第5話 ひかりとの出逢い

《草原フィールド 王都近郊》


『みゃうみゃう!』

「よっと! ほいっ」


 LROのマスコットらしい最下級モンスター―ウサギのような耳を持つスライム・《ミャウ》の体当たり攻撃を横のステップでかわし、僕を見失ってキョロキョロと辺りを見回す《ミャウ》を素手で軽めに叩く。

 すると柔らかい感触と共に12のダメージが発生し、《ミャウ》はぐにゃんと倒れ、そのまま背景に溶けるようにして消えていった。


「ははっ、なんかちょっと倒すのは可哀想だけど……でもやっぱすげーっ!」


 ここは王都南の草原フィールド。

 見通しのよいそこは初心者御用達といわんばかりのフィールドで、配置されているモンスターも、先ほどの《ミャウ》と小さな昆虫の《コロ》だけ。

 周りでも多くの生徒たちが思い思いに狩りをしており、レベルアップ音が何度も鳴り響いている。戦闘に慣れるにはもってこいのフィールドだろう。かなり広いしMobモンスターの数も多くて、あまり取り合いになってないのも助かる。

 おそらくは、フィールドやダンジョンに人数が増えすぎたら別サーバーの同じ場所に転送されるようには出来てるだろうけどね。


「っと、もう一匹発見!」


 近くをのんきに歩いていた《コロ》に近づき、背後から素手のパンチ。

 木の実を叩いたような感触で5ダメージが入り、僕の存在に気づいた《コロ》がブブブ、と羽を広げて飛びながら体当たりしてくる。


「うわっ」


 かわしきれずに受けたダメージは4。

 先ほどレベル3になっていた僕のHPならまだまだ余裕で、そのままお互いに殴り合い、3発目で倒すことが出来た。

 先ほど《コロ》を3匹倒すクエストを受けていたので、それをクリアしたログと、報酬が入ったログが視界下のチャット欄に流れる。


「すごいな……ちゃんとこの手で叩いた感触もあるし、大したことはないけど、体当たりされた衝撃もあるなんて。本当に、現実と全然変わらないよな……」


 自分の手を見下ろしてグーパーグーパーと感触を確かめる。

 足元に当たる草むら、土を踏みしめる靴の裏、顔に当たる風、草木の匂いまで、すべてにリアルな感覚が存在する。

 僕は改めて現実と遜色ない――いや、現実以上にすごいこのVRMMOという空間に圧倒され、何よりそれが楽しくて楽しくて仕方なかった。

 目の前に広がる大草原。

 どこまでも続く空に浮かぶ雲。

 背後に鎮座する王都の街と、僕たちの学校。

 僕はまだ、この世界のたったそれしか知らない。

 けど、この世界はもっととてつもなく広くて、大きくて、きっと僕の想像も及ばないようなものがたくさんあるんだ。そして僕は、きっとこれからそういうものをたくさん見つけていく。


「すごい……すごいすごいすごいっ!」


 現実ではこんなにテンションが上がることはそうないのに、高鳴る胸の鼓動が止まらない。動け動けと身体に命じてくる。

 僕はその感情に従い、とにかく草原を駆け回った。


「ははははっ! めちゃくちゃ身体が軽いやっ!」


 笑いながら走って。走って走って走って。

 ろくな装備もないのにただ最下級のモンスターを倒し続けて。

 ただそれだけのことが、とにかく無性に楽しかった。

 そんなときだった。


「――きゃっ!」


 妙な声がして、そちらに視線を向ける。

 するとそこで一人の女の子が《ミャウ》に攻撃されて転び、スカートの中が見えそうになってしまっていた。

 思わず視線をそらしてしまったけど、もう一度見ればそのHPゲージは既に危険な領域に突入し、赤くなっている。しかし女の子はどうしていいのかわからないようで、怯えたように慌てていた。


「! 危ないっ!」


 僕は慌てて駆け寄り、《ミャウ》を一発で撃退。

 すると女の子のレベルが上がって、女の子は「え?」と不思議そうに目をパチクリさせた。


「ええと……レ、レベルアップおめでとう。大丈夫? 余計なお世話だった、かな?」


 既に誰かが戦っているmobを叩くのは失礼に当たることもある。ただ今の場合はそうじゃないだろうと願っていた。

 女の子は「い、いえっ」と短く答えてから、


「あの……た、助けてくれてありがとうございますっ!」

「あ、うん、よかった無事で……」


 そこで改めてその子を見つめて、僕は――つい固まってしまった。

 僕を見上げるその小柄な女の子。

 当然、僕たちと同じ初心者姿の軽装だけど……でも、僕とは全然違う。

 太陽の光を受け、キラキラと輝く美しい金髪。それは首の後ろで左右二本に結ばれていてお尻の辺りまで伸びており、彼女が動くたびに可愛らしく揺れて動いた。

 さらに宝石みたいに綺麗な瞳と、長い睫毛。透きとおるような白い肌。何もかも、つい呼吸も忘れて魅入ってしまうほどに綺麗だった。不思議と漂う甘い香りも鼻腔をくすぐる。

 また、童顔気味で身長も低めなのに、そのむ、む、胸は立派に成長されていた!

