仇である証拠
嬉しそうに笑うクベス、ジグルベル船長を仇と言う。
つまりは、コボルトネズミのボスで、クベスのアニキを殺した、獣人の男だと、クベスは言っていた。
信じられない話、クベスは間違っていて、狂っている。そしてそれを指摘させないほど、その狂気には迫力があった。
ギガ!
金属音、サーベルとナイフがこすれ合い、離れる。
離れたのはジグルベル船長の方、俺を抱きかかえながら大きく飛び退き、更に四歩五歩、過剰なほどに間合いを開けた。それでも油断なく、右手のサーベルをクベスに向ける。
対するクベスは、追いかけるわけでもなく、ナイフを持つ左手と、指の曲がらない右手をだらりと腰の前で垂らして、突っ立っていた。俺から見ても隙だらけに見えて、だけども危険な感じには変わりなかった。
その間をけたたましく黒い粒が飛び回る。だけど二人の会話は難なく聞こえた。
「何を、言っているんだ君は」
ジグルベル船長の問い、それに合わせて抱えられてた俺は下ろされた。
「まんまだよ。お前はモルタルネズミの最後の一人、俺がいたキャラバンを壊滅させ、アニキを殺した、俺の仇だ。違うか?」
首を傾げての質問、子供がかわい子ブリって行う動作、それがよりクベスを狂気に染めていた。
「違う。そんなわけないだろ。少し落ち着いて考えて見たまえ」
「いやはや、それっぽいビーストマンは全部探して当たりゼロで、まぁなら人間に化けられるワービーストって当たりは付けてたんだが、まっさかこんなに偉いやつとはな。ってことは、動機は金じゃねぇな」
「勝手に話を進めるな! 君は何を証拠に私を犯罪者扱いするんだ!」
「そりゃ臭いさ」
あっさりと、クベスは応える。
「……その仇と、私とが同じ臭いだと?」
「いや、仇のい臭いは嗅ぎ取れてねぇんだ。アニキが殺された時もそのアニキを埋葬に戻った時も、嗅ぎまわったが仇の臭いだけがすっぽり抜け落ちてた。同じようなのが度々、お前ら追っかけてたり、この島でもあったな。んで、同じように臭いがしなかったのがお前なんだよ」
そう言ってクベス、ナイフで船長を指し示す。
「初めて船の前で会って、えらそうに説教垂れた時、お前から一切の臭いがしなかった。おかけでびっくりしたぜ」
「それは消臭エーテルを使ってたからだ。消臭エーテルはこの船に限らず、一定レベルの船員なら常備している。一般にも流通しているし、珍しいものでもない」
「だがお前はたっぷりだった。あの糞執事は小瓶で半年とか言ってたが、それで誤魔化せる鼻は凡人のだ。俺みたいな獣の鼻だと誤魔化せねぇ。あのビンだと一週間も保たねぇだろうな」
そのエーテルを丸ごと一本、飲み干してたこと今のクベスに指摘する勇気は俺にはなかった。
「だがお前は完璧に臭いを消していた。普通ならもう消えてると思う量の十倍は振りかけてな」
「あぁそれは、認めるよ。私は、恥ずかしながら潔癖症なんだ。つい過剰とわかっていても消臭エーテルをかけてしまう。そこは船長としての特権乱用でもあるが、実際君にオナラをかけられた後もたっぷりと使ったよ」
「あぁ、だから臭いがついてねぇ。で、なのに何で煙草臭いんだ?」
問いと同時にねっちりとナイフを捻って見せて、銀の輝きをこちらに見せつけてくる。
「先に言っとくが喫煙者じゃねぇよな? 歯は白いし息も臭くねぇ。つまり煙草は服を燻したわけだ。エーテルの脱臭した後、蜂がばら撒かれる前に、都合よく、だ。まさか偶然、とか言わねぇよな?」
「……偶然だ」
「おいぃ。偉いってことは賢いんだろ? だったらもうちょっと考えろや」
「仕方ないだろ本当に偶然なのだ。ただ理由はちゃんとある。この煙草は香水なのだ?」
「あ?」
「君はこの島に上陸したから知ってるかもしれないが、今この島は二つの派閥で争っている。これまで通りの生活を望んでバナナを育てる保守派と、海運に観光と新たなビジネスチャンスを掴もうと煙草を育てる改革派だ。そしてこの船上パーティに出席する重鎮はみな改革派ばかりだ。彼らと親交を深めるために、扱う商品を、この場合は煙草の香りを纏うのは、この世界ではマナーなんだよ」
