煌びやかで退屈な夜

 足回りを覆い隠すスカートは全てレース生地で、一枚では透けてしまう薄いものを何層も重ねて大きく膨らませてあった。


 腰には大きなリボン、結び目を背後に回して腰回りを引き締め、くびれを作ると同時に上と下とを区切り、結ぶアクセントとなってる。


 上半身はがらりと変わってシンプルに、胸と肩紐以外は最小限の生地だけ、それも同じくレース生地で、脇の下なんかは肌が透けて見えた。さらに背中と肩は大胆に開いて肌を出し、肘までの手袋と合わせることで肌色とドレスでメリハリをつけある。


 最後に頭には飛び切り大きな幅広の帽子、フリルにリボンをありったけ重ねて、まるで大きな薔薇のように咲き誇ってる。だけど中はすっきりしていて重くはなく、背筋を正して美しさを保つことができた。

 

 全体として大きくボリュームのあるドレス、なのに着心地よく、軽くて動きやすい。どんな動きをしても皺一つ産まれない完璧なフィット感があった。


 このドレスをまた着られることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。


 母さんの作った最高のドレス、火事で失くして思ってたけど、これだけは残っていた。嬉しくて嬉しくて顔がほころぶ。


 ワサビさん曰く、焼け跡の中から掘り出されたもので、他にも何かあるかもしれないと、人を使って探してくれるらしかった。俺は何度も何度もお礼を言いながら、だけどもこのドレスから目線を外すことができなかった。


 ……ただ、やっぱり万全ではなかった。


 先ず靴がない。


 どこで脱いだのか、脱いでなかったのか、焼け落ちたのか、セットの革靴はここにはなくて、だから大人の黒いサンダルを借りることとなった。


 それで足は何とかなったけど、ドレス自体にも問題が、よく見れば皺、焦げ跡、破けにほつれ、慌てて引っ張り出した傷が見えてて、焦げ臭くもある。


 そして当然のようにスカートの中はスッポンポンで、借りたまま履けてないショーツはやっぱり履けなくて、見つからないようスカートの内側のヒラヒラに挟んで隠した。この中も見られるわけじゃないけれど、それでも俺の動揺から動きがギクシャクになる。


 この、完全とは言い難い状態、それでもなんとか繕ってはみたけど、所詮は子供な俺の応急処置、ダメ押しに縫い糸も黒がなかったからと俺の髪を使ってるありさまで、縫い方もちぐはぐ、刺繍も部分部分が擦れてて、左右のバランスも若干崩れてる。


 見る人が見れば、あるいは近寄って見れば、完璧には程遠いと見透かされてしまう程度が、俺の限界だった。


 ……母さんなら、もっとうまくできるのに。


 どうしても元の完璧なドレスを思い出し、完璧な母さんの仕事と比べて、そしてまた思い出してしまう。


『ドレスに一番似合うのは笑顔』と母さんは言っていた。せめてそれぐらいはと思い無理に笑ってみても、それは無理に笑った笑顔でしかなかった。


「「お待たせ」」


 そんな俺に声をかけながら、奥の部屋からそろって出てきたのは、より一層綺麗になった二人だった。


「変じゃいかしら?」


 マーシャさんは緑色のドレスだ。上半身はすらりと、だけどスカートは三角錐に広がるデザインは飾り気なく、一見地味に見えるけど、よく見れば細かな刺繍にガラスのビーズを縫い付けて、少し動くだけで煌びやかに輝い見せる工夫があった。


「実はこれ、私のとお揃いなの」


 ダーシャさんは黄色のドレスだ。泡立つようなたっぷりのリボンで肩をとスカートを膨らませたデザインは風に揺れる花のようで、こちらにもまたビーズが縫われてある。だけどもこちらは動けば大きく弾けて、躍動感があった。


