うつ病はどきどきする?

 不安や恐怖からのどきどきを恋のどきどきと錯覚する〝吊り橋効果〟なるものがあるが、その逆は聞かない。

 たまにはあるんじゃないだろうか。例えば、学年イチのさわやか系イケメンから突然告白されるヒロイン。

「お前のこと、ずっと好きだったんだ。」

(え? え? こんな地味な私に、何で――?)

「返事は今度でいいから……じゃっ。」

 サッカー部のユニフォームのまま、さっと背を向けるイケメン。どきどき、どきどき。この感情は……もしかして、恐怖――?

「早く俺様のものになれよ。」どきどき。(←恐怖)

「先輩だいすき♡ ずっとそばにいたいです♡」どきどき。(←恐怖)

「あなたを一生守ってゆきたい。」どきどき。(←恐怖)

「このあいだの返事……聞かせてもらえる?」どきどき。(←恐怖)

(あーん、私はどうすればいいの――?)

 度重なるどきどきの連続に、彼女はついにうつ病に……。

 やめよう。あってもいいが、読みたくない。

 うつは心の病だが、心を病むと体も病む。

 とりわけ、動悸と息切れは簡単に起こる。まるやまが心療内科に駆けこんだのも、そういえば息ができなくなったからだった。恋に息切れが伴うものか知らないが、恋も恐怖もどきどきの質が変わらないなら、常にどきどきしているうつ病患者は恋に生きているともいえよう。ロマンティックなやまいである。

 精神医学的には「根拠のないどきどき」を「病的」とすそうだ。

 だろうよ。

 以外の言葉が見つからない明快な定義だ。考えてもみてほしい。会社で重要な会議があると。ああ、緊張してどきどきする。それは病ではなくただの恋である。オーケー。いいたいことはわかっている。とにかく、根拠のあるどきどきをどうにかしたければその根拠を除けばよい。あるいは開き直ってしまえばいい。

「私は会社を抱けるよ。」

 ここまでくれば立派なものだ。ま、根拠がないどきどきも除く方法はあるのだが、何故だか「耐えて」しまう人。それがうつ病になる人だということもできる。

 不安に耐える。誰もそんなことはいっていないが、これを「孤独な戦い」などと格好つけるつもりは円山には毛頭ない。

 だって地味だもん。過呼吸を起こしてぶっ倒れるくらい派手ならよいが、よくはないが、ただどきどきしているだけのそこに魅力はない。ただただ地味だ。地味な戦い。もう、言葉尻からして「戦い」より「地味」のほうが強い。

「荒野の決闘」は格好いいが、「埼玉県川越市の決闘」には惹かれない。そういうことだ。何がそういうことなのかわからないが、むやみに種類豊富なうつの症状の中にあって、「どきどきする」の見た目は埼玉県川越市に匹敵する地味さがある。

 精神科に通院している都合上、「どきどき」にむ薬も処方されているが、平成最後の年末はそうもゆかなかった。

 二十六連勤だったのである。

 薬は二週間分しか処方してはならないことになっている。年始を入れると四週間。意味もなく連勤なのではなく、忙しいから連勤なのだ。忙しければストレスも増える。当然早々に薬はなくなり、地味~にどきどきに耐える日々。もう、埼玉県川越市。そろそろ県民にぶん殴られそうだが、まあ、とりあえず慣れます。人間は。十日めあたりからどきどきも息苦しいのも逆に楽しくなってきた。

 たとえるなら恋に恋するように、どきどきにどきどきしている状態とでもいおうか。当時の日記を読むと、

「冷たい空気がおいしい。」と書いてある。

 環状線の空気がおいしいわけないだろ。

 病院の正月休みもけ、はじめて処方された薬をんだ時の安心感。

「勝った。」

 結局薬に頼って勝ったもないものだが、「耐える」選択肢もたまには悪くない、そう思ったものである。毎日というと御免蒙る。

 ただまあ地味すぎて理解を得られないだろうし、やっぱり格好よくもない。

 そしてまさに今、埼玉県川越市の人に刺されないかとどきどきしている円山だ。根拠がはっきりしているどきどきは病ではない。根拠のもとを消せばよいわけである。

 地図から?

 そうじゃないし、こういうことをいうから叩かれるのである。多数の人間を敵に回しつつ、今夜もまた薬といいちこでどきどきをごまかす円山なのであった。

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