うつ病患者は間違える?

 だいぶ前の話なのだが、週末に熱海へいったのである。

 旅館についてホテルの人が「地下が大浴場で……。」などと説明しているまさにその時、地下の大浴場からあがってきたエレベータにみずしげるが乗っていてフハッとなった。

 有名人を見ても声をかけたりはしないのだが、水木しげるでは格が違う。いま声をかけなければ一生後悔する、しかし旅先で湯上がり気分の時にあまりに迷惑では? そもそも、本物? あ! 左腕がない、本物だ! どうしようサイン、あ、写真⁉ 写真だいじょうぶ⁉

 と説明など上の空でうろたえていたら浴衣からにょきっと腕が生えたのでやっと〝ただのそっくりさん〟だと気がついたのであった。その前に故人だろ。

 うつにかかると判断力が低下するという。低下どころかただの馬鹿と化しつつあるまるやまの話はさておき、一般的にはうつの患者に大きな決断をさせてはならない、といわれる。つまり、間違うのだ。どうりで主治医も円山に

「会社を休め。」とはいっても

「会社を辞めろ。」とはあまりいわなかったわけだ。何しろ〝うつ→死のう〟と判断しかねない病気である。会社を辞めるならそのまえに休んで、脳が回復してから休職か退職か判断するのが常道なのだ。

 結局強制的に退職になったけどね。

 つい先日も夕方、円山がウエルシアに酒と太田胃散を買いに(胃を荒らしたいのか治したいのかよくわからんが)出向いたところ、前から上皇が歩いてきた。

 さすがに「写真!」とは思わなかったが、とにかくビビった。超ビビった。どきどきしているとすれ違いざま、やっと〝ただの上皇のそっくりさん〟だと判明したのであった。

 判明も何も、いくら引退したからって上皇がダウン羽織って夕方の横浜を歩いているわけないんだけど。向かいのじじいの定年後じゃないんだから。

 上皇といえば先月まで令和だ十連休だウエルシアが改装中だと世間がやかましかったが、高校生の頃から飲食やら印刷やら〝他人の休みが忙しい〟仕事ばかりしていた円山にはいまひとつぴんとこなかった。連休どころかまさか無職になるとは思っていなかったが。

 いざ無職になってみると、どうも休みかたがわからない。働き者ぶるつもりはないが、最後に十日とおかも仕事がなかったのはいつだろう? ……と思ったらつい二年前だった。

 前の会社がすさみすぎで潰れた時(『うつに人権はない?』参照)、つぎの職場の初出勤日が、最終出勤日の十日後だったのだ。もちろん十日というのは準備期間なのだが十日もいらないし、休みは休みだ。

「そうだ! 十日間かけて大掃除をしよう!」

 はい、大間違い。

 休めようつ病。掃除に十日もかけるなよ。リフォームじゃねえんだから。

 斯くして以降の十日間、あまりの物量に円山は台所で寝起きすることになる。マスクが黒くなるほどの埃で鼻をやられ、ほぼ不眠不休の作業にうつを悪化させ、次第に近づいてくる出勤日、最後には大泣きしながら全部押し入れにつっこむ有様。

 もし身近に〝十日間を掃除に費やそうとしているうつ病患者〟がいたら肩を叩いてやってほしい。「いいから熱海にいって温泉にでもはいれ。」と。

 そんなやついないか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る