うつ病患者は思いこむ?

 なんかもう、風邪をひいた。

「鼻がでるなあ、花粉かなあ。」だの「頭が重いなあ、低気圧かなあ。」だの「咽喉が痛いなあ、煙草ひかえるか。」だの〝馬鹿は風邪をひかない〟を見事に実演していたまるやまである。

 おまけに現在右手の親指、ひとさし指、中指に水ぶくれがあってひたすらうっとうしい。スマホ触ると変なところが反応するし。これは夜、酒のつまみに焼き鳥でも食べようとして、何を思ったか皿ごとオーブンに入れて何を思ったか素手で皿ごと摑んだからである。

 馬鹿を甘く見てはいけない。

 で、ようやく体温を測ってみたら七度四分だった。ま、微熱だと思うがようやく「あ、風邪か。」と気がついた。気がついたら、なんだか具合が悪くなってきた。

 病は気から、というか、うつの典型的な症状のひとつに〝しんもうそう〟というものがある。円山にもあるが、自分は重病だ、という思いこむ症状のことをいう。つまり、〝馬鹿は風邪をひかない〟の真逆である。このことから、うつ病の円山は頭がよいという結論が導きだされる。

 まあ、円山も三十路となり、自分で馬鹿を名乗るのも様にならない年齢だ。体温計の数字を見た途端具合が悪くなるあたり、小心者ではあるかもしれない。採血で倒れなかったこと、ないし。りんごの皮を剝こうとして指を切って、血を見て十分ほど気絶していたこともある。漫画とかで、よく、料理の下手なヒロインが指に絆創膏を何枚も巻いていたりするでしょ。あれ、円山だったら二、三時間は意識のない時間がある。そう思うとおさななじみの手料理もいささか重たい。

 さすがに青っぱな垂らして「まさか……がん?」とは思わないが、あまりにも胃が痛いので「まさか……がん?」と思ったことはある。その夜は平日だというのに胃が痛くて眠れず、ついに部屋に朝日が射してきた。胃痛というのは縦になっても横になっても楽にならないものである。とりあえず用を足しながらどうしてこんなに胃が痛いのであるか、まさか……がん? と思ったら、視界がちかちかしてきた。

 怖がりすぎて、貧血を起こしたのである。そのまま便所の床に倒れこみしばらく浅い呼吸をくりかえしつつ、

「完全に思いこみやん!」と自分の中のやぶかずとよにつっこませたらすぐに楽になった。このときはさすがに情けなかった。出社して職場の後輩に話したら「やばくないですか?」といわれたが、その夜もいいちこを飲めたのでだいじょうぶだ。(飲むな)

 ともかく以降、あまり自分を信用していない。

 とはいえ自覚してみれば風邪は普通に風邪であって、軟膏を右手にべったべたに塗って寝てばかりいる。そしたら〝透明なものへの飽くなき追求をする夢〟を見た。研究室みたいな場所で現在最高峰の透明度を誇る水や空気(自分で作ったらしい)を眺めながら、

「まだ……甘いな。」と難しい顔でつぶやく夢だ。

 馬鹿なのかストイックなのか、どうせならかかりつけの精神科で夢診断とかやってくれればよいが、真面目な話ばかりでそういうたのしげなことはやってくれない。とりあえずうつと風邪と水ぶくれでスマホでテトリスもできない今の円山にとって、風邪に見せられる奇妙な夢が唯一の娯楽なのかもしれない、とも思うのであった。

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