第106話 時を操る竜

 先頭に立つビードルさんが持ち替えた聖属性の盾を構える。

 そこへボスが容赦ない攻撃を放つ。


「《グランド・テイル》!」


 鋼鉄のような尾による打撃。

 それは一撃でビードルさんのHPを半分にまで削ったが、そこでビードルさんが「ふっ」と笑う。


「《ガード・シフト》!!」


 盾から目映い光が放たれ、強固な防御態勢が築かれた。

 その隙に後衛のメイさんと楓さんがそれぞれに呪文を唱える。


「《ネージュ・ミスト》!」

「《ヴォイド・カーム》!」


 メイさんの呪文で周囲に冷たい霧が発生し、その中で楓さんの闇の球体がいくつもボスに衝撃ダメージを与える。


『グオオオ……《カイザー・ブレス》!』


 大口を開けて息を吸い、予想通りの順番にスキルを発動させてくる暗黒時竜。

 僕とレイジさんはその攻撃がギリギリ届かない範囲を既に経験で察しており、お互いにボスの左右に散っていた。

 そしてカイザードラゴンの必殺技を――一度は一撃でやられたその攻撃を、ビードルさんはその盾を構えて見事に防ぎきる。《ガード・シフト》状態にプラスして、闇属性攻撃を半減させる光属性の盾の力と、メイさんが発生させた冷気によって炎攻撃も弱められ、結果的にビードルさんのHPは八割以上も残っていた。そのおかげで後衛のみんなは無傷である。そして琴音さんがすぐにビードルさんのHPを全快させてくれた。


「《ゴスペル》!!」


 琴音さんが聖属性付与の呪文を唱え、僕とレイジさんの武器が聖なる光に輝く。これで闇属性らしいこいつには大ダメージを与えられる。

 僕は双刀を構えて左側から。

 そしてレイジさんはランスを抱えて右側から突撃した。


「《ソード・ダンス》ッ!」

「《ランス・ポイント》ッ!」


『――グオオオオオオッ!』


 初めて痛みを感じたような悲鳴を上げるドラゴンと、追撃を続ける僕たち。特にレイジさんのランスとスキルは大型に効きやすいためかなりのダメージが類出し、ボスのHPは一気に半分以下にまで減っていった。

 そこに飛び込んできたのは、僕たちのパーティーでは唯一の一次職となっていた《マーチャント》のナナミ。


「この際だ! 所持金いっぱい限界までやってやるよ! 《ラピス・ハンマー》!!」


 お布施パワーによってボスの足がぐらつき、苦しげな声が上がる。


「《レイン・アロー》!!」


 そこにるぅ子さんが追撃をかけ、降り注ぐ矢の雨が気持ちの良いダメージを連発。 


「よし、いけるぞみんな! このまま一気にっ!」


 レイジさんの指示でさらに追撃をかける僕たち。

 そんな僕たちを、倒れたままの他のパーティーの人たちが一斉に応援してくれた。


「いけー! そのままやっちまえっ!」

「俺たちのカタキとってくれぇぇぇ!」

「一気にぶっ倒しちまえー!」

「がんばって! みんなーっ!」

「やっちゃえーーーっ! ファイトだよ~!」


 起こしてあげる余裕もなくて申し訳ないけど、その声に背中を押され、僕たちの攻撃は加速する。そしてカイザードラゴンのHPは残り三割程度にまで削れた。


『グオオオオ……人間風情が……調子に、乗るかあああああ!』


 LROの優秀なAIで動くボスは、なんとそこで壁役のビードルさんからタゲを外し、左右に散った僕とレイジさんに強制的にタゲを移してきた。

 まずい! ここでブレス攻撃が来ると耐えきれないかもしれない! ていうか敵の方から勝手にタゲ変更出来るなんて反則だろ!


「やらせん! ――《サクリファイス》!」


 ビードルさんが新たな《パラディン》のスキルを発動させ、その盾が神々しく輝いて光の鎖が出現。その鎖はカイザードラゴンを拘束し、強引にビードルさんの方へとその顔を向けさせた。


「これでしばらくこいつのタゲはオレから外れん! 思う存分やれ!」


 ――ターゲット強制スキル!

 僕とレイジさんはアイコンタクトをとり、再びMPが尽きるまで連続攻撃を放ち続けた。メイさんと楓さんの呪文によるダメージソースと、ラピスの力をぶつけるナナミと、矢の残りなんて気にしない火力全開のるぅ子さんの攻撃もあり、ボスのHPゲージはついに赤くなり、残り一割を切った! それに周囲から大きな歓声が上がる。


 だけど――



『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』



 時空黒竜がひときわ大きく吠える。

 するとその赤い目が妖しく光り、その額に第三の目――いや、赤い宝石が出現。そしてドラゴンが新たなスキルを唱えた。



『時よ、我に従え――《クロノ・アビス》!』



 途端に、ドラゴンの足元から暗闇が広がっていき、それはあっという間に部屋全体を包み込んでしまう。

 そして気づく。

 僕の身体がぴくりとも動かなくなっていた。まるで石にでもされてしまったかのように。


「なっ……! んだ、これっ!」

「くっ……! 動けない……っ!」


 僕だけじゃない。逆側のレイジさんも、そして他の皆も身動き一つ取れなくなってしまっている。

 メイさんが叫んだ。


「た、たぶんボスが時間を止めているんだ! イベント名とかボス名からなんとなくそういう想像してたし! スキル名もそれっぽいよーっ!」

「そんなっ……!」


 ふわっとした説明だけど、確かにそうとしか思えない状況だった。

 そして最悪なこともわかってしまう。僕にかけられていた支援バフが全て消え去っており、見ればレイジさんのランスも、ビードルさんの盾も輝きを失っている。これもボスのスキルの影響だろうことは間違いなさそうだった。


 しかし、ボスだけは違う。


 悠々と首を動かし、その口を広げて息を吸っていた。


『時を支配せし我に敵う者なし……滅びよ…………《カイザー・ブレス》!』


 そしてあのスキルを放ち、ビードルさんが直撃を受けて吹き飛ばされ、絶命。

 すぐ後ろにいたメイさんと楓さんも悲鳴を上げて倒れ、ビードルさんの守りから離れて攻撃に転じていたナナミとるぅ子さんも一撃でやられてしまった。

 そちら側で唯一残ったのは、ビードルさんたちが庇っていた琴音さんのみ。けど、時間が止まった中では琴音さんは動くことも出来ない。


「くそっ……琴音さん!」


 そのとき、ようやく部屋を包んでいた暗黒がドラゴンの足元に収束していき、ダンジョンが元の様相を取り戻す。僕たちの身体の自由も戻った。けどダメだ、僕の位置からじゃもう助けにも間に合わない!


『《スラッシュ・ネイル》!』


 ボスの攻撃が琴音さんを襲い、琴音さんが杖を握ったまま目を閉じた。

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