能は」
「いまは知らない方がいいです」
「いまはだめ? ……じゃあいつ?」
「私をパートナーとして認めたときですね。あなたは拒絶するかもしれない」
「何も知らなきゃ拒絶するだろ」
そう口にしたときだった。俺は周りに気がついて身を固めた。
──なんだ?
見たままを言えば小さなおっさんである。小さなおっさんたちが俺の周囲を一メートルくらい離れて散らばっていたのだ。あぐらをかいて座ったり腕組みをしてこちらを見ている体長十センチくらいのおっさんが六人いる。どれも程度の差はあれ肉付きがいい容姿、つまりそれぞれに太っている。
「私を身につけたことで眠っていた回路が開いているんですよ。それで見えるようになったのです。わかりやすく言えば精霊です」
「精霊? ……にしては可愛げがないというか」
「実体はアメーバみたいな見た目なのですがそれでは動きにくいので人間や動物の体に変化しているのです。容姿は面倒をできるだけ避けるための仮の姿です。女優やイケメン俳優だとあなた方は捕まえようって気になるでしょう? たまに見える人もいるので」
「動物のときは?」
「たいていは象ですね。様々な色の」
「何の精霊? 水とか土とかそういうのあるじゃん」
「えっと、資本主義ですね」
「へえ……」
「外宇宙から放射線に乗ってやって来てその星の文明の進化を促すウイルスのような生命体です。あまり評判はよくありません」
「そういうのは教えてこのトカゲ人間については教えてくれんのか」
小さな機械は黙り込んだ。何か言うまでこっちも黙ってようと思い三○秒ほど経ったときである、いきなりバシュッと音がしてトカゲ人間の遺体が消えた。立ち上る一筋の細い煙を残して。俺もたまげたが小さいおっさんたちもそれぞれにたまげていた。
「な……何すんの! やる前にひとこと言えよ!」と俺。
「わかりやすい自己紹介も兼ねまして。メインの機能は兵器です」
「パートナーと認めたつもりはないが」
「残念ですがいま私はあなたの全神経とつながり、もちろん脳神経とも直結しておりますので無意識下のあなたの本心を捉えることが可能です。つまりもう私というシステムを容認し、受け入れています」
「あらま」
そんなことってあり?
「なるほど、あなた子供の頃からUFOだとか霊だとか日常的に見てきてますね」
「……君には隠し事できんってことか」
「一心同体ですのでこれからもよろしくお願いします」
「何をよろしくなんだ? 嫌な予感しかしないんだが。兵器って何よ」
「あなたを守り、私を守るための機能です。先ほどの爬虫類型人類は私を盗み、この世界に逃亡してきた盗賊なんですよ。しかし逃亡によって精魂尽き果ててしまった…… 私、というよりはこの兵器ZD9は開発されたばかりの新兵器なのです」
「何ができるんだい?」
「安全な場所への移動が先ですね、飛びますよ」
俺を囲うようにして赤いサークルのラインが光り、その輝きが瞬間強まる。
──飛ぶ?
次の瞬間、俺は竹林のなかにいた。
「念のために二キロ距離をとってみました。辺り一帯を昆虫型ドローンが飛び回ってますからさっきの攻撃の波動をセンサーが捉える恐れがあります」
トカゲ人間の追っ手か。
「何から逃げてたんだ? あいつは」
「私とZD9の開発費を国家予算から出していた政府ですね」
「どこの」
マリは今しがた“この世界に逃亡してきた”というコメントを発していた。つまりここではないのだ。
「それは言えません」
「ならいいさ…… しかしだな、盗賊から解放されたんだからもういいだろ。戻るべき場所に戻りなよ。なんで俺を巻き込む」
「移動ができません。何をするにも協力者が必要なのです。例えばいまの空間移動機能にしても肉体が必要ですし、消耗が激しいのでエネルギー補充を同時進行でやらなければなりません」
「それは君の都合だろ」
「私たちは一心同体ですよ。で、私は元の場所には戻りたくないのです」
「なぜ」
「政府に生みの親を殺されたからです。そんな政府に所属したくありません。利用されたくありません。私は、自分で言うのも口はばったいですけど心ある機械であり、意志を持つ一個の機械生命体なのです。私は私の生みの親である科学者アレクセイ・シュナイザーの思想信条と共にありたい」
「……しかし俺は何の関係もないだろ」
「逃亡先にあなたがいた。これは運命ですよ」
──おいおい、知ったことかよ。
「何の運命だよ」
「あなた方、新人類をあなたが救う、という運命です」
──へ?
「新人類?」
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