第9話 世界で一番幸運なあなた
わけがわからず混乱する僕をスケッチブックの横からチラッとのぞき見したMOMO*さんは、またスケッチブックの新しいページに何かを書いて僕に見せた。
『ともかく、ユウキさんのエラーはキチンとこちらで責任を持って修正するのです。
ただ、システム上オンラインメンテナンスでなんとかしなくてはならないので、リアルでの解析調査にどうしてもお時間が必要になってしまうのですが……それでもよろしい、でしょうか?』
ぱちぱちと何度かまばたきをする僕。
事情を飲み込むのに少し時間がかかったけど、修正してもらえるなら願ったり叶ったりである。ここで拒否する理由なんてない。
「は、はい。それはもちろんです……けど……」
するとMOMO*さんは「はぁ~」と安堵したような息を吐いて、それから小さく微笑んでくれる。その天使みたいな格好の笑顔はちょっと反則で、かなりドキッとしてしまった。
そんな僕に、MOMO*さんが取引要請をしてきた。
「え? MOMO*さん?」
そのウィンドウを確認すると、そこには何かのアクセサリー装備があった。
MOMO*さんはこくんと一度うなずいて、僕はよくわからないままにその取引を承諾。
すると僕の手元に現れたのは、真っ白な指輪だった。《リンク・リング》とはまた違う色とデザインをしている。
視界に表示されているアイテム名は、【守護天使の指輪(L+)】となっていた。
「守護天使の指輪……えるぷらす? えっと、MOMO*さん? これは……」
僕がそう尋ねてMOMO*さんの方を見ると、MOMO*さんは突然びくっと身を震わせて、あせあせと何かを怖がっているみたいに挙動不審になった。
「も、MOMO*さん?」
MOMO*さんはババババッ、と慌ててスケッチブックに字を書いて、
『ごめんなさいもう時間がないのです! お詫びと言ってはなんなのですが、ユウキさんのエラーが修正出来るまでそれを自由に使ってくださいなのです! あっ、でもなるべくそのアイテムのことは他の生徒さんたちにはご内密でお願いしたいのです!
バレたら怒れちゃうのです! 私が~!!』
「え、え、え?」
『それはきっとユウキさんの力になってくれるはずなのです! 詳しい説明をする時間はないのですが、その指輪を装備した状態でステータスをチェックしてみてください! この世界ならきっとユウキさんにとびきりの幸運がおと――』
そこまでの文字を追ったところで、MOMO*さんはスケッチブックと一緒にキラキラ光る粒子と変わって消えてしまった。
「ちょ、MOMO*さん!」
手を伸ばしたまま固まっていた僕だけど、もう、目の前には大きな木が一本どしんと構えているだけで、MOMO*さんの姿はない。強制的に転送されたのかもしれない。
「急な用事、とか……?」
MOMO*さんはGMらしいし、LROは今日が大切な稼働初日だ。たぶん、いろいろとやることがあるんだろう。
「それよりも……これ……」
MOMO*さんが渡してくれた、この指輪。
光沢のある白っぽい指輪には、芸術品のように綺麗な天使の羽らしきレリーフが施され、見ているだけで心を奪われるようだ。
名前も見た目も、明らかに普通のアイテムじゃないという雰囲気をひしひしと感じる。
「確か……装備した状態でステータスをチェックしろって言ってたな……」
そのことを思い出して、インベントリから指輪を選び、まずはどんなアイテムなのか調べてみる。
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《守護天使の指輪(L+)》
種別:特殊アクセサリー 重量:0 属性:無
装備補正値:なし 装備制限:なし
備考:天使が守護相手に譲り渡す天界の至宝。
身に着けた者は、天使による幸運の加護を授かることが出来るという。
倉庫不可。取引不可。売買不可。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「幸運の……加護……?」
装備欄からチェックしただけでは、どんな効果があるのかいまいちわからない。
なので、そのままインベントリから指輪をダブルタップ。
すると自動的に僕の左手――小指に装備された。
軽く右手で触れてみると、金属の感触はあるものの、不思議と重さはほとんど感じない。設定された重量がリアルに反映されてるのかな?
