うつ病は趣味がなくなる?
突然だが麻布十番で婚活パーティーに参加してきた。
麻布十番で婚活パーティー! 「どこがうつ病だ。」の声も虚空に消えるトレンドな響き。「麻布十番で、婚活してきた。」と書くとキャッチコピーのようだ。「麻生十番で、婚活、して、きた。」と書くと息切れのようだ。無論、義理に近い縁で呼ばれただけの気楽なものだ。だが川崎でアクリルばかりいじっているうつ病の工員が参加してよい会なのだろうか、それは? アクリライト(三菱ケミカル)の加工のしやすさを語って通じるのか? 迫害されるのではないか? 石とか洋菓子とか大使館とか投げられるのではないか? とうつ病特有の不安障害と緊張で卑屈になりつつ道に迷いつつ、やや遅れて会場に入ると自己紹介の時間であった。名前と職業と趣味を述べよという。
聞いてない。
名前はふたつもあるからともかく、うつ病が悪化してからというもの、趣味という趣味が消えてしまった。わかっていれば口からでまかせを準備してきたが、
「最近は乗馬に凝っています。」
「フランス語を習っていて、来月試験です。」
「今日はジビエを料理して持ってきました。」
上品か! おまえら! もっと「夜勤明けに無人販売所からパクったトマトで飲む酒です。」とかいえ! もう! と理不尽な怒りを抱え、
「アクリルが趣味です。」と答えたら「なんだよそれ~。」とひと笑い取れてほっとした
「じつは僕もアクリルが気になってたんですよ!」
それもそれで何者だおまえは。(本当にいたんですよ)
強いて挙げれば最近は薬が趣味に近い。
薬が趣味。ものすごい口当たりの悪さだ。趣味かどうかはさておいて、とりあえず円山が出会った範囲、うつ病患者はおしなべて薬の知識に貪欲だ。
いつぞや〝うつは薬(だけ)では治らない〟と書いた。が、もちろん〝うつに薬が効く〟という事実もまた正しい。症状の緩和にはきちんと効果がある。あるから処方されるのだ。緩和しているあいだにカウンセリングをしたり、緩和しただけで気が楽になって寛解することもある。
リーゼやデパスを筆頭に、レクサプロ、フルボキサミン、リスペリドン、アルプラゾラム、ロラゼパム、リボリトール、ドクマチール、ジェイゾロフト……何故か示し合わせたみたいに邪悪な名前ばかりだがともかく、うつとはオーダーメイドの病なだけに、合う合わないの差も激しい。〝副作用が自殺〟とかざらにあるので、医師も患者も必死である。精神科の社交場である喫煙所では今日も円山たちによる、
「ベルソムラは過食がさあ。」「俺はフルニトラゼパムでやった。」「ベンゾ系は離脱あるよね。」「私こないだからセロクエル出た。」「えっ! やばいね……。」等のジャンキートークが、
「FGOでヘラクレス出た。」「えっ! やばいね……!」くらいのカジュアルさで交わされているのである。
話がそれてきたところでパーティーである。
どうだったって酒をちゃんぽんしているうちに記憶がなくなり、「田舎者はこれでも食らえ。」「シウマイくさいんだよ。」と卵とかホリエモンとか投げられた記憶があるのだが夢かもしれない。はっと正気にかえったときには漫画原作者の男性と
何故? 焼き肉? 何故三茶? そういえば道みちクレープを食べた気もする。何故婚活にいって初対面の男性と食べ歩き? 地元までの終電はすでに逃しており、挨拶もそこそこにせめて近くまでと電車に飛び乗ったところさらに寝過ごして畑しかない駅に着く絵に描いたような酒の失敗。
あいにくと馬鹿につける薬の知識はなかった。とりあえず駅前のコンビニで買ったソルマック胃腸液をがんがんに飲みつつ、ふらふらと夜の田園をさまよった円山であった。
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