第20話 またやろうぜ



 散ってしまったイヤリングの鎖を回収している二人を置いて、沙雪は美織のいる方に歩み寄った。


「美織さん……今の聞いてました?」

「沙雪ちゃんどしたのー?顔赤ーいー」


 沙雪は美織を軽く睨む。


「揶揄わないで、ください。りょうは特別鈍ちんだから良かったけど……、一体圭君にあんな言語教育をしたのは誰なんですか? 美織さんが…」

「いやいや、美織ちゃんじゃないってー。 まあ、元々はただの老成気味な素直な子だったんだけどねー。二次性徴をちょいと、ね? さっきも言ったけど、社会的にすっ飛ばしたわけっすよ」

「はあ…」

「でー、照れとかに無頓着な青少年に育ったら、なぜだか急にジゴロ臭が」


 ぐふぅ、と言って美織の顔が悪そうに歪んだ。


「そんな……基本無口で、たまにちゃんと喋ったと思ったらああいうこと言うのは、何ていうか、良くないですよ?」

「ぬふ、いい感じにモンスター化してるのかもかも。ガッコは女子が多いんだっけ?」

「……はい」

「んー……。いや面白い!! 放置!!」

「そんな」



 その頃、先程まで二人の仕合場となっていた結界の中央地点。薄明りの元で、落ち穂拾いのような二人分のシルエットがそこには残っていた。

 りょうが失せ物探しの魔法を使って、二人は示される方角と目標物の小さな光とに従って鎖を拾い集めていたのだ。


「お前の最後出したのって、あれ何だったんだよ。棒? 魔装なんだよな?」

「そうだな。特別なことは何もない、魔力を通しやすくした只の棒だ」

「半棒術とか杖術で使うのよりも、短かったか?」

「ああ、詳しいな」

「そんぐらいはね。……ふーん?……」


 お互いの話し口は、つい数分前まで本気の白兵戦ガチンコをやっていたとは思えない気安さだった。

 むしろりょうの方は戦った後の方が距離感が近いかも知れない。

 この二人に共通するところでもあるのだろうが、長く道場などで複数の相手と鍛錬を積んできた者同士に通じるところだった。


「うーん、やっぱ分っかんないや。そんな棒っきれならお前無手の方が強いんじゃねーの? 何かさ、まだ秘密が、必殺的なのとかがあるんだろ?」

「確かに全部は見せてないけど、そっちだって月型の方の剣含めて色々そうだろ。まあ、俺のはそう言えば、ちょっと君のに近いのかもな」

「え、俺のに? って?」

「ふふ。それはその内見せるときがあれば、だな。お、あった」


 圭は最後の鎖を拾い上げて、りょうの手の平の上に載せてやる。


「サンキュー」


 りょうは礼を言って、六個の鎖と二個のリングを握り込んでから一回振った。

 そして一対のイヤリングに戻ったものを、それぞれ首を傾げながら付けていく。

 終わると圭を見上げて小さく微笑んだ。


「うっし行くか」

「ああ」

「……いやーしかしやるんだな。お前。今の仕合じゃ結局底が見えなかった。ちょっと、自信なくすなあ」

「そうか? りょうだって相当の腕だろう」

「んー。『お山』の同年代ん中じゃあ、一番手のつもりだったんだけどさあ。でもそれも『雪波』だと、自慢にもなんないし」


 『雪波』は氷雪の札魔法の地だ。上級者になると天候さえ操る。

 ただし『お山』全体の傾向として保有魔力が少ない者が多く、代わりに魔力操作や感知などの研究、習得に優れていたはずだ。ほかに、アイヌに根差した魂魄研究や動物使役、そして、札という媒体の特性を活かして、戦略的な戦い方に長けた者が多いのも特徴の一つだと圭は聞いていた。

 

「媒体としては札が一番戦闘向きだ、と俺の婆さんが言ってたけどな」

「えー、そうかあ?」

「陣はでかいのを扱えるけどちょっと戦闘向きじゃあないよな。ギョクや空蝉は自由度が高くても代わりの難点がある。対して札は、予め嵌めパターンに応じたものを準備さえすれば威力にも起動時間にも優れるから、『洗練された戦闘術』と言える。ってな。まあ、これは受け売りだけど」