「上のリボンを取った中身がこんなのなの。本当はマーシャの分もあるんだけどね」


「足、痛めちゃったから、重くて動きにくいからって、外してもらったの。変じゃないかしら?」


「そんな、なくても綺麗ですよ」


「私は?」


「ダーシャさんも、とってもお似合いです」


「「アリガト」」


 コロコロ笑う。これこそがドレスに似合う笑顔だ。


「スターのも綺麗ですわ。初めて会った時もお召しになってたわね」


「素敵でしてよ。よくお似合いで、こちらもご自身で?」


「いえ、このドレスは、母さんの作品です。このレベルを縫うのはものすごく難しくて、自分なんてまだまだ修行不足ですよ」


「そうなの」


「お母様、腕がよろしいのね」


「これ、薄いのを何枚も重ねてるの?」


「はいそうなんです。だから見た目より軽くて、こう動くと、ほら」


「素敵、ふんわりしてるのね。触ってみても?」


「もちろんです」


 ドレスの見せ合いっこ、ファッションのお喋り、この島ではなかなかできない会話に、俺の笑顔も自然と似合うものになっていった。


 ……だけど、心の奥底で引っ掛かること、クベスのこと、これがある限り、今日は完璧な笑顔は無理だろうなぁ、と思っていた。


 そこにドアがノックされた。


「失礼いたします。お嬢様方、スター様、お時間になりました。どうぞ会場へ」


 入ってきたワサビさんもまた着飾っていた。デザインは同じ執事の服、だけども生地とかボタンとか、段違いに良いもので、それを自覚してるのか動きも少しぎこちなかった。


「「行きましょスター」」


 双子の二人に手を引かれ、俺は初めて、このドレスに似合ったパーティーへと足を踏み入れた。


 ◇


 分厚い両開きの扉が海兵さんの手で開かれる。


 そうやって案内された中の会場は、声が響きそうなほど広かった。


 ここが船の中とは思えないほど高い天井、そこに灯ったいくつもの灯りが、シャンデリアとかいうやつが天井で輝きぶら下がっていて、まるで昼間のように明るかった。


 それどころか、広々とした室内に柱は無くて、壁は遠く、その多くが格子の入ったガラス窓、俺の背丈よりも高くに届く両開きの窓がずらりと並んで夜の海を見渡せるようになっていた。


 床は木の床の上に赤い絨毯、それも隙間なく敷き詰められているようで、これだけ作るのにどれほどの手間と資金がかかるのか、想像するだけで頭が痛くなる。


 そんな会場でひしめき合う大人たちもまた、女性も男性も、俺たちが地味に見えるぐらい派手に目いっぱい、煌びやかに着飾っていた。


 女性は長い髪を束ねて上げて山にして、胸や手には大きな宝石を輝かせ、襟や裾にはありったけのレース刺繍、スカートは笠か屋根のように盛り上がってる。その顔はべったりを白く化粧をしていて、手には手袋、唯一は地肌が見える首周りからは、肌荒れを感じさせた。体の方は折れそうなほど細く、特に腰なんかは無理やり縛って締めてるんじゃないかというほどに、引き絞られていた。


 男性は多くが金色の縦ロールの髪、だけども眉毛の色と合ってない、見るからにかつらで、着ている赤や青の外套に金の糸で刺しゅうを施し、ズボンに膝まで届くブーツを履いていた。腰には宝石を散りばめた剣の柄、だけどベルトがずり落ちないあたり鞘の中身は空っぽだろう。その大半が太っていて、丸く出たお腹、太すぎる首、ほとんどない肩、なのに手足はやたらと細いのがほとんどで、そうでない人も一部例外があるだけで大差はなかった。


 彼らの服は立派だった。


 そのどれもが、母さんの最高傑作なこの服に負けず劣らずの素敵なもので、だから中身がダメなのが、余計に際立った。


 時々、ちゃんと引き締まった、良いスタイルの人もいるにはいるけど、その人は大概が島の人で、こちらは逆に服が致命的にダメだった。布地はまだしもデザインが酷く、縫いも荒く、サイズも微妙に合ってない。加えて着慣れてないからか肩口とかズボンの腰の高さとか、ところどころがだらしなく、歩き方も最低、何もない所でつまずく有様で、今日初めて服を着たんじゃないかというほど、見れたものじゃなかった。


 ちぐはぐな彼らは液体の入ったグラスをもってあちらへこちらへ、三、四人の塊を造って、談笑していた。


 その奥には一段高くなった舞台、並ぶのは同じく着飾った人たち、手には楽器、それぞれヴァイオリン、でかいヴァイオリン、でかすぎて床に置いてるヴァイオリン、フルートにあと何か、太鼓ではないけど叩く楽器で何かの音楽を演奏していた。けれど周りのおしゃべりが煩すぎて俺の耳にはちゃんと届かず、それ以前に誰も聞いていないようだった。


