第80話 メイさん、理想の家庭
そうして突然のおままごとがスタート。
早速演技モードに入った《フリルエプロン》装備のメイさんがしなをつくって僕に笑いかけた。そのキャピキャピテンションの高さにちょっと引く。
「おかえりなさいあなた~♥ 今日はお仕事どうだった?」
「え、あ、えっと……う、うん、ただいま。ま、まぁまぁだったかな?」
「うふふ、そう♪ ほらみてあなた。メイたちの可愛いひかりがぐっすり眠っているわ」
「えっ、わ、わたし……? …………ぐ、ぐう~」
いきなり振られたのは《よだれかけ》装備のひかりで、ひかりはその場にころんと丸まって横になり、頑張って赤ちゃんの演技をしていた。そういうひかりもなんか可愛い……。
「ああ……なんて可愛いの♥ メイたちの愛の結晶♥ ひかりちゃん♥ ぷにぷに」
「す、すやすや……」
メイさんにほっぺをぷにぷにされても寝たふりを続けるひかり。け、健気だ……!
「あら? そういえばナナミちゃんはどこへ行ったのかな? ナナミちゃ~ん? 可愛い可愛いトイプードルであんあん吠えるナナミちゃ~ん?」
「……あんあん」
「あらあらそこにいたのねナナミちゃん♪」
メイさんが駆け寄るのは、《イヌミミのヘアバンド》を装備してハイハイ歩きをしていたナナミ。
「さぁ、そろそろおねんねの時間ですよ~。いつもみたいにひかりと一緒におねんねしましょうね~♪」
「…………あん、あん……」
「え? なぁに? あ、それともその前におトイレいきたいのかな~? しーしーしたい~? メイが手伝ってあげるよ~♪」
「あんんんん…………ががががが……!!」
「うふふ、大丈夫そうね~♪」
ギリギリと歯ぎしりして震えながら犬の真似をするナナミ。
か、可愛い……。可愛いけどこれ絶対怒りをため込んでる! ものっすごい目で睨んでる! メイさんこの後どうなってもしらないぞ!
けどメイさんはそんなことは気にせずナナミをひかりのそばへ連れて行き、二人を添い寝させて「あ~ん可愛い~♥」と全身からハートマークを放出するかのような笑顔を浮かべて身体をくねくねさせる。絶対趣味でやってるぞこの人!
と思っていた僕の元へ戻ってきたメイさんは、キャピキャピしながらこう言った。
「うふふ、ここからは夫婦だけのオトナの時間ね。さぁ、ごはんにする? お風呂にする? そ・れ・と・も――」
「え、えーと」
「え? メイを食べちゃうって? も~♥ あなたってば元気なんだからぁ~♥♥♥」
「まだ何も言ってないけど!?」
「いいよ……メイはいつでも歓迎なんだから……」
メイさんが僕にぴったりと寄り添い、押しつけられたその胸の柔らかい感触がむにむにと伝わってきて、僕は一気に全身が熱くなってきてしまう。心臓もばくばくとすごい音を立て始めた。
「メ、メメメイさん!?」
声がうわずる僕。
ついひかりの方を見れば、ひかりは驚いたように僕とメイさんを見つめていた。ち、違うんだひかり! こんなことやるなんて聞いてないんだ!!
「もう、お布団は敷いてあるから……。そろそろ二人目……欲しかったものね?」
「ふ、ふた、二人目!?」
「メイ……あなたのためにがんばるね……?」
とろんとした熱っぽい瞳で、上目遣いに僕を見つめるメイさん。
その頬まで紅潮していて、それはとても即興の演技とは思えないほどの演技で、メイさんの艶やかな唇が僕の顔に近づいてきて……ていうかなにこれなにこれなにこれなにこれ! はぁはぁはぁ! ぼ、ぼぼぼぼ僕はどうすればああああ!?