 陣は地面や大判の紙に魔法陣を書き記すもの。札はそれをより省略化し、起動時に術者の呪文や魔力で省略分を補うもの。

 それが玉になり空蝉になるとより前準備がなくなっていき、戦闘時の即時性や選択肢が向上する。しかしもちろん代償はあり、発現規模や起動時間の面でのトレードオフが必要だった。

 前準備しておいたものに手数が限られる。その代わりに起動時間も規模も比較的高レベルを維持できる。札は、それを活かせる戦術がある限りにおいては、『最も小規模魔法戦に向いた媒体』と言えるのだった。


「んー」と下を向いて数歩歩いたりょうは、顔を上向けて、へへ、と笑い、「何かお前、せんせーみたいだな」と言った。


「そうか? でも実際りょうがさっき見せたパターンはかなり高レベルだったんじゃないか」

「当たんなかったじゃんかよ」

「ギリギリだったよ。見ろよこの傷。【五感強化ハイアイント】に助けられたのと、最後のはまあ、戦闘慣れだな。似たようなことをやる怖い人が近場にいたんだ」

「へえー、そうかよ。つってもな、俺だってまだ全部見せたわけじゃないからな? だから、へへ、またやろうぜ」


 圭は、その言葉に思わず笑う。

 彼女のさっぱりして後腐れのない性格が小気味良かったのだ。

 そして、「そうだな」と短く返した。


 ふと、圭の方を見ながら歩いていたりょうがその目の前に入って来て向かい合った。何かと思って圭も立ち止まる。彼女は少し背伸びをして圭の頬に片手を添えた。


「いったいんだろ? これ」


 りょうの手の平の温もりが、その後の魔法起動によって奥まで染み込むような暖かさに変わっていく。

 頬の刺すようだった痛みが瞬く間に引いた。

 それが終わると次は、右の上腕を軽く掴んだ。【回復ヒール】と【修復メンド】だ。腕の痛みが引いて、破れていたジャージも元に戻る。


「悪いな。ありがとう」

「てかお前、鎖どこだー、じゃねーだろ。痛いならまずそっち治せよ」

「そうか。思いつかなかったな」



 圭とりょうはまた歩き出して、二人と一匹とが待っている場所に集合した。


「圭君りょうちゃん、おっつかれー」

「ああ」


 美織の労いに、りょうはといえば小さく無言で頷いただけだった。

 一人ひとりと戦うまではあまり心を開かないんのかもな、と圭は半分苦笑交じりで訝しむ。

 沙雪がなぜか俯き加減で口をすぼめながら圭のことを見ていたが、圭と視線が合うとつい、と逸らしてしまった。


「さてさて。美織ちゃんはねえ、何度も何度も言うけども、もうオネムで解散したいですよー。でもま、お話しするって約束はしたんだしねえ?」

「……はい」

「ほいじゃあ、お茶でも入れますかね?」

「はい。お願いします」

「あいよーん」


 美織が先頭に立ち、家の縁側へ向かって歩き出した。

 お前はお茶なんか入れらんないだろう、という無用な突っ込みは圭も言わないでおいて、その後ろへついていった。

 その時、不意にモサリ、と小さな音。

 そして四人と一匹を囲っていた拡場結界が解除され、今までの草原が広めの庭サイズへと戻った。

 沙雪は突然の結界解除に動揺し、首をきょろきょろと巡らせる。しかしどこにも人影も、誰かがいる気配もなかった。


「ほいではどうぞ、こちらへー」


 歩調も緩めず縁台へと先着した狸姿の美織がつっかけを適当に放り、明かりの点いた居間の中へと上がって行った。





「圭君? りょうが着替え出したから、しばらくは戻らないで」

「ん、着替え?」


 圭は湯沸かしの前から振り向く。

 沙雪が台所のドアから顔を出していた。


「戦衣じゃ帰れないからね」

「居間でか」

「そういう子なのよ。あたしはトイレ借りなさいって、言ったんだけど」


 圭としても返しようもない。「まあ…、終わったら呼んでくれ」とだけ言って、茶筒の蓋をコパンと開けた。


 それからスプーンで急須に茶葉を入れてる間も、開いたドアが閉まる気配がない。

 そちらを向くと、沙雪が台所に半身を入れてこちらを見ながら、何か言いたげな顔をしていた。

 しばしの沈黙の後、沙雪が口を開きかけたときに、するり、とその足元を『断崖』がすり抜けて台所へと入ってくる。そのままト、ト、トと軽快に歩いて冷蔵庫のところに行き、後ろ脚立ちでたしたしと金属製の扉を叩き始めた。


