島の授業

 この島の半分、村の人たちは朝が早い。


 何故なら漁師が多いからだ。漁に出るのは夜明け前から早朝にかけて、一番魚が動き回る時間を狙って出港する。だから自然と朝が早くなる。


 それに合わせて家族も起きて、生活が回る。


 一方で町の人たちは大陸からの観光客に合わせている。夜遅くまで羽目を外し、夕方まで寝ている彼らを接客するなら自然と同じ寝起きとなる。


 だから両者が交わる夜明け前と火の沈む前が一番トラブルが多かった。


 ……俺と母さんは、どちらにもならない半端な時間、遅く起きて早く寝てた。学校には間に合ってたけど、その前に家の手伝いとかはあんまりしてなくて、帰ってからするものだった。


 そんな差が、よそ者と呼ばれる理由なんだろう。


 思いながら、島民は多く観光客の少ない道を歩く。


 島の中心に行くに従い、人の姿は減り、露天も開いてない。


 明るく、静まり返った先、たどり着いたのは、昨日の情報屋のお店『サンシャイン商店』だった。


 情報屋だから朝早いのか、と思ってたらしっかりと閉まっていた。


 出入り口は引き戸で閉じられ、目立つところにでかでかと『閉店中』と書かれた札がかけられていた。


 その引き戸へ、クベスは躊躇なく蹴りを入れる。


「おい! こら! 朝だ! おはよう! 出てこい! 昨日の件はどうなった! この野郎! おい!」


 ガインガインと蹴り続ける音が静かな道に響き渡る。


 止めるべきか否か、考えてる間に怒鳴り返された。


「うるせぇぞくそ賞金稼ぎ! 昨日の今日でなんか入ってるわけねぇだろうが! 後でこい後で! こっちは朝飯もまだなんだよ!」


「あぁそうかよ」


 小さく呟いて、クベスはズボンに手をかける。


 何をしようとしてるのか察して、目をそらす。


「…………あーーーーくっそ、朝出しちまったからでねぇぞくっそ」


「てめぇ犬ころ! 人の店の前で何やらかそうってんだ!」


「んなもんまた後で来れるよう今度こそマーキングすんだよ! 待ってろデカい方ならまだ出せんだ! 飛び切りでけぇのひねり出してやる! お前らの鼻でも海まで届くぞ! 楽しみにしとけ!」


「わかった! わかったから待てこの!」


 ガンガラドッシャン!


 慌ただしい音と共に引き戸が開かれ、店主が飛び出てく来た。


 ただ、その恰好は昨日会った時と同じで、寝起きの服装には見えなかった。


「んだよ。起きて覗き見る暇あんならさっさと開けろ。こっちも忙しいんだよ」


 吐き捨てて、クベスは下ろしてたズボンを上げなおした。


 ◇


 昨日と変らない店内、ただほのかにコーヒーの香り、朝飯前だと言ってたのは本当らしかった。


「ほらよ!」


 カウンターの上に文字通り叩きつけられたのは紙の束だった。


 上の角の部分に穴をあけ、紐で閉じてある。その一番上の紙には、上半分はやたらと精巧な、鏡に写したかのような、そっくりな白黒の似顔絵が描かれていた。


 こういうのは前もどこかで見たことがある。


 名前は忘れたけど魔法の一種だったと覚えてる。確か、精霊に映像を覚えさせて、その通りにインクを動かすよう命じることでこんな本物そっくりな絵が描けるんだと、どこかで聞いた。


