共に遊ぶが子供の性

『番長』は学校でも、いや、この島でも特別な存在だった。


 袖のないシャツにぴちぴちの半ズボン、どちらも大人用の一番大きいものでありながら、その筋肉を納め切れず、今にもはち切れそうに張っている。俺と同い年でありながら俺なんかよりもはるかに背が高く、クベスに届きそうなぐらいで、体重なんかは三倍はありそうだ。


 日に焼け真っ黒な肌、右の頬には昔、蟹にやられたという十字傷、黒くてぼさついた髪を荒縄用いて後ろで束ね、額には白の鉢巻き、眼光鋭く、眉毛は太く、裸足で地を踏み、肩で風を切って歩く姿は、勇ましいの一言に尽きた。


 なのに威張らず、義理堅く、真っすぐで、学力面が少しばかり苦手ということ以外は、まさしく理想的なリーダーでもあった。


 誰よりも足が速く、泳ぎも上手くて、最も長く深く潜っていられる。そして魚も沢山大きいのを獲ってきて、そのまま大人と一緒に働けるほどだ。


 喧嘩も強いのに弱い者いじめはせず、真面目に校則も守ってる。だけども島の外の連中に学校の誰かがやられたら、それが誰であっても、誰が相手であっても成敗してくれる。


 面白い話も遊びも知ってるし、約束は守るし、悪口言わないし、家には大きな犬を飼ってるし、嫌いになる要素が見当たらなかった。


 だから、学校で学校で一番人気なのは、当然だし、その人柄があるから、大人と違って村派も町派も関係なく一緒に遊べていた。


 ……けど、正直、俺は苦手だった。


 嫌いではない。素敵な人物だとは思ってる。


 だけども、なんていうか、こういうのを女の子の理想の姿とするのに抵抗があった。


 そういう人がいてもいいとは思う。けど、誰も彼もが彼女に憧れ、学校の女子なんかは少しでも近づこうとダイエットではなく筋トレによるウェイトアップが流行っていた。だからみんなマッチョで、学校に女性の姿はほとんどなかった。


 多分、俺の家が仕立て屋で、女性はドレスを着るものという固定概念に毒されてるからなんだろうけど、それでも彼女よりも双子の方が、俺は好きだ。


「「お友達?」」


 その双子たちに声をかけられドキリとする。


「は、はい。同じ学校なんです」


 そう返事して、それからどうつなげればいいかわからなかった。


 とにかく、学校での件、先生の件、上手くまとめないといけない。


 思い、彼らを見る。


 男子たち、いつも揃って、そこに俺も混ざることもある集団は、一様に目線を反らす。


 顔を赤めたり、拭けない口笛吹こうとしたり、空を見たり地面を見たりしてる。これは、母さんの前でも見せる謎の行動と同じだった。


 一方の番長、ただでさえ存在感があるというのに、今の彼女は今までにないほどに、圧力があった。


 全身に力み、浮き出る血管、腕組む姿勢で眼光鋭く、睨む先は、睨まれて当然のコボルトがいた。


「邪魔だガキども、ここは貸し切りださっさと帰れ。それとも泣きながら帰るか? あ?」


 クベス、子供相手にも番長相手にも容赦なく言ってのける。


 これに、男子は怯え、一歩引くも、番長は逆に一歩前に出た。


 嫌な空気、これまでで感じてきた、暴力の前の雰囲気、後二言三言でクベスがあのジャベリンをぶっ放す前の感じだった。


 どちらが勝つか、いやどちらが勝っても戦えば、楽しいピクニックが敗北する。


 どう止める?


 考える頭を小鳥のようなさえずりが一瞬で溶かした。


「「あらダメよ」」


 双子たちだった。


「せっかくだもの、一緒に遊びましょ?」


「これも何かの運命よ。お友達になりましょ? ね?」


 毒も棘もない、バナナのように甘い言葉に、場の空気が一気に緩んだ。


 クベス、驚いたような呆れたような顔、男子たち、怯えが消え、番長からも、少し緩んだ感じがした。


 これが双子お嬢様パワー、やっぱり番長よりもこちらの方が好きだ。


「ねぇ、島では普段、どんな遊びをしてるか教えて下さらない?」


「そうだサンドイッチ、沢山作ってきてあるから、皆さんにも、一人一つづつなら足りると思うわ」


「おい」


「はいそれでは配りますので集まって下さい」


 クベスがとやかく言うよりも先に、ワサビさんが場を取り仕切った。


 ◇


 海岸に打ち上げられた魚に群がる海鳥のように、バスケットのサンドイッチはあっという間に啄まれ、あっという間に食いつくされた。


 頬張りながらも男子たちの立ち位置は右と左、ダーシャさんとマーシャさんを囲う形で固まっていた。


 そんなキャラじゃなかったはずなのにおどけて見せるビャアン、それを見てコロコロ笑う二人、幸せな食事はあっという間に食べつくされて、じゃあ何して遊ぶかという話となった。


 どんな遊びがあるか、島の男子と双子との間で出し合って、だけど内容は名前が違うだけでほとんど同じことして遊んでるようだった。


 そんな中、クベスが話に入ってきた。


「つまんねぇ遊びばっかだな、俺ならもっといいのを知ってるぜ。その名も『ききしょんべん』ってんだ。知ってるか?」


 固まる。


 どんなか聞かなくても単語だけで想像がつく酷さ、その具体的な話が出てくる前にワサビさんが遮った。


「影鬼という遊びはどうでしょう?」


 聞きなれない単語に、冷めかけた興味が集まる。


「鬼ごっこの派生ですね。鬼が触る代わりに影を踏みます。踏まれた人は次の鬼に、ただし何か別のものの影に人の影が重なったら踏まれても無効です。ですが影の中にいられるのは十を数える間のみ、それを超えると踏まれてなくても鬼となってしまいます」


