祭りの前の静けさ

 まだ昼過ぎ、海風が少し肌寒い程度でまだまだ遊べる時間、だけどクベスの屁に苦しまされて、今日は早めにお開きとなった。


 サンドイッチを分け合ったせいでお腹がすいてきたし、男子の中には家の手伝いもある。何より明日に備えてみんな早めに寝るのだった。


 そう、明日は、お祭りなのだ。


 あるものはこの日のためにお小遣いを貯めてたとか、あるものは家の手伝いで屋台をやるとか、あるものは久しぶりに両親が揃うとか、帰り道、双子に向かってみんな楽しそうに嬉しそうに話してた。


 その中に、俺は入れなかった。


 それでも空気を壊さないよう努めてワイのワイのと騒ぎながら町へと戻り、一人抜け二人抜け、そして母さんの家の前で俺とクベス、双子とワサビさんが抜けた。


 彼らの背中が角を曲がって見えなくなるまで手を振ってた双子たちは、それが見えなくなるなりくるりと回って、俺を見た。


 その顔は、怒っていた。


「「何で明日がお祭りだって教えてくれなかったの! 知ってたらもっとちゃんと準備してたのに!」」


 これだけ長い言葉を揃って重ねて言えるのは流石は双子だと思う。それ以上に怒った顔もかわいいけれど、見とれてるわけにはいかなかった。


「あの、すみません。当然知ってるものかと思ってました」


 半分が本当のこと、残りは思い出したくなかったこと、余計なことは言わないほうがいいだろう。


「聞いてないわ」


「聞いてないわよ。ねぇ?」


 ワサビさんは頷く、だけど俺へ向ける眼差しは、全て承知の上で、と言っている風に見えた。


 それに気が付かない二人はテンション高く続ける。


「お祭りなんて、絶対に行きたいに決まってるわ」


「決まってるわ。お祭りですもの。絶対よ」


「だから約束よ」


「約束よ。お願いよ」


「「明日一緒にお祭りに行きましょ!」」


 二人の勢いに負け、俺は頷いていた。


 それで、二人の表情は蕩けるように笑顔となった。


 こんな顔見てしまったら、なおさら断れるわけがなかった。


「「いいでしょワサビ?」」


 そんな二人に揃ってお願いされたら、逆らえないのはワサビさんも同じみたいだった。


「わかりましたお嬢様方、ですが帰って、奥様の許可を貰ってからですよ」


「大丈夫よ、あの人なら」


「私たちのこと何て気にしてないわ」


「今頃私たちがいないことにも気が付いてないんじゃないかしら?」


「どこへ出かけても気にしっこないわ」


 二人の声は、そろって冷たいものがあった。


「お二人ともまたそのようなことを」


 これに、ワサビさんがため息をつく。


 そんな三人の会話に、俺の胸の内はざわついた。


 なんか、俺と違って親がいるのに仲良くないというのが、他人のことなのに、思うことがあった。口を出すべきではない、とは思えても、だけどもそれを良しとは、とてもじゃないけど、思えなかった。


「明日なんか知るか。いいから飯にしようぜ」


 こんな時に場の空気を読めないクベスは羨ましかった。


「てめぇらもサンドイッチ食い損ねて、んでわざわざこいつん家まで来たってことは、またなんかここで作ってくんだろ? 金払うから俺の分も作れ。買い出し行くのめんどくせぇ」


 ざっくりと言いながら勝手に話進めて札束をどこからか取り出し数え始める。


「「条件があるわ」」


 双子が揃って言い放ち、そろってピシリとクベスの鼻先に人差し指を突き付ける。


「「絶対オナラはしないこと!」」


「したくなっても我慢すること」


「我慢できないなら席を外すこと」


「ダメならダメよ」


「約束できるなら、ダメじゃないわ」


「だから約束よ」


「「オナラは禁止よ!」」


 双子の言葉に、クベスは右の眉を上げてから、肩を竦めてお金をしまった。


「わーーったよ。飯時は我慢してやる」


「だめよ。食べ終わってからも、食べる前もよ」


「人がいる前はダメ。臭いのは嫌いよ」


「あーあーあーあーあーあー、お前らが黙るってんなら俺の尻も黙らせてやるよ」


「「よろしい」」


 クベスに約束させて双子たちはご満悦のようだった。


 一方でワサビさんが口を挟む。


「ですが、昨日見た限りですと、何も材料が残ってないようなので、買い出しは必要かと」


「だったら一緒に行きましょ。市場も見てみたいわ」


「あーーうん」


 いつもそっくりな二人なのに、この瞬間ははっきりと表情がわかれた。


 元気なダーシャさんに対して、少し思うところがあるようなマーシャさん、その違いに、ダーシャさんが首をかしげる。


「どうしたの?」


「えっと」


 口ごもるマーシャさん、うつむき始める。


「あぁ便所か」


 クベスの一言にダーシャさんの顔が跳ね起き、クベスへ向く。


 赤くなったその表情から、図星だったとわかってしまった。


「んなもん、そこらでやっちまえばいいだろが。壁の角とか、さっさとやって来いよどうせ誰も興味ねぇ」


 心無いクベスの一言に非難の眼差しが集まる。


「んだよ」


「女性には女性の、苦労というものがあるんですよ」


 女性じゃない俺が言うのもなんだけと、というか俺でさえわかることをクベスはわからなかったというべきか、ともかく、これもあってかクベスはすねたように鼻をフンと鳴らした。