 けど、はっきり言ってこの島で魔法を使える人なんてほとんどいなくて、お医者さんが回復魔法を使えるのと、船乗りの一部が天気予報できるぐらいだった。


 そんな絵の下に書かれているのは懸賞額、罪状、特徴、その他よくわからない単語が続いている。書体が違うのもるからあの店主が書き加えたものもあるのだろう。


「思ったより薄いな」


「言っただろ、この島は平和なんだ」


「はぁん。島ぐるみで罪人匿っておいてなぁにが平和だぁ」


「それが経済を回し、ひいては平和をもたらす。何なら授業してやろうか?」


「いらねぇ知ってる。んな基礎なんざで怠慢をごまかすな」


「あぁそうかよ。だがそちらさんは興味あるようだが?」


「え?」


 そちら、が俺だとわかるのに少し時間がかかった。


「ここで話に加わんなら、基礎を理解してるか確認しとかなきゃなぁ?」


 店主の意味ありげな声と目線は、俺じゃなくてクベスに向いていた。


 これは、暗にクベスを試してるのだ。


 ちゃんと知ってるのか、少しでも間違ってればそこを突いて笑う。


 嫌な女子みたいなやり方、意地が悪い。


「あぁいいだろう。なら授業してやるよ。無料でな」


 何故か活き活きと語り始めるクベス、意味ありげにパンと両手を打った。


「初めに、この島は開けているようで、他の国とは完全に仲良しこよしじゃない。その一つに『犯罪人引き渡し条約』を結んでないってのがある」


「えっと、それは」


「あ? んなんも知らないのかよ」


「……知らないですよ」


 いきなり知らない単語出されたら誰だってそうだ。


 これは、試されてるのはクベスのはずなのに、気分悪い。


「いいか? 普通、どの国でもこいつを結んでんだが、これを結んだ国と国との間では、例えば右の国で悪さをした人が左の国に逃げ込んだ時に、右の代わりに左の国が捜査、逮捕、必要ならば右の国へと移送までする、これが『犯罪人引き渡し条約』ってやつだ」


 言われて、何となくそんなようなものもあったなぁ、とは思い出す。


 でも絶対、学校では習ってないことだ。


「で、この島は、正確には独立した国なんだが、それがない。で、もしも外で何か悪いことをしてもここまで逃げ込めれば捜査されても逮捕はなく、移送される心配もない。まさに犯罪者のパラダイスだ」


「そんな、この島の治安は悪くないです」


「そりゃそうだろ。こんな田舎の島なんぞ、悪さしたところで旨みがない。その上ここには刑務所や処刑台がない代わりに国外追放なんて刑罰がある。そしてその受け入れ先も海の上で待機してる。ここまで来んのだってそれなりにリスクとコストが掛かる。それでやーっとこさ逃げ込んだのに、わざわざ追い出されるようなこと、したがらないだろうさ」


「それは、確かに」


 納得してしまう。


「んで、この国外追放、脱税でもひっかるんだなこれが」


 その一言で繋がった。


「つまり、元の罪で裁かれたくなかったら真面目に働かないといけない?」


「貯金切り崩してでもいいが、まぁそうだな」


 最後のは店主だった。


 その感じ、思ったよりクベスが言えてて面白くないという感じだった。


「で、当然ながらそれでお終い、だと被害者共の腹の虫がおさまらない。金さえあれば罪を逃れる、そんな不条理をぶち壊せと頼まれるのが俺たち、賞金稼ぎだ」


 クベス、テンション上がってるのか、肘を張り、両手で自信の胸を指す。


「法律の抜け穴ってやつだ。一応は公的な身分証を持ってるが、立場はあくまで個人だ。つまり何やってもそれはあくまで個人の問題、頑張っても外交問題にはなりゃしない。普通に入り込んで調べてボコしてとっつ構えて、後は島の外へ引きずり出せば、条例外で逮捕できる。正義はなされ、俺らは賞金をもらい、みんなハッピーってわけっだ」


 長く長く授業して、クベスは満足してるようだった。


 対して、店主は失敗したという感じだ。


「……補足するなら、そのリストはその中で税金滞納してたり、何かしら犯罪を続けてたりするやつらだ。ほっといても追放される。だから無理して捕らえんでもいいんだぞ?」


「馬鹿言え。儲け話から誰が逃げるってんだ」


 そう言ってリストに手を伸ばすクベス、それを止めるように店主が先に手を置いた。


「……わかってると思うが」


「あぁ裏だろ? 心配すんな」


 よくわからない会話の後、リストを引きずり出す。


「何もかも美味しく食い散らかしてやるよ」


 牙を見せて笑うクベス、それに、不安を感じたのは俺だけじゃないと、店主の表情が示していた。

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