賞金稼ぎとお客様たち

「やつの言ってたことは忘れろ。よそ者の戯言だ」


 初対面で名前も知らない大人から言われたのは命令だった。


 一方的、言い捨てて、返事以外はしゃべるなとも言う。


 そんな彼らに両脇を固められ、二度と母さんの棺に近づけないまま、埋葬まで終わってしまった。


 最後の土が被せられ、短い祈りの言葉が唱えられて、それでお終い。大人たちもあっさりと解散し、またも俺は置いてかれた。


 残されたのは、没個性的な墓石一つ、名前と命日が刻まれて、それでお終い、花とかお供え物とか、何もなかった。


 これが母さんの眠る場所、その前で頭に浮かぶのは思い出なんかじゃなくて、『なんで?』という疑問だった。


 誰が、とも思う。けれどそれ以上に、母さんが殺されるような理由が思い浮かばなかった。


 あの時だって、持って出たのは洋服だけ、それがどれぐらいの価値かは知らないけれど、殺してでも奪い取るようなものではないと思う。


 だったら恨みでも、となるけど、それもない。確かに俺たちとこの島とはあんまり友好的ではなかったけど、だからといってこんな、殺されるほど揉めてたわけじゃなかった。


 母さん。


 綺麗で、優しくて、仕立ての腕は抜群で、そんな母さんが、殺された。


 何でかなんて想像もできなかった。


 ……帰ろう。


 ここにいても仕方ないし、帰って、これからのことを考えよう。


 思って、立ち去ろうとして、その前に母さんの墓に何かを言おうと思って、考えて……結局何も言えなかった。


 ◇


 島は、もうすぐ開かれるお祭りの熱気にうだってた。


 墓所から公園を抜けて町に、家に、島の中心にと向かうほど人の姿も多く、祭りの飾りも豪華となっていった。


 島の住民、船員の一団、観光客の行列に、その先頭にはホテル従業員が愛想笑いで案内してた。


 色とりどりの花を束ねた飾りに、様々な文言の踊る看板、太い木や軒先には見た目だけは豪勢な安物の服を着せられた人形達が吊るされていた。


 広い通りに出れば左右から呼び込み、魚にバナナに洋服にお土産と売りつけてくる。どうやらこのドレスのせいで俺も観光客に見えてるらしい。


 変わってなかった。


 母さんが死んで、殺されて、もっと世界が変わってもいいはずなのに、何も変わらず、死んだことすら知らず、みんな笑っていた。


 そんな中で、いら立ちを感じながら、それ以上に不安に襲われていた。


 ……これからどうしよう。


 仕立ての仕事は俺も手伝っていた。簡単な、俺が暮らせるぐらいならなんとかできるかもしれない。


 けど、材料となる糸や布をどこで買うとか、税金をどう納めるとか、そう言ったことは何にも知らない。


 それに学校もある。義務教育だか何だか知らないけど、俺が十六になるまであと七年、通い続けなきゃならない。


 頼れる大人もいない。少なくとも、この島には親戚がいるとも聞いてない。もっと言えば、親戚がいるのか、生きているのか、そもそも母さんはどこ出身なのか……何で父親が誰でどうしてるのかも教えてもらってなかった。


