第8話 天使降臨

 何度見ても、LUKにステータスポイントが16も勝手に振られている。

 その16ポイントは、僕が今のレベル7になるまでに稼いだはずのすべてのポイント。残りのポイントは0だ。

 だけど僕は、断じてLUKになんてポイントを振ってない!


 だって……だってステ振りはMMORPGで一番大事とも言える要素だぞ!


 しかもこのLROは今日始まったばかりのゲームだ! 

 この職業になりたいならこうとか、このプレイスタイルにしたいならこうとか、そんな王道テンプレなステ振りなんて確立されてない! 

 それを教えてくれる先人たちの残した情報サイトがあるわけでもない! 

 僕みたいなMMORPG経験者が、そんな状況でいきなりポイントを極振りなんてするわけない!

 しかも! よりによって一番役に立たなさそうなLUKになんて!


「なんで、なんで、なんで!」


 ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない!


 頭がパニックになってしまって、僕はしばらく荒い呼吸でその場に座り込んでいるしかなかった。でも、何度確認したってステータスウィンドウに変化はない。


「何かの間違いじゃ……あっ、そ、そうだっ、試してみればいいんだ!」


 そこで僕はようやくそのことに気づき、立ち上がる。

 ステータスウィンドウの経験値バーを見て、もうすぐレベルが上がることを確認。

 ウィンドウを開いたまま、僕は視界に入った《ミャウ》と《コロ》を何体も狩り続ける。もうそのときには空いていたお腹のことなんて忘れてしまっていた。


 そしておよそ十分後、軽快なレベルアップ音が鳴る。


「よし!」


 僕はその音が聞こえる中でステータスウィンドウに視線をやる。

 すると――



「……う、うそ、だろ?」



 先ほどは16だったLUKが、今は18になっている。

 僕は何もしてない。

 そもそも今、今まさにレベルが上がったところなんだ。ステ振りをする余裕なんてまったくなかった! 

 なのに、勝手にステータスポイントがLUKに振られている! 

 見渡して見たって、周りには僕みたいに様子のおかしい人はいない。


 完全に――バグだ! 


 僕はしばらく呆然として……それから湧いたのは、怒りだった。


「なんだよ……なんだよこれ……。せっかく、せっかく楽しんでたのに……今日からこの世界で生きていくんだってワクワクしてたのに! 全部台無しじゃないかっ!!」


 これがただのゲームなら別にいいよ!

 失敗したらキャラをデリートして作り直せばいいんだ!

 ステの振り直しが可能なゲームならそうする。課金アイテムだって使ってもいい!

 でもLROは違うんだ!

 テストプレイが始まったばかりのゲームで、そもそもこのゲームは学園生活をするための空間で、キャラクターの作り直しなんて出来ない! 

 ステータスもスキルも振り直すことなんて出来ない! 

 もし出来たとしてもそんな方法わからない! 

 パンフレットにはそんなの何も書いてない! 

 LROにはまだGMコールだってない!


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」


 どうすればいいのかもわからなくて、ただ闇雲にリンクメニューをいじって、なんとかする方法はないかと探って、視界いっぱいをウィンドウが埋め尽くして、それをまとめて消して。

 やがて、僕の中の怒りは収まっていき……


「なんで……なんで、こう、なるんだよ……」


 怒りが変化したのは、絶望。

 さっきまではあんなに華やかだったゲームの世界が、今はモノクロに見える。

 僕は今、きっとひどい顔をしてるんだろう。

 もしこのバグがどうにもならなかったら、僕はこれから、レベルが上がるたびに勝手にLUKが増えていき、LUK極振りのネタキャラになってしまう。

 他のMMORPGなら――何年も運営されてLUKの影響がすべてわかっているゲームなら、その情報がネットですぐにわかるなら、まだLUKを利用した未来が想像出来たかもしれない。