ともかく指輪を装備した僕は、今度はステータスウィンドウを確認。
「ぶぇっ」
変な声が出た。
「な……なんだこれッ!?」
STR:1
VIT:1
AGI:1
INT:1
DEX:1
LUK:999
「いや……いやいやいやいやいやっ!? ありえなくないですかっ!?」
あまりの事態に独り言が加速する僕。でもそりゃそうなるだろ!
装備を外そうとしてみると、ステータスウィンドウの通常のアクセサリー欄には指輪が存在せず、特殊アクセサリーとして欄外に表示されている。
どうみても特別な装備だ。しかも外すことが出来ない。
「ちょ! 固定装備とか呪いかよ!?」
おそらく間違いない。この指輪はLUK値を上昇させる効果があるんだ。
でもいくらなんでも999って!!
「こ、これ上限値じゃないか!? えええええっ!? お詫びってこういうこと!? そりゃLUKが勝手に上がってくのはイヤだったけど! だからっていきなりLUKをMAXにされても!? って、この指輪の名前のエルプラスってそういうことかっ!? これって本来はGM専用の調査用装備だろ完全に!」
他のMMOでもよくあることだけど、GMには一般プレイヤーには手に入らない専用装備みたいなものがあって、それを使ってゲーム内の調査をしたり、トラブルを解決したり、はたまたイベントにGMも参加してきたり、そもそも遊び心だったりするんだけど、おそらくこの指輪もその類だ。
しかし、それを一般プレイヤーに渡すなんてことは、本来であれば絶対にあってはならないことのはずだ。
つまりこれは、そのくらいの非常時ということなのかもしれない。
「えええええっ……」
もう驚き疲れて声が出なくなってきた。
どれだけ信じられなくても。
どれだけ驚こうとも。
どれだけ目を見張ってみても。
このバーチャルな現実は、何も変わったりしない。
「LUK…………999………………」
どう考えてもありえない、正直バカみたいな数値だ。
通常の成長であれば、一体どれくらいのレベルまでLUKを振り続けたらこの値になるんだろう。まったく想像もつかない。というかLROのレベルがどこまで上がるのかも不明だ。
でも……でもLUKだぞ?
そうだ。待て。
落ち着け僕。問題はそこなんだ。
「LUKが999になったからって……一体、何が出来るんだ……?」
その場に正座をして頭を悩ませる。
今日始まったばかりのLROにおいて、情報はまったくといっていいほどない。
運営も先生たちも、僕たちの自由を尊重するため、基本的にゲーム内のヒントはあまり与えてはくれないと言っていた。だから僕たちは、何もかもを自分たちのみで開拓していかなきゃいけない。
それこそMMORPGの醍醐味ではあるけど……でも、他のステータスの情報すらない中で、LUKはいったいどれだけの力を持つのか、それが僕にはわからない。けれど、GMが意味のないものをくれるとも思えない。きっとこれは、“今の僕”にとって必要になる物のはずだ。
「でも……こ、これからどうすればいいんだろ」
次から次へといろんなことが起こりすぎてまだ頭がついていけてない。
――よ、よし。とにかく一度話をまとめてみよう!
待望のLROにログインして、クエストに挑戦して、戦闘に挑戦して。
そこでひかりと出会って、とても楽しい時間を過ごした。
で。
突然のバグに遭遇してしまった僕は、一般生徒にまぎれこんでいたGMの女性にLUK上昇のチート装備を貰い、その日のうちにLRO内で一番のLUK値を持つ男という、オープン初日から不幸なのか幸運なのかよくわからない状態になってしまったわけだ。
「ふんふん……なるほどな。うん、落ち着いて考えればたいしたことないな」
母がやっていたヨガの呼吸法のモノマネで落ち着きを図る。
すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……。
…………ふぅ。すっかり落ち着いたな。
「さて、それじゃ帰ってメシでも…………って落ち着けるかあああああああああああああああい!」
僕の叫びに遠くのプレイヤーたちや《ミャウ》たちがびくっと驚いてこちらに振り向く。
夜の草原フィールドで思いきり放たれた僕のノリツッコミは、遠く山の方へ向かってデータの世界にどこまでも響いていった――。
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