うつには西部の風が吹く?

 その日まるやまは朝からトイレにこもっていた。

 腹痛は悲しい。頭痛だとか胃痛だとか種々あるライトな痛みの中で、あれほどナーバスにさせる痛みはない。便座に腰を下ろしながら、

「なんかもう駄目かも。」と思う。

「いったいどこで間違えたんだ。」と涙ぐむ。荒涼だ。荒涼としている。痛い腹を抱えて希望に満ちている人間がいたら狂っているか女王様がいる。気分はもう西部の荒野だ。腹も痛いが、あの長時間落ち着くことを考えていないデザインの便座のせいで尻も痛い。あ、いまさらだけど今回シモの話です、すみません。

 そもそもひどい便秘症の円山の腹痛には特徴がある。腹痛というものは便を出せばおおむね治まるものだが、何しろ肛門付近で固い便がディフェンスしているものだから、出ない。ただ痛い。素直に嫌なので必要以上に腸に気をつかっている円山なのだが、年に数回、何かの拍子にこんな腹痛の時がある。

 腹痛の時神仏に祈るのは万国共通なのだとどこかで読んだことがあるが、整腸剤に即効性はないしいまさら便秘薬をんでも意味ないし、それはもう、人知を超えた存在に祈るしかないわけだ。日本の神様は今忙しそうだから、富士山とか。アメリカ人ならベーコンとか。

 話が飛ぶが、その日は文学フリマという〝小説のコミケ〟みたいなイベントがあって、円山もばれたので顔を出すことになっていた。ようするに、よりによって、という話である。

 なんとなく波のおさまった円山はゆきしな薬局によって鎮痛剤と整腸剤を買い、その場でみ、ふと名刺入れ、おまけにピルケースを忘れたことに気がついた。いったん家に引き返し、便所の中で(また入ってる)調べてみたら、なんと会場まで普段の半額でゆけるルートがあることを知った。というわけで道々セーブポイントみたいに便所を借りつつ、ようやく東京流通センターにたどりついたわけだがふと思いだした話があった。

 フロイトの『精神分析入門』に〝錯誤行為〟というものが出てくる。有名な話なのだが、ある男が会議において「開会します。」というところを「閉会します。」といってしまった。フロイトが話を聞くと、どうやら会議のあとに大事な用事があった様子。フロイトは〝いい間違いや聞き間違い、無意識な行動にはその人の潜在的な願望があらわれている〟と分析するに至ったのである。

 簡単にいうと、嫌な用事の前にかえってなんかだらだらしてしまうというあれだ。

 つまり、あれか? イベント当日に限って普段壊さない腹を壊したり、忘れものをしたり、わざわざ知らない道を選んだりしたのは、本当は文学フリマへゆきたくなかったのだろうか?

 たしかに映画化作家や百万部作家たちのいるサークルで、映画化どころかうんこのエッセィを書いている自分には劣等感がある。潜在意識で不安障害からゆけないようにしていたのだろうか? 『』で合気道のしぶかわごうが強敵と戦う際に対戦の場所へゆけないように様々な幻覚に悩まされる場面があるが、つまりそういうことなのだろうか?

 だとしたらちょっと情けない。

 いや、すると抗不安薬が効くはずなのだが、倍量んでも(用法用量は守りましょう)腹は痛いままだ。ということは単に腹を壊していただけか。

 ちなみに出すものを出しきったのか優しくしてもらって気分がほぐれたのか、打ち上げが終わるころにはすっかり腹痛も治まっていた。調子に乗った円山、ホラー作家のほりたくさん、SF作家のつきさんと『いきなり! ステーキ』でステーキを食べて帰ったのである。おりがみきょうやさんやササクラさんに「だいじょうぶ?」といわれながらだ。

 翌日、だいじょうぶでなかったことはいうまでもない。

 調子が悪いときこそステーキを食べる。よくわからないが、トイレにゆくときもテンガロンハットは忘れない。そんなテキサスの男みたいになりたいと、痛い腹を抱えながらこころに西部の風を吹かせる円山であったという。

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