第66話 《リンク・パートナー》Ⅱ


「ああああああ~!」

「え、え? ユ、ユウキくん?」


 頭を抱える僕を見て、メイさんが楽しそうに言った。


「おやや~これは驚いたよ! まさかひかりの方から言い出すなんてねっ。いわゆる逆プロポーズってやつかなぁ? ふふ、やっぱりこの場所と雰囲気がそうさせたのかにゃ?」

「いやまぁ、このバカップルじゃいずれそうなるだろ」

「はは、この場所にぴったりの展開じゃないか。僕も心からお祝いするよ!」

「ふん、男が浮つきすぎるな」

「あらあらあら~~~♪ なんだか甘酸っぱいイベントに直面しちゃったわね~~~♪」

「わ、私たちもここにいていいんでしょうか?」


 メイさんがワクワクしたように言って、ナナミは雑につぶやき、レイジさんは喜んで拍手をしてくれて、ビードルさんは腕を組んだまま口を一文字に結んで、楓さんはぴょんぴょん跳ねて、るぅ子さんがちょっとうろたえている。


 ――《リンク・パートナー》。

 それは、お互いの絆が高まったとき――具体的には、お互いへの『リンク値』が上限に達したときに使用出来るようになるというパートナー契約システム。他のMMORPGでいう、いわゆる《結婚システム》のようなものだ。だからメイさんは逆プロポーズなんて言い方をしたんだろう。

 最近見つかったばかりのこのシステムは、プレイヤー同士のリンク値を上限まで上げ、教会などの特定の場所で告白行為を行うことで契約イベントが発生する――と言われている。

 けど、プレイヤー間同士に設定されたリンク値がどんな条件で上昇するのか、上限はどの程度なのか、そもそもそのリンク値は確認することも出来ないし、検証は最近始まったばかりだから詳しいことはまだわからない。

 というのも、以前にひかりのクエスト関係で王都の教会に行ったとき、そこで偶然デートをしているカップルを目撃して、そこで男子生徒の方から恋人になってほしいという告白をして、それに女子生徒が答えたとき、二人の前に《リンク・パートナー契約》のウィンドウが突如出現したらしい。

 そして二人がそれを承認すると、二人の左手――その薬指に《リンク・リング》が自動的に移動してさらに宝石が輝き、周囲にはクラッカーや紙吹雪のエフェクトが発生して、二人はシステム上の《パートナー》となった――という事実があり、当時は大騒ぎになった。そこで初めて、どうやらリンク値を参照した隠れシステムだということが判明したんだっけ。


 あのカップルを見たとき、僕は思った。

 出来ることなら、これからもひかりと一緒にいられたらな、と。

 だから、今度は僕の方から言おう。《リンク・パートナー》になってほしいと。


 ――なのに、また先に言われてしまった! ああああ~!

 なんて動揺していた僕に、ひかりは言った。


「《リンク・パートナー》になれば、お互いがいる場所にワープしたり、ステータスを共有したりも出来るんですよね? そうなれば、わたしでも少しは役に立てそうですっ」

「ひかり……」

「だ、だから、もしよかったら、わ、わたしと、なってくれたら、嬉しいなぁって思ったんですけど……ど、どうでしょうか……?」


 少しだけ脳裏によぎった。

 もしかしたらひかりは、《リンク・パートナー》のメリットを得るために――僕の役に立ちたいという、その奉仕の気持ちのためだけにそう言ったのかもしれないと。だから別に僕のことを特別何か想っているわけでなくて、深い意味はないのだと。

 でも……

 ひかりの瞳は、今にも泣きそうに濡れている。

 呼吸は浅く、早くなり。

 よく見れば、その身体もわずかにだけ震えていた。

 ひかりが、いったいどんな気持ちで言ってくれたのかは想像するしかない。

 別に恋人同士の告白でもない。本当のプロポーズでもない。

 けれど……今、僕の目の前で震える小さな女の子が、ものすごく勇気を出してそう言ってくれたことだけはわかったから。

 僕もまた、真剣に答えないといけない。


「……ひかり」

「は、はい」

「さすがに僕も……その、男として、少しくらいは、プライドがあってさ……」

「……え?」

「だから……お断りさせてください!」


 と、そう言ったときのひかりの顔は見られなかったから、僕はすぐに言葉を繋げた。


「そしてちゃんと僕の方から改めて言わせてください! ひかり! いつか僕たちのリンク値が溜まったら……僕と《リンク・パートナー》になってください!」


「…………え?」


「けど! それは《リンク・パートナー》になることで得られるメリットがどうとか、そのためじゃないですから! 僕にとっての相方はひかりで、パートナーになる人はひかり以外考えられないからひかりになってほしいと思うわけです! だから、も、もももももしよかったらよろしくお願いしまぁす!」


 恥ずかしすぎて早口に言い終えた僕は、頭を下げてバッと手を伸ばす。

 それからおそるおそる頭だけを上げる。

 ひかりは、当たり前だけど呆然と僕を見下ろしていた。


「や、ち、違うんだ! 断ったのはその、ぼ、僕の方から言いたかったから! ていうかひかりいきなりすぎるし言うのが早いよ! 僕だってずっとそう思ってて、ちゃんと頃合いを見て、僕の方から言おう言おうって思ってたんだ! な、なのに急に先に言われたからちょっと動転して……け、けど断ったのは嫌だって意味じゃないよ!? むしろお願いしたいのは僕っていうか! だ、だからその……お願いしまあああああす!」


 後はただ、この手を伸ばすのみ。

 ひかりが今、どんな顔をしているのかわからない。

 心臓は今までにないくらい速く動いていた。

 人生でここまで緊張したことがあっただろうか。いやない!

 メイさんとナナミはきっと笑いをこらえてるんじゃないだろうか。つーか今ちょっと笑い事聞こえたぞ!

 なんかもうドキドキしすぎて頭の中が真っ白になっていて。

 そして、しばらく待った後――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る