うつは脇役のままでいい?

 みんな異世界が大好きだが、なんでそんなに主人公でありたいかな、と思うまるやまだ。

 たしかに各々の人生において、人は強制的に主役だ。しかしだいたいのものごとはそれが〝しなければならない〟になった途端になんか面倒くさくなるもので、作家が好きではじめた仕事の〆切をぶっちぎるのはこのへんが理由かと思われる。

 さておき〝自己注目〟というのだが、うつ病患者はえてして自分に注目しがちだ。自分のことを自分で考えるからどつぼにはまる。眠れない夜に考えごとをしていて明るく楽しくなるわけがないように、むしろ自分は脇役だ、くらいに楽観的にいたほうがよさそうである。

 とはいえ好きこのんで主役になったわけではないように、強制的に脇役になる場面も往々にしてある。たとえば、コンビニでの会計時、決して主役は我々ではない。「画面をタッチしてください。」といわれればタッチ。「カードはそちらで操作してください。」あ……すみません。彼らの存在はまさにギャンブルのディーラーだ。場を支配しているのはあきらかに店員なのであり、ディーラーに逆らってはならないことは各種ギャンブル漫画などでおなじみである。向こうの腰が低いので勘違いしている人間が多いが、むしろ〝売ってもらっている〟くらいの態度でようやく存在を許されていることを忘れてはならない。

「くじを二枚ひいてください。」

「あ、カフェオレですね。持ってきますね。」なんていわれた日にはもうしわけなくてしばらくその店に近づかないほどだ。

 思えばその夜は、はじめから脇役の夜だった。

 友人のKなかと地元の商店街で飲んでいたのだが日本酒に弱いK中はさっさとつぶれて眠ってしまい、

「あのへんの店にはヤカラがくるからさ。」「あいつの先輩が俺を慕ってんだよ。」「からまれたら俺にいえよ。」などと気炎を吐く常連のじじいの相手を円山ひとりでしていたのである。からんでんのてめえじゃん。当然、ここでの主役はこのイキったじじいだ。ああめんどくさかった。

 やがてK中も目を覚まし、店を出るとK中は慣れた手つきで薬を一錠み下した。

「ウコン?」「レンドルミン。」「え? 帰って寝る?」「もう一軒いこうよ。デパスみたいなもん。」「睡眠薬だろ。」「レンドルミンってベンゾジアゼピン系じゃん。」「えっ! ……そうなの?」

 何が「えっ!」なのか他人にはわからないジャンキートークを交わしつつ(それにしてもなぜ円山の地元には病人と売人しかいないのか)だらだらと店を探していると、今度はK中が「あっ。」という。見るとそこには、電車から降りてきたひとごみのなかに同じく「あっ。」という顔をした大学生らしい青年がひとり。青年はこちらへつかつかとやって来、

「あんたK中だろ。」と初手から友好的ではない。

「……お前のせいだ!」青年はこぶしを握って、

「……お前がいるから、にいさんはおかしくなったんだ。にいさんがあんなふうになったのは、お前のせいだ‼」

 なんだかものすごくシリアスなのである。これはドラマ?

 殴り合いにでもなったらどうしたものかと思ったが、

「そんなこといわないでよ。」泣きそうな顔で下を向くK中に青年は背を向けると、そのままひとごみへ消えていったのであった。

 全っ然意味はわからないが、とにかくその時、円山は彼らの人生の脇役だった。困ったような笑みを浮かべてこちらを振り向くK中。やめろ、このまま脇役でいさせてよ。つーかわけわかんなくて普通にこえーよ!

「まどか、川を見よう、川を。川は、全部許してくれるから。」

 自然を愛する者かお前は。ってつっこみもいまいちよくわからないが、とにかく全部が全部ドラマみたいな空気のなか鶴見川の川原でべろべろに酒を飲み、そしてなんというのだろう、川面へつきだした本当は入ったらいけないところで春の風に吹かれてまどろみながら、やっぱ脇役のほうがよさそうだ、と思いを強くした円山なのであった。

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