第7話 バグ発生

 それからおよそ一時間。

 ひかりもすっかり戦闘に慣れ、僕は彼女と臨時のパーティを組んで初心者用フィールドを巡り、いろんなモンスターを倒したり、単純に美しいフィールドを観光したりした。

 初めて誰かと歩くLROの世界は、今まで以上に輝いていたと思う。


 そして、元の草原フィールドに戻ってきたところでお別れの時間となった。


「ユウキくんっ、今日は本当にありがとうございました! おかげでいろいろなことがわかって、とっても楽しかったです! レベルもいっぱい上がりました!」

「あはは。これくらいは別になんてことないよ」

「本当に本当に、すっごくすっごく助かりました。ありがとうございます!」


 ひかりはギュッと僕の手を取って、曇りのない眩しい笑顔を見せてくれる。

 でも僕は、照れ隠しに視線を逸らしてしまう。

 ひかりは僕の手を握ったままで言った。


「わたし決めました! 将来は、ユウキくんと一緒に戦えるくらい強くなります!」

「え?」

「今日は足手まといになっちゃいましたし……だからユウキくんっ。そのときは、またわたしと一緒に遊んでもらえますかっ?」

「ひかり……」


 ひかりの目は、真剣だ。

 一緒に遊ぶなんていう、ただそれだけの約束をするのに、ひかりはとても真面目に僕と向き合ってくれている。それがわかった。


 ――きっと、本当に良い子なんだろうな。


 今日初めて会って、少しだけ一緒に遊んだだけだけど。

 でも、それがよくわかった。

 ひかりは何に対しても真っ直ぐで、素直にぶつかれるタイプの子なんだろう。


 そんな子を相手に、断れるわけもない。

 ていうか、僕もまた遊びたいしね。


「うん、わかった。いいよ。こっちこそ、また遊んでください」

「本当ですかっ? すごく嬉しいです! 約束ですよっ!」


 無邪気に笑うひかりに、僕はうなずく。

 それから二人で指切りをして、まるで小さな子どもに戻ったような気さえした。

 ひかりは言った。


「最初にユウキくんの顔を見たときに思いましたけど……ユウキくんは、とっても優しい顔をしてます。そして、やっぱり思ったとおりにすごく優しかったです。わたし、ユウキくんのことが好きですっ!」

「え?」

「LROは、顔や姿は現実と変わらないんですよね? だから、助けてもらったあの時に、優しそうな人だなぁって思って……それで、声をかけてみようかなって、勇気が出たんです。えへへ……思いきって声を掛けてみてよかったです♪」

「……そっか。こっちこそ、声を掛けてくれてありがとね。楽しかったよ」

「はいっ! 絶対絶対、また一緒に遊びましょうね!」


 ひかりがまた僕の手を取って握手をする。


「……うん」


 僕はうなずき、軽く手を握り返して。

 そして別れた。



「――ユウキくん! 本当に! ありがとうございました~!」



 草原フィールドでぶんぶんと手を振って、ひかりは王都の方へ駆けていく。彼女が走るたび、その長い金髪がキラキラと眩しく揺れていた。

 なんというか、思い立ったら吉日、みたいな子なのかもしれない。

 でも、話していてすごく気持ちの良い子なのは間違いなくて。一緒に遊んでいるだけで、僕の方まで元気をもらえて笑顔になれてしまうような、そんな子だった。

 しかも、初めて女の子に「好き」だなんて言われてしまった。

 まぁ、さっきの「好き」には特別な意味なんてないのはわかるんだけど……それでも、あんなに可愛い子に言われると悪い気はしないよ。ていうか一生の思い出レベルかもしれないぞ!


「……あ。フレンド登録のことも教えておけばよかった!」


 別れてから右手の《リンク・リング》に気づき、そんなことに気づいてしまう間抜けな僕。確かパンフレット情報によれば、この指輪を相手と重ねればフレンド登録も出来たはずだ。


 けど……まぁいいか。


 ひかりは約束だと言った。

 なら、ひかりは僕とまた会ってくれる気があるということだろうし、同じ学校に通う生徒同士なんだ。また会える日は来るだろう。

 なんなら、ひかりという名前に耳打ちwisをすればいいんだしね。『whisper』――離れていても出来る遠距離チャットはやっぱり便利だ。リアルだと携帯みたいなものなんだろうな、と、リアルを離れてスマホとお別れした今だから思う。


 また一緒に遊べたらいいな。

 相手は女の子だけど、でも、僕は素直にそう思えた。


 