「む……」


 圭がそれを見下ろしたまま躊躇していると、『断崖』は首を巡らせて彼のことを見上げながら更に扉を叩く。


「……ったく、分かったよ。ロールキャベツでいいか」と言って、圭は冷蔵庫を開き、タッパーに手を伸ばした。どうせ結界を張った対価でも求めてるつもりなんだろう、と考え、ここで勿体ぶると後々面倒そうだと思って諦めたのだ。

 流しに懸けられていた小鍋を取ってロールキャベツを一つ入れてソースを垂らし、火にかけた。


「…随分賢いのね、ダンちゃん」

「ああ。食い意地がすごくてな、美味いものを食うために進化でもしたんだろう。ところで、」


 そう言って圭は改めて沙雪の方を振り向く。


「何か用事か。お茶を出したら話はすると思うが」


 圭に言われて沙雪は考える。沙雪自身、ここで話しておきたいようなこれ、というものがあった訳ではないが、黙々と茶の準備をしている圭のことを見て何となく色々言いたいような気がしてきただけなのだ。

 結局、今今で思っている感想を沙雪は口にした。


「何だか、普通なのね」

「ん?」

「戦う前も、後も。それが、何て言うんだろう……」


 沙雪は続けようとしたが、結局うまく思うところを言葉に直せず、少しの間逡巡していた後で逃げるように居間の方を振り向いた。


 そして、「ああ、りょう、着替えが終わったみたい。もう戻れるわよ」と言い残して、ドアを閉める。


 圭は、よく分からずに、普通って…そりゃあそうだろう、と内心で呟く。

 軽く首を捻ってから、沸いたヤカンを手に取った。




 お盆に四人分のお茶とロールキャベツの入った小皿とを乗せ、足元に『断崖』を纏いつかせながら圭が居間に戻る。

 三人は夕食時と全く同じ場所に座っていた。

 着替えたりょうは今は、短パンとTシャツ、上にクリーム色の薄いパーカーを羽織っていた。後ろ手に体重をかけて座り、ぼんやりと何か考え事でもしている様子だった。

 圭が床に小皿を置くと、『断崖』がそこに鼻を突っ込みハググググ、とがっつき始める。

 それからお茶を女性陣それぞれの前に置くと、自分の分の湯呑を持って、自分もさっきと同じ位置に座った。


「さてー、と」


 沙雪は少し緊張した表情だ。りょうは目線だけを美織の方に動かす。


「まずは圭君勝っちゃったから、沙雪ちゃんが持って来てた札って何だったのか、とりあえず聞いちゃおっかー?」

「…はい。」


 圭は何の話だ、と眉を上げるが、すぐに沙雪が食事中に『迷惑な札』と言ってたやつかと思い至って黙っておく。


「『雪波』のもあるから、効果だけを言います」

「うんうん」

「建材を腐らせるものが複数。あとは魔力持ちの束縛。魔力使うと激痛、が二枚、でした」

「へえー、すごいじゃん。特に最後の。沙雪ちゃん弱いのに」

「……」

「あーっと、ごめごん?」

「…いえ。確かにあたしの魔力は弱いけど、操作は得意ですから。起動に魔力をさほど必要としない条件下なら高位なものだって作れます。それは、札や陣使いの常識では?」

「んふ、そうだっけー。氷雪系は持って来てなかったんだ」

「あれは魔力がモノを言うのが多いから…」

「なるほどねー。で? えっとさっきりょうちゃんが最後にカマしたヤツは、沙雪ちゃん作ってところかな?」

「……」

「そっかそっか。ありがとねー? まあその激痛のやつ、またチャンスあったら圭くんにやってみたらいいよ?」

「え何で。……痛いのは、いやだぞ」

「ふふふ、まあまあ。なるほどねー。ふむふむふむ」


 美織は一人で合点が行った様に頷いている。


「そいじゃー、えっとー、何だっけ。こっちに引っ越してきた理由だっけ。じゃあーそれは、圭君がご説明しましょっか?」

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