 こういう時、相談するのは学校の担任ってなるんだろう。けど、とりあえず泣きながら殴れば万事解決できると信じ切ってる筋肉男に人生相談する元気は、今日はなかった。


 …………本当にもう、これからどうしよう。


 考えながら歩いていると、すぐそこのドア、観光客用のホテルの出入り口が激しく開けられた。


 そして大股で出てきたのは、あのコボルトだった。


 集まった注目にサングラスを光らせながら睨み返してる。


 怪訝な顔で横をすり抜け、ホテルに入ろうとする観光客らしい老夫婦、地味だけどきっちりとした服で、手に鞄を下げてるところからまだ島に来たばかりと見える。


 その前へ、ずるりと横に動いてコボルトが立ち塞がる。


「満室だとさ」


 そんな大きな声でもないのに凄みのある声、長い鼻を突き付け、完全に脅していた。


「何をなさってるんですか!」


 ホテルの中から飛び出したのは赤色の制服を着たホテルの従業員、金髪で日に焼けてない白い肌から島の外から来た人らしい。


 そんな従業員の前に、コボルトは向き直る。


 睨みつけ、頬を引きつらせるその顔は、俺にも何か言いたそうに見えた。


 これに、ホテルの従業員は無言で睨み返す。


 周囲の視線をさらに集めるコボルトから、風に乗って酒と垢の悪臭、それで察した。


 宿泊拒否、下手なお客を止めて他のお客とトラブルになって全体の評判を落すより、面倒を起こしそうなお客を何か理由を付けて締め出す。最近増えたトラブルの元だった。


 このコボルトも、そうされたんだろう。


 そして、そウするべきだと周囲も思っているようだった。


 無言の視線、無言の圧力、悪いのはお前だ、さっさと立ち去れ、みんなが無言で言っていた。


 ……その視線に気づいてか、コボルトが目の前の従業員から視線を切って、ぐるりと辺りを見回した。


 これに、居心地の悪さを感じたのか、長い鼻の先を、フン、と鳴らした。


 パサリとコボルトの尾が跳ねた。


 この動作に見覚えがあった。


 ぶぶううううすぅうーーー。


 あの時ほど長くはない屁、それでも悪臭は健在だった。


 悲鳴、嗚咽、涙、吐き気、みんな手を振り、鼻をつまみ、逃げ惑う。


「ダメだ。切れた」


 そんな中で呟くはコボルト、尾っぽを申し訳程度に振ると、今度はホテルに向かって小さく吠えた。


「覚えてろよ」


 ◇


 ホテルの前を立ち去るコボルト、俺は何故だかその後を付けていた。


 理由は一つ、母さんについて、訊きたいからだ。


 …………けれど、それを切り出す勇気が、俺にはなかった。


 言い出せないまま後を付ける。


 コボルトは特に目的地があるわけでもなく、ふらふらと探索しているようだった。


 鼻をひくつかせ、辺りを覗き込み、真っすぐ歩かない。


 何をしてるのか観察してみれば、片っ端から人の陰を踏まないと前に進めないらしかった。


 そんな歩みで新たなホテルを見つけると躊躇なく入っていって、間もなく追い出された。


 流石に、屁はもう出さなかったが、それでも小さく吠えることは止めなかった。


 そうして歩いて歩いて、今度は裏路地に入っていった。


 そっちは酒場しかないのに、と思って付いて行くと、コボルトが待っていた。


 道の真ん中に立ち止まり、完全にこちらに向かって、そして俺を見下ろしていた。


 その表情、驚いた、というよりもがっかりした、と言った感じだった。


「んだよ。何か用か?」


 言われて、声に詰まった。


 訊きたいこと、あるけれど、それを訊いていいのかわからない。


 それでもと息を飲み、覚悟を決めて、声を振り絞った。


「家に、来ませんか? その、さっきの話の続き、聞かせてくれませんか?」


 何でだよ、と自分で言いたくなる。こんな怪しい男を、いくら母さんのことが知りたいからって、危険すぎる。


 母さんなら絶対怒るだろう。


 思案する俺を見て思案するコボルト、耳がピクリと跳ねた。


「……忍び込むよかやりやすいか」


 ぼそりと物騒なことを呟かれた。


「いいぜ。知ってること全部教えてやる。わかんねぇことの方が多いがな。代わりに宿を貰う。ギブアンドテイクってやつだ」


 家に呼んだが泊めるとは言ってなかった。


 修正する前にコボルトがアタッシュケースを置いて左手を差し出してきた。


「クベスだ。クベス・『ギミック』・ブラックタン。賞金稼ぎだ」


「……スターリング・ミストラルです。スターで良いです」


 ここまで来たらもう、手を握り返すしかなかった。


 ◇


「狙いはモルタルネズミ団だ」


 特に促す必要もなく、クベスというコボルトは喋り続けていた。


「知ってっか? 雇われてテロやらなんやらやる糞どもだ。幹部三人、構成員が二十人前後、長年追ってんだがやーーーっとその内の一人をとっ捕まえたんだがな、こいつは口硬くてよ。それでも直前に手に入れたパスポート見っけて、だけども旅券なくてよ。ってことはそれだけで行ける場所ってんでこの島来たんだよ」


 意味の分からない単語も混じっているが、今はとにかく家に、お店に向かいたかった。


 ダン!


 背後で踏みしめる音、また誰かの陰を踏んでるらしい。


 それになんの意味があるのかは知らないけど、トラブルのもとになる予感はたっぷりだった。そうでなくても今、島は真っ二つに割れていて、そこに変な噂とかは回避したかった。


 見慣れた角を曲がり、見慣れた道を行けば、見慣れた看板が見えてきた。


 片翼を象ったお店の看板、二階建ての一軒家で、正面には大きなガラスの窓、二階は家で、一階が母さんのお店だった。


 見慣れ切ったいつもの道、いつものお店、その正面に、見知らぬ男が、だけど職業はわかる男が立っていた。


 執事だった。


 黒色の皺のないスーツ、首に紐タイ、シンプルなデザイン、だからこそ、その仕立ての腕が誤魔化しなく見て取れた。


 縫い目は左右対称に、その袖、その裾、体の厚みも太さも完璧に合わせてあって、完全なオーダーメイドだろう。


 完璧に仕立てた服、それを着こなす男も、姿勢正しくスタイル良く、まるでこの服を着るための体つきだ。


 長めの赤い髪を後ろに流し、きりりと引き締まった顔つきに、長く立った耳からエルフだろう。目元には銀縁の眼鏡、それもあってか、かなり冷たい印象だった。


 その執事さんがこちらに気が付いて、一礼してくる。


「……知り合いか?」


「いえ」


 返事しながら礼を返しなが、お店の前へ。


「失礼、こちらのお店の方ですか?」


「あ、はい」


 お客様、のようだった。


 言われてみればその腕には布に包まれた服らしいものをかけてある。お直しだろうか?


 難しい仕事なら、母さんがいないから断らないといけないな。


「女の子でして?」


「女の子ですわ」


 同じ声の女の子の声、ひょこりと執事の後ろから顔を出したのは二人、どちらも素敵でそっくりだった。


 肩ぐらいまでの長さの金髪はサラサラで、首を傾げただけでするりと流れる。青い瞳にクリっとした眼、白い肌に小さな鼻、小さな笑顔は、正直可愛かった。


 服も当然のように良い。二人とも同じ、シンプルなデザインのワンピース、それぞれ黄色と緑に染め分けられていて、胸元リボンはお揃いで赤かった。どちらも良い生地を使ってる。当然、皺も染みもなく、縫い目も綺麗で、サイズもぴったり。よく見たいけど、それは流石に恥ずかしかった。


 男が執事なら、この二人が主人だろう。何者か、想像もつかないけれど、素敵な出会いな予感がした。


「こっちが先客だ。邪魔だ失せろ。それとも裸にひん剥かれて泣きながら帰るか? あ?」


 ……クベスが見事に台無しにした。

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