爆発の後
爆発が大人を呼んで、あとは説明するだけだった。
それでクベスが運び込まれたのが、島の真ん中、町のほぼ真ん中、真っ白な石造りで大きな建物、島唯一の病院だった。
出てきた白衣の大人たちによってクベスは手術室へと運ばれ、扉が閉ざされる。
行われるのは当然手術、不安しかなかった。
この病院を利用するのは主に観光客、それとお年寄りと子供たち、治療と言っても主に病気への薬出すのとリハビリが中心で、怪我による緊急外来は滅多にないと聞いていた。
何せここは島、怪我や事故は大半が海の上で起こる。だからここに来る前に手遅れになるから、利用もされないのだ。
助けられないけど死人も出ないから幽霊も出ない、そんな笑い話ができるような場所だった。
そんなところで安心しろという方が無理だろう。
思い、手術室の前で立ちすくんでると、声をかけられた。
「ちょっとお話、聞かせてもらっても?」
現れたのは、この島の腰みの警官たちだった。
◇
……訊かれたことには正直に全部答えた。
クベスとの関係から、攫われて、あの倉庫で何があったか全て、その流れで母さんが殺されてたことを口にしたら「それはいいから」と雑に遮られた。
代わりに聞けたのは、あの後のことだ。
腰みの警官が言うには、あの倉庫にいたのはモルタルネズミで間違いないそうだ。
曰く、あれで爆発の規模は大したことがなかったらしい。火事もなく、蜂を落としただけで倉庫も無事な人形も中の人も吹き飛んではいなかったらしい。
それで、遅れてたどり着いた警官隊が中で伸びてたやつらを軒並み捕らえ、拘束し、どこそこへ照会したところモルタルネズミだと確認されたそうだ。島内での犯罪行為も見受けられたことから当該追放となる見通しだとも言っていた。
俺はもっと突っ込んだところを訊きたかったけど、彼らが強調することはただの二つ、まだ蜂がいるかもしれないから明日のお祭りは延期のなったこと、それとモルタルネズミを捕らえて引き渡したのは警察なので賞金は警察のものとなる、ということだった。
後から来てクベスの手柄をかっさらう、だから彼らは未だに腰みのなのだろう。
お揃いで着飾ってるのは輸入物の白い鎧に剣に盾に槍、軽装で兜もなく、錆や傷があるのは使い込んでるけど立派なものだ。そこに不釣り合いな腰回り、ボリュームのある腰みのが巻かれていた。
島の伝統、戦士の証、軽くて動きやすくて暖かい、と言えば聞こえは良いが、先端の鎧甲冑との組み合わせは最悪、もはやファッションへの冒涜としか思えない。
せめて使う草は一種類に統一しろ、抜けてきたら直すか作り直せ、そして腰みのの下に何か着ろ、股を開くな、椅子に座ってると汚いバナナが隠しきれてねぇんだよ。
言いたい言葉を飲み込んで、耐えて聞き続け、彼らが話に飽きて立ち去ったのとほぼ同時に、手術室の扉が開いた。
◇
病院の個室に移ったころには、もう外は夜だった。
クベスが寝かされてるのは本来は観光客用の個室らしいけど、隔離できるのがここしかなかったから仕方なく、だそうだ。
シンプルだけど豪勢な部屋、真ん中のベット、横には俺の座る椅子と空いてる椅子が三つ、小さなテーブルに引き出しに、後は灯りのランプが壁と机の上に灯っていて、ホテルだったらそれ相応の値段が必要そうな部屋だった。
だけど寝てるクベスには関係なかった。
ベットの上に投げ出した体は包帯まみれ、サングラスを外した瞼は閉じられて、大きな口を大きく開いて舌をこぼしているのに恐ろしく寝息が静かで、どうしてもその姿は、母さんの最後と重なってしまった。
……お医者さんには、一命は取り留めた、と言ってもらえた。
続く説明によれば、火傷、極度の過労、魔力の急性枯渇、蜂に刺されての腫れ、変なものを飲んでの食中毒、どれもが重なりクベスの意識を奪ったのだそうだ。その中で最も大きかったのは、いつの間にか受けていた、数多の反撃の跡らしかった。
足、腿、腹部、わき腹、二の腕、肩、背中に首、頬、そこに打撲と切り傷、骨折はなくとも出血はそれなりにあり、尻にはガラス片も刺さってて、どれもこれもほっといたら危なかったと言われてしまった。それに気づけなかったのは黒いコートに変わらない態度、加えて血の臭いはあのオナラと消臭エーテルが消してて気づけなかったのは酷い皮肉だった。
それでも、あれだけ暴れて、あれだけの人数をやっつけて、最後にはぶっ放した。それ以前にも俺たちを追いかけるため、ダーシャさんを背負ったまま駆けずり回ったとも、誰かが言っていた。
そんな、まさに命の恩人が、今目の前のベットで寝ていた。
満身創痍、命がけ、ここまでしてもらえるとは、正直思ってなかった。
お礼を、ちゃんと言わないと、思うけど、それ以上に訊きたいことがあった。
殺したのは間違いなくあいつらだ。母さんの最後の仕事もあそこにあったし、それに人形相手でも服の着せ方は誰かに習わなきゃわからない。だとしたら個人で仕事をしている母さんはうってつけで、それで途中で目論見に気が付いたか、それとも単なる口封じか、殺された。
そこまでわかっていて、だけどあいつらがモルタルネズミじゃない?
最後の最後ですっきりしなかった。
だから、詳しい話を聞きたいし、だからこそ、今は目覚めるのを待つしかないともわかっていた。
……と、ドアが開け放たれた。
「クベスや!」
飛び込んできたのはブレンダさんだった。
コックの格好、前のエプロンにべっちゃりと赤色のソース、慌てて飛び出してきたんだと一目でわかった。
そしてクベスの姿を見るや、息を飲んむと、ふらふらと、クベスの枕元へ、そして崩れ落ちた。
◇
……状況を説明して、椅子を持ってきて座らせて、お水を貰ってきて飲ませて、命に別状はないと何度も繰り返して、それようやくブレンダさんは落ち着きを取り戻した。
そのころにはもうすっかり深夜で、爆発後の病院とはいえ、すっかり静まり返っていた。
普段ならもう寝てる時間、起きていたくても限界を迎えてるぐらいの時間、だけど俺もブレンダさんも寝られそうになかった。
クベスは変わらず、かすかな寝息を立ててるだけで、目覚める兆しはない。
そんな顔を見つめ続けるブレンダさんに、俺はかける言葉が見つからなかった。
「…………この日が来ちまったねぇ」
ぼそり、そんなブレンダさんが呟く。
「すみません」
その悲し気な横顔に、俺は謝ることしかできなかった。
だけど逆効果だったのか、ブレンダさんは泣きそうな顔になってしまった。
「あの」
「あ、あぁごめんね。ちょっと昔の、クベスと初めて会った時のことを思い題しちゃってねぇ」
「初めて、ですか?」
「そう、影を踏んでしまってごめんなさいって、怯えて震えてたよ」
ブレンダさん、首を横に振る。
「あやまんなきゃならないのは、一番悪いのはあたしらの方だってのにさ。それも今も引きずってる。クベスはね、ただの被害者なんだよ」
そう言って、俺の方を向いた。
「クベスの話、聞いてくれるかい?」
……これに、俺は静かにうなずいた。
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