第64話 仮想世界の夏Ⅴ

《海辺フィールド 夜》


 そんな楽しい休日もあっという間に過ぎ去り、そろそろ帰りの時間。

 太陽がゆっくりと水平線に落ちていく中、すっかりオレンジ色に染まった海辺フィールドはとても綺麗で、いつの間にかフィールド名も変化しており、昼間とはまた違った魅力に溢れたマップに変貌している。おそらく、この時間は昼とは違うモンスターが出てきたりもするんだろうけど、それよりも僕は風景の方に意識が向いていた。遠くの島に見える灯台の明かりも風情があってすごく綺麗だ。 


 荷物をしまったところで、ひかりが言う。


「今日は、すっごく楽しかったですね! メイちゃん、誘ってくれてありがとうございましたっ」

「そこまで喜んでもらえたらメイさん企画した甲斐があるよ~♪ でも、ちょっとしたトラブルもあったけれどね?」

「うう……で、でもとっても素敵な思い出になりましたっ! 生徒会のみなさんも、ありがとうございました!」

「いやいや、お礼を言うのはこちらの方だよひかりくん」


 頭を下げるひかりに、レイジさんが笑いながら手を振る。


「僕たち生徒会も誘ってくれて本当にありがとう。すごく良い息抜きになったよ。な、みんな?」

「ふん。トレーニングだけではなく、たまにはこうして身体を動かすのも悪くはない」

「そうねぇ~。私たち生徒会メンバーとこうして対等にお付き合いしてくれる人たちは貴重だから、とっても楽しかったわ~♪ また誘ってねぇ~」

「はい、そうですね。普段は生徒会室にこもっていることも多いですし、こうして海開きのタイミングで外に出られて気持ち良かったです。たまのアウトドアも勉強になりました」


 ひかりの言葉には、みんな笑顔で応えてくれる。

 生徒会メンバーもちゃんと楽しんでくれたみたいで良かった。そしていつの間にかみんなの水着姿にも慣れていたことに気付いて、僕は自分で自分の成長ぶりに驚く。そうか、みんなこうしてオトナになっていくんだな……!

 なんて思っていると、メイさんはニコニコ笑いながらうなずく。


「うんうんっ。みんなとの絆も深まって、慰安旅行は大成功になったね。メイさんも嬉しいです! みんな、参加してくれてありがとね!」

「ま、リアルと違って手ぶらで良いってとこは楽で助かったよな。あとはメイの違反スレスレのセクハラと、あのセクハラモンスターの水着盗難事件さえなきゃまぁ良い旅行だったよ。バーベキューも美味かったし」

「あはは。それはどちらもひかりの可愛さがいけなかったのです! けど、あのモンスターのおかげでひかりのとっても可愛いところが見られてメイさんはおめめが幸せだったよ~♪ さすがに裸のスクショは禁止されてて残念だったけど……ね? ユウキくん?」

「どうして僕に振るんですか! ていうか撮ろうとしたんですか!?」

「ウフフ。脳内保存し・た・く・せ・に。ユウキくんのエッチ?」

「ユ、ユウキくん。あの、や、やっぱり見たんですか……? わたしの……その……」

「み、見てない見てない見てない! 変なこと言ってないで片付けしますよ!」


 慌てる僕を見てみんなが笑いだす。

 ふぅ、な、なんとか誤魔化しに成功した。でも……そりゃあひかりのあんな姿脳内保存するに決まってるじゃないか!

 なんてこともあったけど、このまま帰るのがもったいないくらい楽しい旅行だったの間違いない。

 どうやらそれはひかりも同じだったようで、


「でも……すごく楽しかった分、なんだか帰るのが寂しいですね……」

「……だね。どこかの旅館で一泊、なんて出来たら最高だったかもしれないけど」

「わぁ! ユウキくん良い案ですねっ! みんなでお泊まりも楽しそうですっ!」

「そ、そう? ただの思いつきだったんだけど」

「お泊まりなぁ。まーどっかに温泉旅館でもありゃ、あたしも泊まってみたいもんだけどな」

「はは、さすがのLROにもそういう旅館システムはないよね。まぁワープアイテムで一瞬で街に帰れるから当たり前か」


 手を組んで妄想するひかりと、自分の肩を揉みながらつぶやいたナナミ。

 確かに一日海で遊んだ後は、近くの旅館でのんびり、なんて出来たら最高だけどな。いくらLROでもそこまでは出来ないか――と思ってたらメイさんが言った。


「あ、旅館はあるよ」


「あるの!?」


「うん。もちろんNPC運営だけどね。レイジくんたちも知ってるでしょ?」

「ああ。近くに一軒あるみたいだね」

「そうそうそこだよ~。実はさ、メイさんも今日は途中からお泊まりしたくなっちゃって、みんなを驚かそうかなーって、さっき、その旅館に予約しようとしたんだけどね…………もう、カップルさんたちの予約で部屋がいっぱいだったんだ……」


『ええっ!』


 それには全員が驚いてしまった。

 な、なんてことだ。まさかLROすらも既にそこまでカップルに浸食されていたとは!

