うつ病患者に人権はない?
「うつに人権なんてないんだなと思ったよ。」Y
「そりゃ、お前にはもうないだろうな。」と
開始早々すさんでいる円山を許してほしい。
何しろ二十六歳だった。
おおまかにいうとそんな流れなのだが、じつは計算が合わない。履歴書も記憶も真っ白だ。大抵の人間が〝収まっている〟時期にあって、おおまかにしか生きていなかったからである。そんな状態で書いた『八月の底』という本には〝うつあるある〟が満載だ。読んでね。(こまめな宣伝)ンなもん誰が読みたいかというのはさておいて、その印税も尽きる頃同級生のY川から
「会社を作ったから手伝って。」といわれてほいほいついていったら給料が半分もでなかった。
そりゃすさむ。
会社にはこれも同級生の
「何これ?」あてがわれたデスクに乾パンの缶があったので武内にたずねると、辞めた(逃げた)前任者の置き土産らしかった。食い詰めて役所でもらってきたという。
「記念に置いてあるんだよ。」と武内の顔は渋い。
〝原爆ドーム〟みたいな記念品の乾パンを眺めつつ、ようやく自分の人生を見直す円山なのだった。
会社はY川が起業の助成金を目当てにおっ立てたもので、社長はY川とは別人だった。責任と負債のほぼすべてを負わされていた社長だが、そのほぼすべてを〝見ないふり〟していた。円山の知る範囲でもっともヘビーな〝見ないふり〟である。
その日、円山が一服しにそとへでると社長が隅っこの草をむしっていた。
「……何してんの。」
「草むしり。」
「見りゃわかりますよ。」
「ほら、何かやってますアピールしないとさ、大家さんが不安になっちゃうでしょ?😉」
会社の顔が真っ昼間から草ぬいてるほうが不安を煽ると思うのだが、まあ、なんというかつまり、そういう人だった。
彼がぶちぶちやっている
これで生かさず殺さずならいっそクレバーで清々しいY川だが、別にクレバーではなかったので負債はY川にも返ってくる。早々に
そういう『裏●ノジャパン』みたいな技を〝クレバー〟だと思いこむ
円山はどうしていたかって、ストレスから毎日ゲロ吐くまで酒を飲んでいた。これもうつが悪化するのでやめましょう。
武内? うつになって泣き笑いしながら辞めていきました。
ヒステリックに〝すさみ〟を増しつつ一年半、Y川が高速道路で中央分離帯に衝突する。
理由は案の定というのか、デパスの
その日円山が出社すると、Y川が自分のデスクで薬を砕いて粉にしていた。
デパス、リタリン、ブロチゾラムを混ぜた専用のカクテル(っていうんですよ)である。マドラー……ではなくストローを鼻につっこむとずるずると吸いこんでゆく。
このように、薬物を鼻から摂取する方法を〝スニッフ〟という。鼻炎の円山、思いだすだけで鼻がむずむずしてきたが、合法非合法以前に動きがキモい。掃除機のCMを思いだしていただければだいたい間違いない。
この方法は鼻の粘膜から吸収するので効きが早く、そして、強く効きすぎる特徴がある。Y川はそれから二〜三時間アクセルベタ踏みで脈絡のあるようなないような話をつづけ、話しながら薬を追加しては
――人間やめてんなあ。
と思う円山だ。だからって掃除機に転職することもないだろうに。
「事故ったっていうのに誰にも心配されない。」たそがれてんだかラリってんだか遠い目をして、
「うつには人権なんかないんだなって思ったよ。」Y川は鼻をすすりあげながらいうのである。
「そりゃ、お前にはもうないだろうな。」と円山は答える。掃除機だからな。
「ここつぶすわ。」
「そうね。」
ドラマなんかでよくあるでしょ、〝友人の起業した会社に勤めてる〟って設定。
あれ、終わりはこんな感じです。
聞いた話ではY川は現在事故を口実に障害年金をもらおうと画策しているらしく、よくいえばたくましい、悪くいえばその生き汚さに感心した円山である。
人権乱用。
そんな言葉があるのかどうか知らないが、ともかくそんなことを思う円山なのでありました。
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