第6話 初めてのMMO


「えーと……ひかりはどうしてひらがなの名前にしたの?」


 このLROでは、名前は公序良俗に反していなければ自由に決めていいことになっている。

 もちろんひらがなや漢字の人もいっぱいいるけど、やはり世界観などに合わせてなのか、カタカナや英字表記の人の方が圧倒的に多いみたいだ。そうそう、さっきの講堂で既に《クラウド》は見つけた! やっぱいるんだな!

 で、僕もリアルになりそうな漢字はとりあえず避けておいたんだけど、何か理由があるのかなって思って、なんとなしに聞いてみた。


 するとひかりは言う。


「あ、ひらがなの《ひかり》は本名なんです。愛着もありますし、変わてしまったら自分の名前を呼ばれてもわからないかもって思って。そのまま使ってしまいました!」

「え?」

「お気に入りの名前なんです♪ あ、苗字はですね――」

「ちょ、待ったストップストップ!」

「は、はいっ?」


 慌ててひかりの話を遮る僕。ひかりはキョトンとした顔で驚いていた。

 僕は周りを気にしながら小声で話す。


「ダ、ダメだよそういうことこんなところで言っちゃ!」

「え? ど、どうしてですか?」

「どうしてって……MMOの中ではリアルの情報とかは厳禁なんだ。そりゃ、仲良くなってリアルでも会ったり出来るくらいになったら別だけど……初対面の人間に本名をバラすとか絶対やっちゃダメだよ! いいねっ!?」

「そ、そうなんですか……?」

「そうなんです!」


 そういったネトゲの常識は何も知らないらしく、ひかりは終始呆然としている。


「《ひかり》が本名なのはわかったけど……でも、そういうことはあまり他の人には言わないほうがいいよ。言わなきゃみんな本名だとは思わないだろうし」

「は、はい……わかりましたっ。えと、これから気をつけます!」

「うん」


 びしっと背筋を伸ばして答えるひかり。その目は真剣だ。

 リアルバレを恐れないというのは、なんというか、ちょっと危なっかしい子なのかもしれない。まぁ、夏休みみたいな長期休暇を除けば、三年間はLROからは出られないから当分は大丈夫だけど、こんなに可愛い子なんだ。もしもストーカーにでも狙われたら、三年後リアルに戻ったときどうなるか心配でならない。

 ――あれ? でも待てよ?

 確かに普通のネトゲならそりゃ本名を教えるのなんてアレだけど、LROはリアルの学校でもあるし……そういう意味ではリアルと一緒なのか? なら本名を明かしても別におかしくないんじゃなかろうか。むしろそっちが当たり前なのでは? いやいやでも名前は自由に付けてよかったわけだし、そう考えると運営や学園側も本名は明かさない方がいいよっていうネトゲスタイルなわけで!


「あ、あのー……何か悩み事ですか?」

「わっ!? あ、ご、ごめんっ! そんなこと考えてる場合じゃなかった! えっと、何か用があって僕を引き止めたんだよね?」


 話を戻す僕。

 するとひかりは「あっ」と気づいて言った。


「はいっ。実はですね……その、ご迷惑になるかもしれないんですが、ユウキくんに尋ねたいことがありまして……」

「うん、何?」


「ど、どうやって戦うんでしょうっ!?」


「……え?」


 明るい声の予想外な質問に困惑する僕。


「えっとえっと、パンフレットを読んでみたんですけど……よくわからなくって。あの、ぽよぽよしている子と……《ミャウ》ちゃん? と、戦ってみたいんですけど」

「え? どうやって戦うって……」

「ご、ごめんなさい。やっぱり変なこと聞いちゃってますか? わたし、こういうゲームって初めてで、何をしていいのかぜんぜんわからなくて、さっきもよくわからないうちにやられそうになっちゃって……。戦うっていっても、どうすればいいのかなぁって」

「あぁ……そういうことか」


 なるほど。やっぱりひかりは完全な初心者なのか。

 LROに応募するような人は、大抵別のゲームでMMORPGというものを理解している人ばっかりだと思ってたけど、ひかりみたいな初心者も応募してたんだなぁ。なんかちょっと意外だ。でも、それならあのリアルバレを恐れなかった発言も納得がいく。


