うつ病患者は心配されたい?

 うまれてはじめて救急車に乗った。

 念のためいっておくが、黄色い救急車ではない。先日、転倒したまるやまは顎を強打して気をうしない、痙攣しているところを通報されたのである。

 脳震盪というからには脳が震盪したわけで(盪ってなんだろ)せっかくの初体験の記憶がないのは悔しい。あるのは円山のスマホを片手に何かを叫んでいる救急隊員の顔だ。たぶん同乗してくれた母の連絡先の確認などだったのだろうと思うが、

「続きはアプリで!」とか、

「正解は越後製菓!」だった可能性もある。いや、ない。あたりまえだが、救急隊員は必死だ。

 必死で心配されたのはいつぶりだろうか。

 母によると「いやあ、おかげさまに楽になってきました。」「どうもすんませんねえ。」などとへらへらしつつ、

「寝てろ!」

「なってないから! 楽になってないから!」と押さえつけられていたそうだが、なんなんだ、救急時にその緊張感のなさは。重ねていうが、無意識である。無意識の時には、無意識下まで染みついたものがでるということか。病院で検査が済んで(まだ朦朧としている)タクシーがきたときも、「車椅子は! 車椅子はどこに片付ければいいんですか!」とおろおろしていたそうであるから、いまきわなんて点滴にまで頭を下げてから死にそうだ。なんの話かって、円山が腰の低いいいやつという話ではない。

 円山は心配されて否定するのが大好きなのだ。

「だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。」

 このやりとりだ。もちろん、顔には〝無理してます感〟を浮かべてだ。

 逆か。「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」と答えた上でなお「だいじょうぶですか?」と訊かれるとパーフェクトだ。以下、エンドレスとゆきたいところだが、

「頭が痛いなあ。」

「だいじょうぶですか?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」

「だいじょうぶですか。」

 このあたりが関の山というか〝気持ちのいい酔いかた〟というか、何をいっているのかわからないが、相手が敬語なのは、不調を漏らしすぎて建前でも声をかけてくれる心当たりが職場の後輩しかないからだ。そんなわけで普段から頭が痛いの胃が重たいのとぼやいているが、じつは大病も大怪我もこのまでない。おかげで最近は精神科の主治医もまともにとりあってくれない。

「頭がずっと重たくて。」

「だから入院しなさいよ、一発で元気になるから。」

 冗談ではない。内科の入院とちがうのだ。そもそも三ヵ月の入院が前提なのに、精神科の病院で不調なんか漏らしていたら、どんどん出所が伸びてしまう。円山はまだシャバで心配されていたい。先日も病院で喫煙所にいたら入院棟のなかから、

「頭が痛いんだよおおおお!」

「たばこすわせろおおお!」と魂の叫びが聞こえてたが、それに比べればEVEで治る頭痛などいかにも遊びだ。

 話はもどるが脳震盪程度とはいえ頭打って記憶をなくすくらいだから緊急事態には違いないわけで、たまに必死で心配されたときくらい、

「いってええええ!」

 と思いきり叫べばよかったのではないかと、今になって思う。長年〝心配してもらうために平気なふりをする〟というひねくれた手段を取っているうちに、実際に確実に心配してもらえる状況をふいにしてしまった。〝心配されたい勢〟の円山にとって、残念でならない事態だ。

 さて、翌日になると腕と背中が痛くてたまらない。腕がまわらないので尻を拭くのもひと苦労といったありさまで、このままでは痔になりそうだ。というわけで昨日の反省を活かしてものすごく具合の悪そうな顔で整形外科へおもむいたところ、

「転んだら、そりゃあ、痛いよ。」と馬鹿を見る目でいわれてしまった。

 道は険しそうだ。

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