すらりと出てきたジグルベル船長の説明は、俺には納得に聞こえた。
少なくとも無理はないし、これだけじゃあ仇だと、呼ぶのには弱く聞こえた。
それは、クベスも否定しきれないらしく、動揺が構えるナイフに出ていた。
「……確かに、君の言う通り今回の事件と煙草の臭いは関連してるかもしれない」
ジグルベル船長、落ち着いた声で、クベスを説得する。
「あのモルタルネズミ団は雇われて仕事をする。この島で仕事となれば、先ほど言った保守派と改革派との争いだ。やつらを雇ったのは、お祭りを壊して観光を台無しにしたい保守派かもしれないし、逆に煙草で安全を確保しつつ島民を攻撃したい改革派なのかもしれない。それは捕らえたやつらを尋問すればおのずとわかること、だがそれには時間がかかる。少なくとも今は、この場を立ち去る、少なくともこの子を安全な場所までエスコートする、それが大事だ。違うかね?」
この説得に、一瞬だけ俺を見たクベス、だけどそれでも船長の前から退こうとしなかった。
奥歯を噛みしめ、耳を動かし、何か言いたげな感じ、それはきっと船長を仇呼ばわりして、こうも言い負かされて、気まずい感じに違いなかった。
このまま意固地になられて、その間に敵が戻ってきたら面倒、ここは俺が説得に出た方が良いかも、そう思い、それをどう伝えようか船長の背中を見た。
……そこで、白が、目に入った。
ちょうど俺の目線の高さより少し低いぐらい、白い制服、上着がこれまでの動きで捲れて、そして露になった船長のお尻、左右に並ぶポケットの、二つのボタン、どちらもこれまで俺や双子のお嬢様たちと直してきたボタンとは、異なる白だった。
見覚えのある光沢、それは貝殻のボタンだった。
船長は偉いから、特別なボタンを付けてるのだろう。思ってみたら、袖のボタンは木のままで、お尻のボタンだけが貝殻だった。
それで、思う。思ってしまった。
お尻のボタンは取れやすい、だから直してほしいと頼まれることがある。
その場合はたいていの場合、片方だけで、しかも取れたボタンは無くしているのが大半だった。
そう言った場合、普通は似たようなボタンを見つけて取り付けるのだけど、だけど母さんの場合はそこで妥協しないで、左右が同じになるように両方とも取り換えてしまうだろう。
だから、元ついてたボタンが一つ余って、それがお店にあった。
すらりと出てきた考え、だけどそれはあり得ない。
だって母さんは赤船やこの船に用事は無くて、それにジグルベル船長は島には上陸できないはず、接点がない。
あるとすれば、あってはならないことだ。
……まだ絶対じゃない。
少なくとも見えてるのはまだ右側、だったらまだ他の人経由で手に入れて、付けてもらった可能性がある。
確証を得たければ、縫い方を見ればわかる。
この島に限らず、左右対象になるよう針を持つ手を変える人なんて母さんしかいない。だから、見ればわかる。
ふらりと、ほとんど無意識で、俺はジグルベル船長のポケットに右手を伸ばしていた。
そこに、ジグルベル船長は振り返った。
一瞬俺と目が合って、それから手を伸ばしてた先のポケットを見て、ポンと左手でボタンを触った。
「…………なるほど、これがあの女が言い残してったことか」
呟いて、もう一度俺を見た船長の顔は、ぞっとするほど無表情だった。
やばい。
感じて急いで飛び退くも間に合わず、伸びた船長の左手が俺の左の二の腕を掴んだ。
太くて力強い指、鋭い爪が肌に食い込んで痛い。
「さて、この場合、君流にはこういうんだったかな」
静かに、普通の会話のように語るジグルベル船長、俺を捕らえたまま、クベスをへと向き直った。
「おめでとう。対に合えたな。私が、君の、仇だよ」
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