「はい。なので、もしよかったら戦い方を教えてもらえませんか?」

「ああ、うん。いいよ。それくらいなら」

「本当ですかっ? わぁ、ありがとうございますっ!」


 たったそれだけのことで、ひかりはキラキラ眩しい笑顔を見せてくれる。

 僕はそんな笑顔にまたぼーっとしてしまったけど、すぐ気を取り直して、そのままひかりに簡単なレクチャーを施した。

 と言っても、LROでの戦いはリアルで動くのとほとんど何も変わらない。


「視界にとらえて……近づいて……」


 ひかりは自分で確認するようにつぶやきながら、近くをぽよぽよ跳ねている《ミャウ》の元へ近づいていく。その顔はとても真剣だ。


「攻撃可能範囲に入ったら、カーソルが出て……その子を……えいっ!」


 ひかりは慣れないパンチを繰り出し、それは《ミャウ》にぽよんと命中。一撃では倒せず、《ミャウ》は攻撃してきたひかりに気づいて、遅い動きで体当たりをした。


「きゃあ!」


 それに驚いたひかりが腰を抜かして倒れる。大したダメージも体感衝撃もないはずだけど、僕は慌てて駆け寄った。


「だ、大丈夫っ?」

「は、はい。ちょ、ちょっと驚きましたけど、平気です! むむむ……これが戦い、なんですね! 負けませんっ!」


 立ち上がるひかり。《ミャウ》はいまだ臨戦態勢でぽよぽよ跳ねている。


「今度は……わたしの番ですっ!」


 そのままひかりが駆けだして、再びパンチで《ミャウ》を攻撃――しようとしたら足元の草むらに引っかかって転んでしまった。


「きゃっ」

「ひかり!」


《ミャウ》はしめしめとばかりにニヤリと笑い、転んだひかりの頭に乗っかってぽよぽよと何度も飛び跳ねる。そのたびにひかりの周囲に1ダメージが表示され続ける。

 見ていられなかった僕はすぐそばへ近づき、《ミャウ》を軽くポコッと叩いて退治。《ミャウ》は《ぽよぽよゼリー》を一つドロップした。

 ひかりは頭の上に乗っていたそのドロップアイテムを手に取って上半身を起こし、目をパチクリとさせる。


「えっと、ひかり? 大丈夫?」

「あ、はいっ! えへへ、またミスしちゃいました。助けてくれてありがとうございます。えっと、これはなんでしょうか?」

「ああうん、それはドロップアイテムっていって、モンスターを倒すと落としたりするものなんだ。あ、ゼリーって名前はついてるけど、それは飲食物アイテムじゃないから食べられないみたいだけどね」

「そうなんですかぁ……」


 手元の《ぽよぽよゼリー》を不思議そうに眺めるひかり。それはひかりにあげるから、と言ったらひかりはパァッと表情を明るくしてくれた。

 それから彼女はゼリーをカバン――重量限界まで荷物を持てるインベントリにしまってすっくと立ち上がり、両手を握りしめて言った。


「よーし! さっきはドジしちゃいましたけど、ユウキくんのおかげで戦い方はわかりました! 見ててください! 次は一人でいけます!」

「あ、ちょっ! まだ体力も回復しきってないから――」


 そのままフィールドを駆けだしていくひかりは、近くにいた《ミャウ》と再び可愛らしいバトルを繰り広げる。

 そして3発目のパンチで見事に《ミャウ》を倒し、再びドロップした《ぽよぽよゼリー》を手に戻ってきた。しかしHPゲージは瀕死を表す赤い状態だ。


「ユウキくんユウキくん見てましたか!? わたし、出来ました!」

「う、うん、そうだね。今は素手だけど、そのうちいろんな武器やスキルが使えるようになったら、もっと戦闘も楽しくなると思うよ」

「そうなんですかぁ……! あ、さっきはわたしが貰っちゃったので、今度はユウキくんにあげますね。はいっ♪」


 ひかりは両手で《ぽよぽよゼリー》を僕に差し出し、取引ウィンドウが開いた。

 その勢いにちょっと驚いた僕だけど、でもその好意は嬉しくて、僕は承諾ボタンをタップしてひかりからゼリーを受け取る。


「こういうのは勉強と同じで復習が大事ですよね! わたし、もうちょっと頑張りますねっ!」

「え?」

「いってきまぁ~す!」


 言うが早いか走り出すひかり。

 そして手当たり次第に《ミャウ》と戦っていたけど、どうも昆虫はあまり得意じゃないようで、《コロ》からは逃げるように遠巻きにしていた。そのたびに大声を出したり、笑ったり、悲鳴を上げたりしている。

 そして当然、回復もしていないHPゲージが底を尽きて倒れたりもした。けど、近くの正門がセーブ地点になっていたので、すぐに復活してまた戻ってくる。


「……あはははっ! あの子、すっごい楽しそうだなぁ」


 太陽の下で走り回るひかりが、僕にはとても眩しく見えた。

 LROに限っては僕だってひかりと同じ初心者だけど……でも、僕は過去にもMMORPGをプレイしてきたから、LROと共通しているある程度のノウハウを活かしてプレイすることが出来る。


 でもひかりは違う。本当に、初めてのオンラインゲームなんだ。


 思い出す。僕が初めてMMORPGをプレイした日のこと。

 VRでもなくて、ただパソコンのモニターに向かってマウスを動かすだけだったけど、それが本当に楽しかった。

 一人の狩りも、誰かと一緒に狩りをするのも、ただ何もせずチャットで話しているだけでも、フィールドを駆け回っているだけでも、そんなことがとにかく楽しかった。

 何も知らない世界に飛び込むというのは、ただそれだけで心を震わせてくれる。何よりも楽しいことなんだ。

 もちろん、LROだって最高に楽しい。

 だけどきっと、初めてオンラインゲームに触れたあのときの感動を、このLROで今まさに体験出来ているひかりの方が、僕よりもずっとLROを楽しんでいるんじゃないだろうか。

 それは、ちょっと羨ましいな。


「――ユウキくーん! またレベルがあがりましたよ~! やったぁ~~~!」


 笑顔で手を振るひかりを見ていると、心からそう思った。

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