 シンプルでわかりやすいルール、クベスよりはマシだとみんなが賛成した。


 だけども丘の上には影が少なくて、だから影を作るところから始まった。


 朽ちた樽、木の板、重ねたバナナの葉にワサビさん、実際に遊び試しながら影を足し引きし、ワイワイとやるのは楽しそうだった。


 けれど、俺はなんだかその輪に入りにくかった。


 単純にレシー先生のこともある。学校をずる休みしてた後ろめたさも、だけどそれ以上に、母さんが死んで、悲しいはずなのに、悲しむべきなのに、そうしてない自分にふと気が付いて、気が付いたら罪悪感が、滲み出てきた。


 そしたらもう、遊ぶことなんかできなかった。


 病み上がりだから少し休むと距離を置いて、みんなを見る。


 小鳥のようにキャッキャと笑う双子、振り返るたびに髪の先から汗の雫が煌てい飛ぶ。そんな二人を目で追えるだけでも十分に楽しめた。


 ……と、俺に影がかかった。


 見上げれば、そこに番長が立っていた。腕を組んで、俺の横で、同じようにみんなを見ている。運動神経大爆発な番長が参加せずに見守っているのは珍しくはないけれど、この状況は、俺に用事があると考えるのが普通だろう。


「他が祭りで使えなくてな、空いてたのはここだけだ」


 案の定、俺に話しかけてきて、緊張に思わず背筋を正す。


「聞いたぜ。母親のこと、残念だったな」


「……はい」


 改めて言われて、思い出させられて、それでまた、罪悪感が湧く。


「あの男は、親戚か何かか?」


 顎で指すのはクベスだ。


 遊びには当然参加せず、サンドイッチのお代わりを報酬に影を提供し続けてるが、その顔は自分の遊びが採用されずに拗ねて不機嫌で、加えて、これまでの経緯と言動と悪臭から、逃げ道がそちらしかなくとも、誰も近寄ろうとはしてなかった。


「彼は、賞金稼ぎです。親族とかじゃなくて、その、理由あって、母さんを殺したやつを狙ってて、その協力を」


「殺された?」


 口が滑っていた。だけど番長なら、いいかなと思えた。


「……確かです。母さんのお腹に、刺し傷がありました。あれは、事故や病気じゃないです」


 正直に話してしまう。


「…………そうか」


 深くため息をつく番長、目を瞑り、短く唱えたのは母さんへの哀悼の言葉だろう。


「……それで、あの男は信用できそうか?」


「クベス、ですか? あんなですが、腕は確か見たいです。実際、もう四人も捕らえてますから」


「レシー先生もだ」


 名前、一言、緊張、それが本題らしい。


「……あいつらには説明した。悪いのは先生で、お前も、あのクベスという名のコボルトも、悪ではないとな。だが、だとしても簡単に割り切れるものじゃない」


「そう、ですね」


 そうとしか言いようがなかった。


「俺様も色々言ってるんだがな、こればかりは難しい。ただ幸い、彼女らが緊張を緩めてくれたみたいだ。このまま何もなければ、元通りに戻れるだろうぜ」


 何もなければ、という言葉に引っ掛かりを覚えながら、俺は次の言葉を探してた。


 と、石が飛んだ。


 走って誰かかけ飛ばしたであろう小さな石、転がり跳ねて当たって止まったのは、クベスの靴だった。


 音もない接触、それでも誰もがやってしまったと思い、みんなが動きを止め、クベスを見た。


 そのクベス、ただ黙って一歩、前に出た。


 無言、無表情、緊張感、たかが靴に石が当たったぐらいで、だけどもクベスは起こっている風に見えた。


 一瞬にして楽しかった空気が凍り付き、不味いと判断したらしい番長が腕組みを解きながら前へ、クベスに応えるように前に出た。


 それを見もせず一歩、二歩、三歩、クベスは進み、逃げる男子に残る双子、背後を番長とワサビさんに抑えられ、集団の真ん中に、立ち止まった。


 ごくりと、思わず唾を飲む。


 これで何をしでかすか、嫌な予感しかしない。


 それは見事的中して、クベスは尾を跳ねた。


 やばい。


 察することができたのは俺だけ、なのに叫ぶことも止めることも庇うこともできず、全てが手遅れとなった。


 ぶーーーぶす。


 長く伸びた音、知ってたはずの破裂、けれども今回の屁は静かだ。


 緩まる緊張、ちょっとこぼれる笑み……だけども臭いは後からゆっくりとやって来た。


 そして始まる地獄絵図、嗚咽、咳、涙、消臭エーテルも意味をなしてない悪臭に、男子も、双子も、ワサビさんも、番長も、もちろん俺も、なすすべもなく無様に苦しんだ。


 そんな中で一人、クベスは馬鹿笑いする。


「運が良かったなぁお前ら。サンドイッチがもっとがっつりしてたら、この五倍は鼻に刺さったぞ」


 嬉しそうにはしゃぐクベスへ、ワサビさんは無言で詰め寄って、どこからか出したもう一ビンの消臭エーテルを後ろからぶっかけた。


 ……効果はいま一つのようだった。

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