 けどLROは……


「……僕は、これから、どうしたら……」


 やがて日も完全に落ち、夜がやってくる。

 冷えてきたフィールドでじっと草むらを見つめているしかなかった僕の前で、がさ、と草むらを誰かが踏みしめる音が聞こえた。


「……え?」


 顔を上げる。

 そこにいたのは――月明かりに照らされる一人の女の子だった。


『どうかしたのですか?』


 その女の子はなぜか口頭で喋ることなく、その手に持ったスケッチブックのようなものに可愛らしい字を書いて僕に見せてくれた。

 視界の中で女の子の上部に示された名前は――《MOMO*》

 格好は……他の生徒たちと同じで、初心者用の軽装だ。けどひかりよりも幼い顔立ちをしているし、背も低いから、とても同い年には見えない。

 あまりにも僕が情けない姿をしていたからだろう。その子はとても心配そうに僕を見下ろしていて、僕は慌てて口を開いた。


「あ、え、えっと、あの、いや、な、なんでもなくて」


 なんでもないはずはないのに、そんなことを言って。

 するとMOMO*さんはまた手元のスケッチブックに何かを書き、


『ひょっとすると、何かトラブルでもあったのではないですか? よかったらお話してもらえないですか?』


 そのスケッチブックを僕に見せておきながら、ささっとスケッチブックに顔を隠してしまうMOMO*さん。


『す、すみませんです。当方、人見知りなもので……』


 その文字と仕草が可愛らしくて、ポカンとしてしまった僕。

 そして僕は、MOMO*さんに事情を話してみることにした。



「――というわけなんです……」


 僕の話をMOMO*さんは最後まで静かに聞いてくれて、うんうんとうなずいてからまたスケッチブックに何かを書いた。


『ご事情は把握しましたのです。それでその、す、すみませんが、ご迷惑でなければ《リンク・リング》を見せてもらえないですか?』

「え? あ、はい……?」


 おそるおそる、といった感じでそう尋ねてきたものだから、なんだか僕の方が申し訳なくなりつつ、右の小指につけていた指輪をそっと差し出す。

 するとMOMO*さんも指輪を差し出してきて、僕たちの指輪がぴたりとくっつく。

 瞬間、僕の視界にMOMO*さんのステータス画面の一部が表示された。詳しいステータスとかはわからないけど、そこにはフレンド登録のボタンなども用意されている。なるほど、実際はこんな感じなのか。

 とかそんなことを考えていたら、やがてMOMO*さんはそっと僕から指輪を離してからスケッチブックに言葉を書いていく。


『ありがとうございました。確認したところ、どうも内部でエラーが発生しているようで、それがLUK上昇を固定する形のバグとなって表れたようなのです』

「え? そ、そうなんですか?」

『すべてこちらのミスなのです。せっかく楽しんでくれていたのに……本当にごめんなさい。申し訳ありませんなのです』


 深々と頭を下げるMOMO*さん。いきなりことに僕はまたわたわたする。


「え、いやっ、な、なんでMOMO*さんが謝るんですか! 別にMOMO*さんは何も悪くないですよ!」


 誰かに見られていないものかと、暗くなってきた周囲を見渡す僕。

 でも人はだいぶ減っていたし、正門の方からかなり離れた場所だったため、僕が女の子に頭を下げさせる場面なんて目撃されていなかったようで助かった……。


「……あれ? え、あの、MOMO*さん? でも、内部エラーなんてどうしてそんなことがわかったんですか?」


 よくよく考えるとおかしい。普通の生徒にそんなことがわかるものなのか?

 するとMOMO*さんはなんだか照れたようにキョロキョロと辺りに視線を移して、それから上目遣いに僕を見ると――


「――えっ?」


 いきなり僕の服の裾を優しく掴み、くい、と軽く引っ張ってから手を離して、そのまま近くの木の方へ駆け寄っていってしまった。


「? こっちに来てほしいって意味かな……?」


 彼女の後を追って僕も小走りに木の方へ向かう。

 MOMO*さんは木を背にする形で立っていて、周りに他に人がいないことを確認していた。どうも自分の姿を見られたくないらしい。


『突然ごめんなさい。二人きりになりたかったのです』


 スケッチブックに顔を隠しながら僕を見上げるMOMO*さん。決して目を合わせてくれないその顔がほんのり赤くなっているのがわかって、「え」と僕の声がもれる。


 ――ふ、ふふふたりきりっ?

 ――え、そ、それってどういう意味だ!? まさか青春ラブコメ展開……!?


 あまりにも突然のことに僕の鼓動が早まる。

 そして妄想が加速していった。


 ――も、もしかして急接近しちゃうの? 

 ――ひかりに「好き」なんてお世辞を言ってもらえた上に、今度はこの女の子から告白を!? 初日にしてゲーム内の相方が!?

 

 なんて僕がたくましい妄想を膨らませていると――


「――うわっ!?」


 MOMO*さんの身体が急に白い光に包まれて、眩しさにその姿が見えなくなる。


「な、なになになに!? MOMO*さん!? 大丈夫ですかっ!?」


 慌てて名前を呼ぶ僕。

 やがてその光エフェクトは収まっていき、その中から姿を見せたのは――


「……え?」


 もちろん、それはMOMO*さんだった。

 けれどまったく違う。

 先ほどは僕たちと同じ初心者用の軽装をしていたけど、今は真っ白なワンピースのような服を着ていて、背中には綺麗な純白の翼が生えている。

 神々しく煌びやかなその姿は、まるで天使みたいだと思った。

 でも、そんな格好になってもMOMO*さんは変わらずスケッチブックを開き、


『こ、この格好は、やっぱりなんだか恥ずかしくて苦手なのです……。でも、わたしの身分を証明するには一番わかりやすいので……』

「え……身分……?」


 するとMOMO*さんは、ちょっぴりもじもじとしながら自分の上部を人差し指で示し、僕の視線はそこへ誘導される。


「……えっ!?」


 そこには先ほどまで普通にMOMO*さんの名前が表示されていたけど、今は違った。


 [GM] MOMO*


 名前の前に、ゲームマスターであることを示す表示が増えている。


 っていうかGM!?


「え、えええっ!? MOMO*さんってゲームマスターだったんですか!?」

『はい……。実は、一般の生徒になりきって、皆さんと同じ目線でLRO内を調査していたのです。そこでお困りだったユウキさんを見つけて……ひ、ひみつにしてくださいね?』


 そんなことが書かれたスケッチブックを差し出しながらまた顔を隠してしまうMOMO*さん。

 天使のような姿をした恥ずかしがり屋のその人は、なんとこのLROの運営者であるゲームマスターらしかった。

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