「あぁそうかよ。買い物はお前らで行け。便所も好きにしろ。俺は野暮用で外れてやるよ」


「仕事、ですか?」


「半分な」


 俺の質問に背中を向けながら応える。


「情報屋んとこだよ。顔出さないとあいつサボるからな。飯までには戻るから、でかい魚も買っとけよ」


 そう言って手を振りながら歩き出した。


 クベス、あぁは言ってもちゃんと仕事をしている。俺とは大違いで、つまりは、俺はクベスよりも下なんだ。


 そう思ってしまうと、より一層気分が落ちた。


 と、袖を引かれた。


 振り返ればマーシャさん、顔を赤められて上目遣いで見られて、可愛い。


 けど、見とれていられたのはほんの一瞬、それで何で赤めてるのか思い出して、急いでお店のカギを取り出した。


 ◇


 パタパタとトイレに駆け込んだマーシャさん、対して俺は店にいた。


 この家は狭くて壁も薄くて、トイレの音がキッチンまで漏れ出る。聞くのは良くないこと、そう思いこっちに残っていた。


 それで、何もしてないのもなんだから掃除でもしようかと見れば、見慣れない樽がドカリと置かれたままだった。


 風邪の時、置かれてたやつだ。


 見覚えのない樽で、きっとクベスが持ち込んだんだろう。思い、近寄ると、鼻を刺す屁とは違った悪臭、酒と汗とが混ざったすえた臭いが中から立ち上っていた。


 何がこんなに臭うのか、と思って思い出すのはクベスの賞金首運搬方法、樽にはめて拘束するのをこれまで見てきた。


 ひょっとしたら、まだ入ってる?


 ……置かれて一日か二日、雨は降ってたけどこの島は基本暑い。中にいたら、茹るだろう。


 そこまで考えたら、覗かずにはいられなかった。


 息を飲み、息を止め、一気に覗き込む。


 と、予想をいい意味で裏切って、中にあったのは割れたガラスの破片、色合いや形から酒ビンを砕いたものがぎっちりと入っていた。


 安堵、それから思うのは、もったいない、という気持ちだ。


 この島でビンは貴重品だった。ガラスの材料は砂らしいけれど、それを作り出したり破片を加工する炉がなくて、新しく作ることができない。だからビンは持ち込むしかなくて、使いまわしは当たり前で、だから空のビンはそれなりの値段で売れた。


 それを割ってしまっている。それも、樽の大きさから見ると、クベスの食事の一食分ぐらいはやってしまっているようだった。


 大陸の方ではもっと安く雑に使われてるらしいけど、ここはそうじゃないと言っとかないとな、なんて考えてたらドアが開いた。


 出てきたのはマーシャさんだった。


「あーすっきりした」


 いつものように満面の笑みだった。


「驚いたわ。この島ではバナナの皮で拭くのね」


 ……一瞬何のことかわからなかった。


 それで大きい方だったんだと、知らなくていいことを知ってしまった。


 忘れようと念じる。


「ねぇ」


「はい!」


 忘れ損ねた。


「お洋服って、こちらで作ってるの? それとも別に工房があるのかしら?」


 これは、良くされる質問だった。


「ここでです。このお店の二階にミシンとかあって、そこが作業場になってます」


「へぇ」


 マーシャさんが、意味ありげに笑って、そして一歩、近寄る。


 俺よりも少しだけ背の低い彼女が、ちょっとだけ体を傾けて、下から俺の顔を覗き上げてくる。


 髪がさらりと流れて、おでこが見えて、瞳が綺麗で、それに、ドキリとしてしまう。


「じゃあさ、せっかく二人きりなんだから」


 甘く、囁くような声に、思わず唾を飲みこむ。同時に吸い込んだ息に、鼻孔をくすぐる香りが混じってた。


 まだ風邪が治ってないんじゃないかと思えるほどに、汗が噴き出す。


「お裁縫、教えてよ。ね? お願い」


 可愛く言われて、何故だかがっかりしてる俺がいた。


 それを見透かされたのか、マーシャさんがにこりと笑う。


「ね? 簡単なので良いから、教えて?」


 そう、可愛く頼まれたら断れるわけがなかった。


「わかりました。だったら簡単な、ボタン付けから、でもダーシャさん戻ってからでもいいのでは?」


「だめよ。ちょっとでも先に練習して、ダーシャを驚かせたいの」


 あぁそうか、別に双子だから何でもお揃いじゃなきゃいけないってわけじゃないのか。


 当たり前と言えば当たり前なことに気が付いてると、ドアが開いた。


 お店のドア、外に通じるドア、ダーシャさんかワサビさんか、あるいはクベスか、そんなところだろうと深くも考えずに振り返った。


 入って来たのは、見知らぬ男たちだった。


 …………悪い予感しかしなかった。

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