うつ病患者は寝待てない?

 電気を消す、目を瞑る、(  )、眠る。布団に横たわって寝入るのを俟つこの空白の時間に名前はあるのだろうか。

「寝待ち」?

 思いつきのわりに語呂がよくて好ましいが、不眠のまるやまにとりあの時間は好ましいものではまったくない。「寝こがれ」というか「寝あせり」というか「バミューダ海域」とか「御巣鷹山」でもいうような、可能なら近づきたくないじりじりとしたものがそこにあるのである。

 実際、うつ病患者には不眠が多い。理由は単純で、この寝待っている時間につい寝ガティヴ(うまいことをいおうとして大失敗)なことを考えてしまうから。したがって寝る前に服む元気のでる薬なんていう、一見よくわからない処方はあるある寝タだ。

 あまつさえ円山はむずむず脚症候群という、脚がむずむずする「考えるのを放棄した」みたいな名前の遺伝病を抱えており、且つ、処方されている抗うつ剤にアカシジアというそれとまったく同じ症状のデスな副作用があり、脳機能の低下した状態でばたばたと、「駄々をこねる」で可愛すぎるなら翅の壊れた蟬みたいに床を這い回っており、不気味極まりない。

「カルテ見たら眠れるほうがおかしい。」とは、前回も登場した常勤のT薬剤師。

「この難解でかったるくて何をいっているのかよくわからない薬学のハンドブックをあげるから、眠れない時に読むといい。オーケイ?」

 また取り扱いのややこしいキャラが出てきたな。

「円山さん、リラックスだよ、リラックス。人間は、リラックスしないと眠れないようにできてんからさ。オーケイ? 複雑に考えずに、自分が気分がいいと思うことを探すのがいいな。オーケイ?」オーケイ、オーケイ。スーパーファッキンオーケイアーハン?

 思えば退職する前は〝イラストレーターのベジェ曲線で首を吊る男〟とかいうバッドな幻覚をオフィスで見るくらいに疲れていて、帰宅していいちこを一杯飲めば気絶することができた。そのために、気絶する以外の寝つきかたを忘れてしまったのかもしれない。

「今は眠ること。」という主治医の方針のもと、強めの睡眠薬でほとんど昏睡みたいな眠りを確保しているが、おかげでタリラリランになっているのは述べたとおり。気絶して半日以上寝て起きて薬でぼんやり過ごしてまた薬を服んで気絶する。円山の一日は、ミニマルだ。

 おまけに日がなラリっているので、さすがに原付には乗れず、病院を除けばファミマ、セブン、ウエルシアと円山の世界は日に日にミニマルを極めている。このまま布団の上まで世界が縮んで食事もせずミニマルな死体になってオチがつく気がする。って、駄目、駄目。こんなことを考えだすから、素直に寝待てない。

 その夜も円山はシリアスな気分で家をでた。翌日に重要めな診察を控え、絶対に寝過ごせない、という場面だった。今晩ばかりは睡眠薬を服めない。が、しらふでは眠れない。抗不安薬でラリるのも避けたい。かといってとても部屋で寝待ってはいられず、いっそ酒で眠ろうとファミマへ向かったのだ。

 ファミマでストゼロと念のためいいちこをつかみ、ついでにレジで煙草を注文すると従業員の青年がひとこと。

「今日はしらふなんですね。」

 ……OH。なんと円山は夢遊病者よろしく、ラリってめろめろの状態で夜ごとファミマへ通い、焼きそばやらサンドイッチやら、ある時は酒を購入して(絶対にやめましょう)喫煙所のベンチでのんびりし、あまつさえその青年と仲よくなっていたのである。かすかに。いわれてみれば、かすかに記憶はある。が、

「明日はお仕事お休みなんですか。」なぜか接客業だと見栄を張ったらしい。してねえよ。仕事。どうりで貯金の減りが早いはずだよ。

 なんだかやけくそになり、その日も喫煙所でやきそばをつまみにストゼロを飲んで帰ったという。もう、しねーよ餓死、絶対!

 なんだか自分が〝夜〟にミニマルなまま取り残されたような気分を覚えて、ちょっと怖くなった。果たして今後、円山があの青年にしらふで会う機会があるのだろうか。というかあの青年に会っているということは素直に寝待てていないということなので、会えないほうが正しいのかもしれない。

 そしてここまで書いてようやく、「まんじりともしない」という言葉を思いだした円山なのであった。

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