「――ダ、ダメですーーーーっ!!」
「きゃん!?」
「うわっ!?」
そこでメイさんが前のめりに倒れてきて、僕はメイさんを抱きとめる形で尻もちをつく。
顔を上げれば、そこに驚いた顔のひかりが立っていた。
「ひ、ひかり?」
つぶやく僕に気づいたのか、ひかりはハッとしておろおろ慌てだした。
「あ、あれ? わたし、どうして……わ、わあああどうしようどうしよう! メ、メイちゃん押し倒しちゃってごめんなさい! ユウキくんも! ごめんなさい!」
「い、いや、僕は大丈夫だけど……」
「ふふ、メイさんも大丈夫だよ。でもよかった~、ひかりがこうしてくれて!」
「「え?」」
演技モードを終えたメイさんの言葉に、僕とひかりが同時に疑問の声をあげる。
しかしそこで――
「お~ま~え~はぁぁぁぁぁ……んなことまでやるなんて聞いてねーぞ! つーかユウキもされるがままに襲われてんじゃねーよ! あのままメイとしっぽりする気かっ!」
「え!? ち、ちち違うって! ど、どうしていいのかわからなくて!」
「あはは、慌てすぎだよナナミ。ただの演技だよ? あ、もしかしてユウキくんとイチャイチャ出来るメイさんが羨ましいからって嫉妬しちゃったのかな? それとも~、メイさんをとられてユウキくんの方に嫉妬していたのかな? かなかなっ?」
「んなわけあるかあああああああ! つーかこんな格好で犬の真似までさせやがって! 完全にお前の趣味に付き合わされただけじゃなーかボケ!!」
「きゃあ! ちょ、待って痛い痛い痛いよナナミ!」
ナナミが取り出したハリセンによってバンバン頭を叩かれるメイさん。それでもナナミは顔を赤くして容赦なく叩きまくっていた。
一方ひかりは――
「わ、わたし……どうして……」
その手を心臓の辺りに当てながら、何度も目をパチパチとまばたきさせていた。
そんな困惑状態のひかりに、メイさんがささやく。
「ふふ、どうだったひかり?」
「……え? ど、どうだった、って……?」
「メイさんとユウキくんがイチャイチャしているのを見て、何か感じなかった?」
「何か……」
その頃にはナナミも攻撃を止めて、僕たちと一緒にひかりの反応を見つめていた。
「そう。胸がきゅ~って苦しくなったり、もやもやって、寂しいような悲しいような気持ちになったり、今にも叫び出したくなりそうにならなかった?」
「は、はい! なりましたっ。メイちゃんの言う通りですっ!」
「うん、そうだよね。だから思わずメイさんを突き飛ばしちゃった」
「は、はい……メイちゃん、本当にごめんなさい。わたし、何か変に……」
「うぅん、違うよひかり。それが正しい反応なのさ」
「え?」
予想しない言葉だったのだろう。ひかりは呆然とメイさんを見つめている。
「むしろ、メイさんはひかりにそうしてほしくてユウキくんとイチャイチャしたんだからね。だから、謝らないといけないのはメイさんの方なんだよ。ごめんねひかり」
「え? ど、どういうことですか? なんでメイちゃんが謝るんですか?」
「ふふ。実はね、メイさんはユウキくんとひかりにもっともっと仲良くなってほしかったんだよ。だから、今回のおままごとはその作戦だったのだ!」
「さくせん、ですか??」
「そうです! そしてその作戦は大成功しました! ね~ナナミっ?」
「は? いや、ま、まぁそうかもな……」
「え? え? どういうことですか?」
「ふふ。ユウキくんもわかったはずだよ。ね?」
「え……」
メイさんに笑顔で言われて、僕は呆然としながらも考えていた。
ひかりは、なぜあの場面でメイさんを突き飛ばしたのか。
普段のひかりなら、あんなことは絶対にしない。
というか、あんなひかりは初めて見た。結構長い間、それも毎日のように一緒にいるのに、あんなひかりは初めて見たんだ。
そして、その理由を想像する。
けど、一つしか考えられなかった。
僕とイチャイチャするメイさんを、ひかりは止めたかった。
それはつまり……
――メイさんに嫉妬、していた……?
僕が、メイさんにとられるかもって思って……?
それって、相方としての気持ちなのかな……?
それとも…………
「え、え? どういうことなんですか? メイちゃん、わ、わたしわからないですっ」
「そっかそっか。ひかりは少し純粋すぎるのかもしれないね。だけど、それは自分で理解しないと意味がないことなんだ。だから教えてあげられないんだよね~」
「自分で理解しないと……ですか?」
「そう。じゃあもう少しヒントを出そうかなっ」
「は、はい! お願いしますっ!」
「うん。ひかりはユウキくんとキスしてみたい?」
「……へっ?」
間の抜けた声を上げるひかり。
メイさんはいたずらっ子みたいに愉しそうな顔で続けた。
「他にも、手を繋いでデートをしたり、お互いの頬に触れ合ったり、抱きしめ合って鼓動の音を感じあったり……それに、えっちなことをしてみたいって思う?」
「えっ」
ひかりは少しの間を置いて……顔中かぁ~っとトマトみたいに真っ赤になっていった。その目はわかりやすく泳いで動揺しまくっている。
「め、めめめめいちゃんなにをゆってるんですかわわわわたしはき、ききき」
「あははは。ひかりはやっぱり可愛いなぁ♥ えいっ」
「ひゃっ」
テンパりまくっていたひかりをメイさんが抱きしめて、いつもしているようにひかりの頭を優しく撫でた。
「メ、メイちゃん……?」
それで徐々に平静を取り戻していったようで、ひかりの呼吸が穏やかになっていく。
メイさんは頭を撫でながらつぶやいた。
「大丈夫だよ、ひかり。じきに気づくから。だって、君の心はとても素直にその想いを感じているはずだからね」
「メ、メイちゃん……?」
「うん、これならメイさんが心配することはなかったかも! ユウキくんもひかりも、きっと上手くいくね。もっともっと仲良くなれるよっ。メイさん、今そう確信しました!」
「……はぁ。メイ、お前とんでもないお節介だよ」
「えー? それはナナミも同じでしょ?」
「同じじゃねーっての!」
メイさんがくすくすと笑って、ナナミがムキーと怒りながらもどこか満足げな顔をしていた。
それからメイさんに解放されたひかりは目を点にしたまま僕のそばにきて、
「ユ、ユウキくん? あの、えっと……よ、よくわからないです!」
「う、うん。僕も……」
いや、それはちょっとウソだった。
ひかりが僕に感じてくれている気持ち。
それがもしかしたら、LROの相方として、パートナーとしてだけのものではないかもしれないと――そんな風に考えるようになってしまったから。
そんなときだった。
「――ちょっと失礼するわね」
そう言って僕たちのギルドのたまり場に現れたのは、一人の綺麗な女の子だった。
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