「スターこっちよ。エスコートは任せて」


「私たちがするようにすれば大丈夫よ」


 二人に手を引かれて、俺はパーティーへと足を踏み入れた。


 ◇


 ……この感じ、どこかで感じたことがあると思ったら、母さんのお葬式だった。


 双子に導かれるまま大人たちの塊へ、巡っては挨拶して回る。


 背筋を正したまま、スカートの裾を両手で持って広げ、右足を後ろに引いて、残る左足で屈伸して見せる。これがお嬢様方の、ドレスでの挨拶らしい。


 それから俺が紹介されて、俺も見よう見まねであいさつし返して、いくつか当たり障りのない質問をされて、それに返事して、それから何故だか彼ら側の昔話が始まる。


 どこで何やったとか、何を見たとか、近頃の若いもんはとか、昔はよかったとか、意味があるのかないのかわからない話を延々と聞かされる。


 それをすました顔で聞き、頷く双子の手前、欠伸も目を反らすこともできず、ただただ耐え続け、やっと向こうが飽きると解放されて、また次へと渡る。


 それをぐるりと一周、して回る。


 知ってる顔と言えば島のお偉いさん、それも遠くから見ただけで名前も知らな人が幾人かと、後はシグルベル船長ぐらいだった。


 訳が分からないのはお葬式と同じ、ただこちらは注目される分だけ、疲れた。


「大丈夫スター?」


「少し休みましょうか?」


 慣れているのか、二人は元気いっぱいだった。


「はい、なんとか」


「楽しめてない?」


「いえそんなことは」


 マーシャさんの問いを即座に否定、したのは口だけで、内心ではもう飽きていた。


「楽しくないでしょ?」


 意地悪そうに笑うダーシャさんに、思わず笑い返してしまう。


「実はね、楽しみ方があるの」


「それで一気に楽しくなるわ」


 二人はにこりと笑って、俺の両脇に立って、そして挟み込むように、俺の両耳に口を近づけて耳打ちしてくる。


「大人たち、どう思う?」


「どうって」


「ダサいでしょ?」


 左右から同じ声、どちらが話してるか混乱したのもあって、頷いていた。


「体重が軽ければ綺麗と思ってる女の人」


「へばりついたぜい肉を筋肉と言い張る男の人」


「服と肩書だけが立派な大人たち」


「みっともない」


「だからね、スター」


「「ここで一番綺麗なのは私たちなのよ」」


 二人は離れ、俺の前に、そろって並んで素敵な笑顔を見せる。


「私たちが一番綺麗」


「だから見せつけてやるの」


「綺麗な姿、綺麗なドレス」


「私たちが一番」


「私たちが主役」


「「ここは私たちの舞台なの」」


 とても楽しそうに嬉しそうに声を揃えて笑う二人、そうこれが、女の子の楽しみ方なのだろう。


 ちょっとした発見だった。


「ダーシャ。マーシャ」


 冷たい感じの女性の声に二人と共に振り向き、目を向ければ、すらりとした女性が立っていた。


 全身が黒く、腰回りから足先に向けてはシンプルに、だけども肩からは上へ逆立ったドレス、飾り付けているのは鳥の羽根だろう、スッキリとしながらかなり目立つ。それを着こなす体は細く、長い手足に白い顔、決して大きな女性ではないのに、服もあってか大きく見える。そしてきつそうな顔立ちもあってか、冷たい威圧感があった。


 そんな女性に、二人は素早くあの礼をして見せて、俺も続いて礼をした。


「ちゃんとやってるんでしょうね?」


「「はいお母様」」


 先ほどとは打って変わった冷たい返事、だけども言葉から、この人が二人の母親なのだろうとはわかる。けど、その対応は、家族に向けるのとは違う、他人行儀なものに感じられた。


「そちらは?」


「スター様でござまいます奥様」


 俺の代わりに応えたのはワサビさん、この母親の後ろに付き添っていた。


 その応えに、何も返事せず俺を見つめる冷たい目、目踏みされていると直感でわかった。


「……ここは社交場、上流階級の集まり、どこぞの小娘が来るような場所ではないわ。あなたたち、お遊びはほどほどになさい」


 言い捨てて、そのまま行ってしまった。


 その後を、俺たちに一礼したワサビさんが急いで追いかける。


 短い間、なのに印象は悪かった。


「ごめんね」


「あの人は、いつもああだから」


 二人の声には苦いがしいものがあった。


「いえ、大丈夫です」


 応えながら、母親のその後を目で追っていると、これまでと同じ制服姿のジグルベル船長とあいさつし合ってるところだった。


 何か会話し、笑う船長、対する母親はそれに似合った笑みを返す母親、先ほどまで見せたのは、誰にでも見せる表情ではなかったらしい。


 二人も、大変なんだな、と思う。


 感心してるとドアが勢いよく開かれた。


「大変です!」


 大声がパーティの談笑を引き裂いた。


「船長! ジグルベル船長どこです! 緊急です!」


 大声を上げながら駆けこんできたのは、海兵だった。


「なんだ騒々しい」


 渋い声で返しながら船長は、海兵さんへ大股で出迎える。


「大変です! 赤船が!」


 叫び終わる前、世界が震えた。


 衝撃、振動、轟音に、気が付けば俺は二人の下敷きとなった。


「「ごめんなさい!」」


 慌てて俺の上から退いた双子の二人、だけども揺れは収まらず、立ち上がるのは無理、揺れるシャンデリアに影が踊り、色々なものがひっくり返って、船が大きく揺れている。


 バリリリリリリ!!


 連続して響く音、見れば大きな窓が次々割れ、空いた窓から冷たい潮風が吹き込んできた。


 だけどもそれもすぐに止んで、窓の外は外は真っ赤な壁で塞がっていた。


 揺れるシャンデリアで見る赤には、見覚えがあった。


「赤船、弐番艦、参番艦、囚人に乗っ取られました!」


 混乱の中、報告する声がはっきりと聞こえた。


「主犯は、伝令によりますと灰毛のコボルト、どうやら外からの手引きのようです!」


 ……最悪になった。

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