無職編

うつは真面目だとなりやすい?

 人に誘われて東大の見学ツアーなんてものに参加してきた。

 あれの塀の鬼瓦に「學學學學…」って書いてあるの知ってた? まるやまは知らなかった。知って気が狂いそうになった。会社の壁に「働働働働…」と書いてあるようなものである。

 その悪夢みたいなデザインを誰が考えたのかまではわからなかったが、相当に真面目な人だったのだろうということはわかる。

「大学だから、『学』って書こう。」そういうことなわけでしょ。

「『大』でもいいじゃん。」って話だが、

「いえいえ、まななんだから、学のほうで。」

 そんな頭の悪そうなやりとりが行なわれたかはともかく、間違いなく思考の流れはそうであったはずだ。

「『大』だとトイレみたいで面白いのではございませぬか。」

 全然面白くないが、部下か誰かにそんな進言をされたとして。『論語』とか『教育勅語』とかだるめの本を引き合いにだしてくどくどさとされそうな気配がある。そんな上司も部下も嫌である。

 他にも東大には真面目が酸素のごとく充満しており、

「並木道は桜ではなく銀杏いちようになっています。桜に浮かれて勉学がおろそかになることを当時の学長が懸念したためです。」真面目……。

「学長が銀杏の研究者に相談したので、銀杏を勧められたようです。」どっちも真面目……。

「図書館は書物の形になっています。」には遊び心も感じられるが、

「本は燃えやすいので、五重塔のすいえんという意匠を火災けに設置してあります。」にいたっては真面目すぎてよくわからない。

「法学部のこの建物はガラス張りで法の透明性を表わしていて、」

 お、ちょっとわかりやすいのがきた。

「その、女性は、下からだとほら、……が、見えてしまうのでくもりガラスになって、結果、法の不透明性を表わしてしまったという……ね、なんか、そんなふうにいわれていますね。先輩たちのあいだでは。」

 ああ、話しようによってはひと笑い取れそうなのに。惜しい。その〝パンティ〟といえない彼のその真面目が惜しい。

 円山も人から真面目だといわれるが、最高学府にはとても敵わない。まあ、挑むつもりも勝つつもりもない。いくらなんでも鬼瓦があっても「鬱鬱鬱鬱…」とは書かないし、通院している精神科の塀にも「病病病病…」とか「心心心心…」とは書かれていない。あと、精神科に鬼瓦はない。

 真面目な人間ほどうつになりやすいという。ようするに「ま、いいか。」で済まないからだ。

 ところで先日から精神科のリハビリテーションプログラムに参加している。うつ病のリハビリって何をするのか、といえば座学なのである。リハビリまで真面目か。東大どころか高校をぶっちぎるほど勉強が嫌いな円山、へとへとで煙草をっていると隣の女性に声をかけられた。

「昨日からだよね。よろしくね。」

 どうやらベテランの患者らしい。

「あ、よろしくお願いします。」

「わからないことがあったら、聞けばみんなすぐに教えてくれるよ。」女性は微笑むと、

「みんな真面目だからさ。」

 それは笑うところなのか?

 ギャグなのかどうか判断のつきかねた円山、愛想笑いでお茶を濁すのであった。

 高校生ならいざ知らず、大人が不真面目ぶるほどかっこ悪いこともない。真面目、上等。いいことじゃないか、と思う円山である。東大の鬼瓦に「ベルマークのマーク」とか「エコ」とか書いてあったら嫌だ。それが「eco」だったりしたら、もっと嫌だ。東大の鬼瓦は、やはり「學」であってほしい。

 おみやげにもらった絶対に使うことのないであろう東大の入学願書を眺め、またひとつゆっくりと思考停止する円山なのであった。

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