 するとメイさんは自分の身体を抱きしめ、いつものわざとらしい話し方でくねくねしながら楓さんのそばに寄る。


「まだ初夏だというのに、リアルでもネトゲでもカップルたちの行動力はおそろしいよっ! 若い男女が二人、海辺の旅館でいったいどんなしっぽりナイトを過ごすつもりなのかしら……まったくいやらしいですわね~、楓さん♪」

「いやらしいですわね~、メイさん♪ それにしても、本当に今時の子たちは進んでいるのねぇ~。どんなしっぽりナイトか想像するだけで、私もなんだか火照ってきちゃうかも~♪ ね~るぅちゃん~?」

「そこで私に振るのはやめてください! か、会長いいんですか! 風紀の乱れですよ!」

「う、うーん。風紀的にはあまり好ましくはないかもしれないが……先生方やGMさんたちから問題報告があるわけでもないし、今は見守ろう。何よりこんなにも暑い夏に、僕たちくらいの高校生に恋をするなという方が酷じゃないか」

『おお~』


 レイジさんの爽やか発言に僕たちの感嘆の声が届く。レイジさんはちょっと恥ずかしそうにはにかんでたけど、そういうことがサラッと言えておかしくないという人なのがすごいよ。


「そういうことに対しても話がわかるんだね~レイジくんは。メイさんちょっと見直しちゃったよ♪」

「そ、そうかい? それはありがとう。メイビィくんに認められるのは嬉しいよ。なにせユウキくんたちを見出した人だからね。それに一度、じっくり話をしてみたいと思っていたんだ」

「メイさんと? わ~ナチュラルなお誘い頂いちゃったよ~! 生徒会長さんは女の子の扱いも上手いんだねぇ♪ けどメイさん、簡単な女じゃないよ~?」

「え? い、いやそんなつもりはないんだ! ただ純粋に話してみたいと思っただけで!」

「ふん……くだらん話だ……。男なら夏は修行。暑さも糧とし己の鍛錬に費やすべし!」

「こいつ、夏はより暑苦しいな……。つーか海辺でふんどし姿で言われてもな……」

「ぐっ…………なかなかの破壊力だな、商人の少女よ……」

「なんで偉そうなんだ……」

「あのぉ……メイちゃんと楓さんが言っていた、“しっぽり”ってどういう意味なんですか? 夜に何をするんですか?」

「うふふ、ひかりちゃん気になるぅ?」

「は、はいっ。勉強不足でごめんません。教えてください楓さんっ!」

「ひかりちゃんは真面目な子なのねぇ~。それはねぇ、仲の良い男の子と女の子がぁ~……」

「わー! い、言わなくていいですよ楓さん! ひかりもそういうこと訊いちゃダメ!」

「そうですよ楓さん! そんなに楽しそうな顔して純粋なひかりさんに余計なこと吹き込まないでください!」


 メイさんがレイジさんをからかい、ナナミがビードルさんにダメージを与え、ひかりが楓さんにしっぽりの意味を尋ねたところを僕とるぅ子さんが二人同時にそれを止める。

 そんなドタバタ劇がしばらく続く中で、僕はいつの間にかだいぶ生徒会の人たちとも打ち解けられていたのかな、と、またちょっと嬉しくなった。

 


 カップルたちの充実ぶりを恐れていたところでやがて諸々の片付けも終わり、後は水着から普段の装備に着替え、ワープアイテムを使って帰るだけ、という状況に落ち着く。

 そこでメイさんがある提案をした。


「あ、そうだ。ねぇねぇみんな。ほら、せっかく夕暮れになってロマンティックなフィールドなんだしさ、少しみんなで歩いてみないかい? もうちょっと水着のままでさ」

「あっ、それいいですねメイちゃんっ」


 ひかりが真っ先に手を合わせて賛同し、生徒会のみんなもすぐに了承してくれた。ひかりが喜んでいるし、僕もそれには賛成だ。


「ええー……あたし疲れたんだけどな……」

「まぁまぁナナミ。ほら、旅行の帰りがワープアイテムで一瞬だなんて、ちょっと味気ないじゃない? それに、夜だけのレアアイテムとか拾えるかもしれないよっ?」

「はぁ……わーったわーった。付き合えばいいんだろ付き合えば」

「付き合うと言わずにメイさんと結婚しちゃう?」

「そういう意味じゃねーよバカってわざわざツッコませんな!!」

「照れちゃって♪ ほら行こうよナナミ。腕を組んで夕暮れの砂浜デートだよ♪」

「何が悲しくてお前とデート――ああもうツッコミ疲れたわ……」


 怒鳴られても嬉しそうなメイさんがナナミの手を取って歩き出し、生徒会のみんなも歩き始めたところで、僕とひかりも笑いながら夜の砂浜を歩き始めることにした。

 まだ太陽も残っているし、今日の夏はもう少しだけ続きそうだ。

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