 そうして、ひかりのおかげでネトゲプレイヤーとしての初心を取り戻した僕は、より新鮮な気持ちでLROに没入出来た。

 時間も忘れて走り回っていて、気づけば太陽は落ちかけており、夕陽がフィールドを茜色に染めていたことを知る。


「あ……もうこんな時間なのか」


 あまりにも夢中になって遊びすぎてしまったみたいだ。

 僕は草原に腰を下ろし、宙にマルを描いて『リンク・メニュー』から画面の調整を開くと、現在時刻を視界右上に常時表示出来る設定へ変更する。

 現在時刻は18:15。

 春の日の入り時間っぽいから、たぶん現実とリンクしているんだろうと思う。昼と夜でフィールドやダンジョンのモンスターが変化したりもするらしい。


「はぁ~……ただ雑魚MOB叩いては走り回って、時々クエストを確認していって。今日はそれしかしてないのに、こんな楽しいんだな……」


 そのまま寝っ転がって空を見上げる。

 流れる雲。徐々に暗くなっていく空。月だって確認することが出来る。


「……まぁ、ひかりに会えたのも大きいかもしれないよな」


 目を閉じれば、ひかりの笑顔は今もすぐに思い出すことが出来る。

 視線を下げれば、あのぽよんとした大きな胸の膨らみも……って何思い出してんだ僕は!! で、でもやっぱりあれはすごかったから……。


 なんて悲しい男の性に振り回されつつ、再び目を閉じて意識を世界の中へ。

 風が運ぶ草木の匂いが心地良く、もしかすると目を開けたら現実の世界に戻っているんじゃないかって思って、少しこわごわとまぶたを開けて、周りを見る。

 そこでは僕と同じように夢中になって狩りをする生徒たちがまだまだ多くいた。

 みんな、もちろん現実とはちょっと違う冒険者ルックな格好だし、そもそもモンスターがいるし、やはりここは現実ではなくゲームの中なのだと知る。


「これから三年間、ここで生きていくんだよなぁ……」


 この世界はあくまでも仮想現実の世界だけど、でも、寝ても覚めても僕はここにいる。

 それは現実と変わらない。

 今日から、僕のリアルはこの世界になったんだ。


 ――くぅ~。


 そこで僕のお腹から聞こえた音に、僕はつい笑い出す。そんなところまでリアルだなんて、本当に何でもありの世界だ。


「そういや、この世界ではまだちゃんとしたごはんは食べてないもんな。かなり動き回ってたしお腹空いたなぁ」


 基本的な回復材として道具屋で購入出来るポーションやミルクは、クイッと傾けて口に入れた素振りをしただけで中身は全部なくなって、HPが回復する。

 でも、さすがにそれが喉を通ってお腹に溜まる感覚はない。まぁ、回復材なんて大量に使用する消耗品がそこまでリアルだったら困るところなんだけど。


 ちょっとパンフレットで調べてみると、ちゃんと食べられる物は『飲食物』カテゴリのアイテムだけらしくて、それは口に含んだり飲み込んだり、胃の中に溜まる感覚もキチンとあるらしい。さすがリアルで出来るすべてのことが可能とうたうフルダイブ型の最新VRMMO! 

 食べたところで現実の僕の身体はたぶんどうもなってないんだろうけど、健康管理は管理・運営の人が見てくれているから安心だ。

 なにせリアルでは、僕たちは運営会社の施設でめちゃくちゃ大きな酸素カプセルみたいなダイブマシンに入っていて、そこには医者が何十人も常駐しているらしいし、いずれログアウトしたときのためにEMSなどの電気刺激で筋肉なども鍛えられているとか聞いた。

 それはこっちの世界での動きにもちゃんと連動していて、たとえばモンスター退治や筋トレなんかの影響でちゃんとリアルの筋肉を鍛えることが出来るらしい。そしてそれがまたこちらに反映されるんだ。逆に言えば、無理をしすぎたらこっちでもちゃんと体調は崩れるということだけど。


 そういえば……食べ過ぎて太るとか、そういうところまでリアルになってるのかな? ちょっと気になる。

 あとトイレは、一体リアルでどんなことに――いや、今は考えないことにしておこう。リアルに戻ったとき気まずいぞ。


「そ、それより街に戻って何か食べよっと」


 お腹が減っていることに気づいたらますますお腹が減ってきた。

 僕が住むことになっている寮には食堂もあるし、街中にはNPCが経営する飲食店も多く存在するらしい。とりあえずどこかに行ってみようか。

 僕は立ち上がろうとして、そこであることに気づく。


「――あっ、そういえばどれくらいステポイント溜まったかな?」


 そのことを思い出して、『リンク・メニュー』からステータス画面を呼び出す。

 ステータスポイントはレベルアップしたときに得られるポイントで、STRやVITなど、各種ステータスへ自由に割り振ることが出来るポイントだ。

 MMORPGではおなじみだけど、このステ振り次第でどんな個性を持ったキャラになるのかが決まる、MMORPGのキャラクターメイクにおいて、最重要な要素の一つと言えるだろう。

 僕はどちらかといえば慎重なプレイをする方なので、初期はステータスポイントを振らずにどんなタイプのキャラにしようかじっくり考えていた。そのため、あえてステータスをチェックせずにレベル上げを続けていたのだ。

 だって、気付いたらステータスポイントがいっぱい貯まってました、なんて状況を見るのが楽しいからね!


「んー、まだどういうステ振りにするかは決めてないけど、どれくらい溜まってるかだけでも確認して――」


 ワクワクしながらステータスウィンドウを開いた僕は、


「…………え?」


 固まる。


 ――え?


 ――なんだこれ?


 ――え、え、えっ?


 ――うそだよな?


 ――何かの間違いだろ?


 ――う、うそじゃないのっ!? えっ!


 何度も目をこすって、目の前のステータスウィンドウを確認する。

 夢じゃない……。

 僕の目の前に広がっていたステータスウィンドウは――


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 STR:1

 VIT:1

 AGI:1

 INT:1

 DEX:1

 LUK:16


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「なんだよ……これ………………」



 思わず声がもれた。



 ――LUK:16



 何度も見たって変わらない。

 頬をつねてみたって夢じゃない。

 


 何もいじってないのに――勝手に僕のLUKが上がっていた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る