第65話 《リンク・パートナー》
さく、さく、と砂を踏みしめる音、静かな波音が聞こえてくる。
隣を歩くひかりは、目を閉じてそれらの音にじっくり耳を傾けており、頭上の狐耳も嬉しそうにぴょこぴょこ動いていた。
「ん~……ユウキくん、風がとっても気持ちいいですねっ」
「だね。なんかもうLROの風も自然のものにしか感じないよ」
「あっ、そ、そういえばここってゲームの中なんですよね! わ、わたし今日はずっと忘れてましたっ」
「あはは。でも、たぶんひかりみたいな状態になるのを運営さんたちは望んでるんだと思うよ。僕だってたまに忘れるしね」
「そ、そうなんでしょうか」
風は多少涼しくなって、遊び疲れて火照った身体に心地良い。潮の匂いだってリアルのそれと何も変わらない。そりゃあ忘れるのも当然かなって気はした。
「……あっ! ユウキくん見てくださいっ!」
「うん? おお……」
そうして砂浜を歩いていると、少し先に小さな岬が見えてきて、大きな花のアーチと銀色の鐘、そしてそこに続く赤い絨毯、さらには左右にいくつかのベンチが置かれているという、まるで屋外挙式のような設備が整っている場所を発見した。その発見に後ろを歩いていたみんなも声を上げて驚き、僕たちの足は自然とそこへ向かっていた。
《海辺フィールド 祝福の岬》
「へぇ……こんなフィールドにこんなのがあるんだな」
「すごいですね、ユウキくんっ!」
海に突き出した岬の式場。そこからは綺麗なLROの海が一望出来て、はるかな水平線がオレンジの空と海とを綺麗に分けている。
この《海辺フィールド》は水着レンタルの店がある時点で観光地っぽいし、たぶん、こういうところに来るカップルのために作られているものなんだろう。本当に凝った作りのゲームだなぁ。メイさんたちもみんな盛り上がってるよ。
すると、そこで花のアーチに触れながらひかりがそっと口を開いた。
「あの、ユウキくん」
「ん?」
「わたしって……良い相方さん、出来てますか?」
「え?」
突然の質問。
それはみんなの方にも聞こえていたようで、みんなどうしたのかとこちらへ集まってくる。
どういう意味なのかと考える僕に、ひかりは風に揺れる髪を抑えながら続けた。
「わたし……ユウキくんに追いつきたくて、ユウキくんと一緒に戦えるようになりたくて、今まで『ひかり』を育ててきました。けど……やっぱり支援はほとんど出来ませんし、かといって、すごく戦えるわけでもないですし……GVGでも、あんまり役には立てなくて。時々考えるんです。ユウキくんはそのままでいいって言ってくれましたけど、でも、やっぱりちゃんと支援の出来る《クレリック》さんになっていたら、もっとユウキくんをサポート出来たのにって……」
「ひかり……」
「えへへ。弱気はダメですよね? 大丈夫、わかってます! でも、そんなわたしをずっと相方さんにしてくれていて、嬉しくて、だから、ちゃんとお礼を言いたかったんです。ユウキくん、ありがとうございました!」
ひかりは僕の前にぴょんと飛んで、それからぺこっと頭を下げた。そして再び顔をあげたとき、ひかりはとびきり綺麗な笑顔を浮かべてくれる。
メイさんとナナミもこちらを見ていて、メイさんは僕にいつものウィンクをして、ナナミは小さなため息をついた。生徒会のみんなも笑っている。
そんな光景が……僕にはまだ信じられない。
こんなに優しい人たちばかりのギルドに入れてもらえて、G狩りや、今日みたいなGイベントにも参加出来て、GVGではみんなで協力して戦って、レイジさんたちの生徒会ギルドに勝つことが出来てしまった。
それは、あのソロプレイしていた頃からは想像もつかない思い出で。
そして、こんな風に笑ってくれる相方がいる。
思えば全部――あの日、ひかりに出会えたからだ。
ひかりと出会えたから、僕のLROは始まったんだと思う。
「……こっちこそありがとう、ひかり」
お礼を言うのは僕の方だ。
ひかりにも、メイさんにも、ナナミにも。感謝してもしきれない。
みんながいてくれなきゃ、きっと、僕はまだ一人でLROの世界を彷徨っていた。
ひかりは「えへへ」と笑い、メイさんもナナミさんも微笑んでくれている。
いつからか思っていた。
僕も、ひかりに見合うような相方になりたい。
だから、少し前からずっと考えていることがあった。
それを今、伝えてみよう……!
「ひかり、あ、あのさ――」
僕が勇気を出して口を開いたとき、
「ユウキくん。わたし、いつかユウキくんの《リンク・パートナー》にもなりたいです!」
「いつか僕と――え? い、今なんて?」
「え、えっと、ユウキくんの、《リンク・パートナー》になりたいですって……」
「え、え、ええ……っ!」
目を点にする僕。
――まただ!
またひかりに先を越されてしまったぁぁぁ!
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