第105話 ラストチャンス

 倒れていくひかり。

 その光景に愕然とした僕たちの前で――信じられないことが起きる。


『っ!?』


 僕だけじゃない。みんなが同じような反応をしていたはずだ。

 だって、つい今しがた倒れたはずのひかりが――先ほどの白い光に包まれてゆっくりと起き上がった!

 そしてひかりは再び杖をかざし、


「《サルヴェイション》!」


またあのスキルを唱える。

 途端に、ボスのターゲットはまた近くのひかりへ設定される。

 ひかりのHPゲージは真っ赤で一割も残っておらず、その足もふらふらだった。今なら《ミャウ》の一撃すら耐えられないかもしれない。

 琴音さんが呆然とつぶやく。


「あのスキルは……《サルヴェイション》は、戦闘不能になった時、一度だけ自分自身を復活出来る呪文よ。けれど、INTが一定値以下のプリでなくては取れない!」

「仲間にかけることも出来ないあのスキルは、自己犠牲を覚悟した上で、最前線で戦うプリにしか扱えないものなんだよ。普通のプリには扱えないものなんだ。それをひかりは…………いつの間に……!」


 続いたメイさんの言葉に、僕は、声を失う。


 わかった。ひかりの考えが。


 ひかりは――やられるたびにあのスキルで何度でも立ち上がり、その間にみんなに体勢を整えてもらおうとしているんだ。

 デスペナを貰い続けることも気にせず。

 リンク値が下がることさえ厭わず。

 自分を犠牲にし続けて!


「――琴音さん! お願いしますっ!!」


 ひかりが叫ぶ。

 琴音さんは激しい感情を抑えるかのように震え、


「……わかったわ! 《リザレクション》! 《セイクレッド・プレイス》!」


 今度はビードルさんを起こし、そのままレイジさん、メイさんと順番に起こしていく。その間にも、ひかりは再びボスからの攻撃を受けた。


『《カイザー・ブレス》!』


「きゃあああああっ!」


 圧倒的な力の差。

 一人ではどうあがいても敵わない相手。

 なのに、ひかりはその場に倒れ――しかし、そのたびに白い光に包まれて立ち上がる。


「はぁっ、はぁ…………《サルヴェイション》!」


 そしてあのスキルをかけ直し、何度もボスへ立ち向かった。

 けどそのたびにひかりは倒れ、そして起き上がる。

 MPがなくなるそのときまで。

 ひかりは、何度でもそうするつもりだ――!


「ひかり……ダメだ……もうっ!」


 倒れて、倒れて、倒れ続けて。


 助けたい。

 助けに行きたい!

 いますぐにでも!


「ひか――っ」


 遅かった。

 僕が叫ぶ途中。ひかりのリンク値が下がり続けたことで契約が解消されたのだろう。僕の薬指に嵌められていた指輪の宝石が砕け散り、指輪は自然と僕の右手の小指に戻った。

 ステータスを確認すれば、指輪はただの《リンク・リング》に戻っており、ひかりのステータスによるボーナス値も当然なくなっていた。ひかりを呼び出すためのリンクスキルだって使えなくなっている。


 僕とひかりの繋がりが――引き千切られた。


「なん、で……なんで……なんっ、で……っ!」


 震える声が身体中に広がる。


 ――なんで僕はこんなところに寝てるんだ。


 ――なんで僕は倒れ続ける相方を眺めているんだ。


 ――行かなきゃ。僕がひかりのところに行かなきゃ!



「ひかり……ひかりーーーーっ!」



 琴音さんはさらに楓さん、ナナミ、そしてるぅ子さんの順番にリザをかけていく。

 僕は最後に回されてしまった上、琴音さんは僕以外の起きたみんなに回復スキルを使い、みんなも戦いの準備を始める。なぜか僕にだけリザを使ってくれず、そして誰も僕を起こしてくれない。

 思わず地面を叩いて叫ぶ。


「琴音さん! 早く僕も! 僕も起こしてくださいっ!」

「ダメ」

「どうして!!」

「あなたを起こしたらひかりを助けに行くでしょう」

「当たり前じゃないかっ!」


「そうして考えなしに飛び込んだあなたがやられたらひかりの努力が無駄になるのよ!」


「――っ!」


「あなたはパーティの重要な戦力なのよ! このパーティで勝つためにはあなたが必要なの! 全員の準備が済んだら起こしてあげるからそれまでに冷静になっておきなさい!」


 琴音さんの叱咤で、熱くなっていた頭がスーッとクールダウンするのがわかった。


 そうだ……ひかりは何のためにあんなことをしてる?

 僕たちを助けるためだ。

 みんなでこのダンジョンをクリアするためだ。


 それに、僕だけじゃない。

 みんなの顔を見ればわかる。

 決して敵から視線をそらさず、拳を握り、歯を食いしばって。

 みんなだって、早くひかりを助けに行きたくて仕方ないんだ。

 それを必死に耐えて、そのときを待ってる。勝つために。

 なのに、僕一人だけがわがままで突っ走ったら、ひかりが頑張ってくれている意味がない。


「……しっかりしろ」


 自分自身にそうつぶやき。

 何度か深呼吸をして、頭を落ち着ける。

 その間に、みんなの準備は終わったようだった。


「――ユウキくん、頭は冷えた?」


 琴音さんが言う。

 僕は返した。


「……はい! みんなで、ひかりを助けに行きましょう!」

「ええ、もちろん。《リザクレション》!」


 琴音さんは僕の顔を見て微笑み、すぐに僕を起こして回復してくれた。そしてナナミが残りの回復材をすべてて託してくれる。


「それで終わりだからな。無駄にすんなよユウキ!」

「ありがと! みんな……行こうっ!」


 僕の声にみんながそれぞれにうなずき合い、双刀を握りしめ、思いきり地面を蹴ってひかりの元へ走る!

 

「ひかりっ!」

「ユウキ……くん……」


 もう何度目かもわからない絶命。

 ひかりは、倒れる直前に僕たちを見て微笑む。

 そして倒れたひかりは、もう立ち上がることはない。《サルヴェイション》をかけるMPさえも残っていなかったんだ。

 剣を握る手に力が入る。


「ありがとうひかり……こいつを倒して、すぐ助けるから!」


 ひかりが守ってくれた時間で、僕たちの準備は万全と言えないまでも整っている。

 これが最後のチャンスだ。


「行こうユウキくん! 僕たちならやれるさ!」

「はい! レイジさん!」


 カイザードラゴンのタゲがこちらへ向いた。

 望むところだ。


「行くぞ――《フォーチュン・ブレッシング》!!」


 絶対に――こいつに勝つッ!!

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