うつ病患者は喫煙率が高い?

 いきつけのファミリーレストランから喫煙所が撤去されてしまった。

 全面禁煙どころか店の片隅の「掃除用具入れ」みたいな場所までなくなるにあたって、もういよいよ立場がない。『学級王ヤマザキ』は掃除用具入れが自分の領土だったから、もはやあの多動症児ほどの立場もないということになる。(強引だし古い)

 さてワールドワイドに〝そんな感じ〟な昨今、世の逆風に抗うようにもくもく煙草を喫いまくる反社会組織みたいな場所もある。

 精神病院だ。

 精神疾患の患者は喫煙率が高いらしい。まあ脳みそによくはないだろうというのは思うが、脳が故障するほどストレスを抱えて病院へきているのだ。このうえ禁煙のストレスまで背負ってはたまらない。ともかくまるやまの知る範囲、どの精神病院も喫煙所は患者同士の社交場だ。

「禁煙をはじめたら治療どころではない。俺たちは健康のためにっているのだ!」と不健康極まりない号令を合い言葉に、休み時間となると集まってはみんなで団欒している。

 悪いいいかたをすると〝アウトめな〟患者も喫煙欲求だけは忘れないらしいからたいした(怖いが)もので、新人から住所が病院の人まで灰皿を囲んで和気藹々としているいまどきハッピーな空間が喫煙所である。監視カメラが四台あるけど。ディストピア?

 しかし会社のかわりに病院へかようようになってひと月あまり。円山も相当馴染んできたが、そこで交わされる会話の大半が

「あーね。」だの

「まあ。」だの、あとはなんなら

「ああああ。」だの

「あいつ俺の金盗んでるんだよ。わかってるんだよ。」だので構成されており、後半はともかくとしてやっぱ患者同士は心得てんなあ、といまだに感心する。

〝誰も傷つけない〟といういいかたがあるが、正直精神病の患者なんて何をしてもしなくても自動的に傷つくものなので、何が地雷だかわかったものではない。世界に埋まった地雷の数は約一億と聞く。うつ病患者が平均を底上げしている気さえする。

 そんな地雷原みたいな喫煙所で誰も傷つけない鉄板の話題が〝おすすめの煙草の銘柄〟であったりするのである。

 同じく鉄板ネタで案外人を傷つけないのが〝噂話〟だ。誰が入院したとか退院したとか閉鎖病棟ガッチャンにはいったとか。何しろ入院しそうにない人ほど入院する。(※入院しそうなひとはとっくに入院しているから)精神病院に入院する、というとおおげさなイメージだが、ほとんどは生活リズムを立て直すために入院するので、本人もあっけらかんとしたものなのだ。

 話が煙草からどんどんそれてゆくが、先日はレアケースだった。昼休み。

「Eさん退院延びたって。」

「え? もうとっくにしてるものかと。」

「退院前日の夜にわたしのベッド来てさ、『監視されてるからかくまって。』って。」

「あー……やっちゃった。」

 喫煙所で相変わらずだらだら他人の話をしていると、入院患者のSさんというのがどすどすとやってきて

「退院。」とだけ宙に抛るように吐き捨てて去ったのであった。

 ここまで唐突な退院は強制退院のことである。簡単にいうと「うちでは面倒見切れません。」という意味だ。

「Sさんがなんで?」

「暴れて殴っちゃったんだよね。」

「よくあることじゃん。」

「先生殴っちゃったの。」

「俺は皇族なんだよ。なめんじゃねえよ。」

「え~ガッチャンじゃなくて?」

「相手は。」

「Hさん。」

「Hさん退院させたらやばいもんね。」

「陽性症状強いでしょ。」

「天皇に三億払ったんだよ。おかあさんに聞いてみろよ。」

「Sさんほぼほぼ寛解してるからじゃん?」

「してるよね。」

「あのひとはアンガーが強いだけだから。」

 本人たちの与り知らないところで勝手にふたりを診断して盛り上がる一同であった。

 こんな話は、医者やスタッフがうろうろしている施設内ではなかなかできないことだ。最近は全面禁煙の精神病院も増えているらしいが、精神病院だけは時代の波に逆らってほしいかなと思う円山である。

 ……などと書いた矢先、通院している病院の喫煙所が撤去されてしまった。一般客の目に付かないようにという意図か。施設の裏手にぽつんと置かれた灰皿の周囲に群がりながら、

「石畳を敷いて隙間に花を植えようぜ。」などとあくまでめげない精神患者どもであったという。

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