 美少女たらしめる要素をこれでもかとぶち込んだ――そんな風に思えてしまうほど完璧な、まさにアイドルみたいな女の子だった。

 キャラの上部に浮かぶ名前は――『ひかり』


「…………かわいい……」


 思わずそんな言葉がもれてしまい、僕は慌てて口を閉じた。

 するとその女の子は「え?」、とキョトン顔で首をかしげる。ど、どうやら聞こえてなかったようだセーフ!


 LROのキャラクターメイクというのは、従来のMMORPGとはまったく違い、大きく制限されている。

 というのも、『顔』と『体型』、そして『性別』はリアルに準拠するためだからだ。

 それは三年間の学園生活を円滑に送るための処置らしいけど、僕もそれは正しいと思う。

 なぜって、あまりに現実とかけ離れた容姿にキャラメイクしてしまうと、リアルに戻ったとき、そのギャップに混乱する可能性が大きいからだ。ゲーム内の自分に心酔しきってしまえば、当然リアルで大きな弊害が出る。

 一日二日ならまだしも三年間だ。たとえば身長の低い人が180cmとかに設定して、リアルに戻れば目線の高さの違いやら何やらで混乱してしまうだろう。ネカマやネナベプレイなんていわずもがなだ。身体と心の性別が違う場合だけは、ちゃんと学園側と運営が対応してくれるらしい。そのあたりのフォローも僕は好きだ。

 それに僕たちはまだまだ身体の成長途中だし、その成長はちゃんとLROの中にも反映されるのだ。

 LROのこの仕様がネットで発表解禁されたとき、一部のユーザーにはかなり叩かれた。ゲームの中でくらい別人になって好き勝手やりたい、という人が多かったからだと思う。

 けど、運営はこの仕様を変更はしなかった。


 その理由は、この『LRO』というゲームが現実逃避のためにあるわけではなく、“リアルを肯定し、リアルを充実させるために存在するゲーム”であるためだ。

 

 僕は、その今までのMMORPGとは一線を画したゲームデザインにこそ魅力を持った。だからこの学園に進学することを決めた。

 

 それに、逆に言えばそれ以外の設定は自由に出来る。

 本物の学校に通っているのに名前だって本名ではなく好き勝手にしていいし、髪型や長さだって自由だし、色もファンタジーゲームらしく赤とか青とか金とかにするのも自由だ。目の色だって外国人風にすることも可能である。

 服装――衣装、装備だって自由で、たとえば剣や盾を持って学校に行ってもいいし、アクセサリーも堂々と着け放題だ。

 そして、実はたったそれだけが自由に設定出来れば、みんな現実とは違う自分に大満足することが出来るのだ。

 僕なんかは、その髪型や色もリアルとはあまり変えずに、黒髪短髪の無難なキャラメイクをしたけど、やっぱり女の子キャラはこういう少し派手なくらいのキャラメイクをするのが映えるなぁって思う。

 ていうか……本当に可愛い…………。


「……えっと、あ、あの……? わたし、何か変ですか……?」

「え? あ、ご、ごめん!」


 女の子が上目遣いに僕の顔を覗き込んできて、僕は慌てて身を引いた。そして逃げるように立ち去ろうとする。


「そ、それじゃあ僕はこれでっ! 気を付けてねっ!」

「あっ……あのっ、待ってください!」

「え?」


 と、なぜかそこで呼び止められて振り返る僕。

 するとその女の子――ひかりさんは姿勢を正し、軽く頭を下げてから言った。


「いきなり呼び止めてごめんなさい。わたし、ひかりって言います。えっと、高等部の女子クラスに通っています。あなたは、ユウキ……さん、で、合ってます、でしょうか?」


 ひかりさんの視線が僕の頭上に向いている。僕はうなずいて答えた。


「あ、うんっ! 僕は1組の生徒だよ」

「そうなんですね。わたしは17組なんです。よろしくお願いします!」

「こ、こちらこそ。えと、ひかりさん? でいいのかな?」

「ひかりでいいですよ。同級生ですから」

「そ、そう? わかったよ、じゃあ……ひ、ひかり?」

「はい!」


 笑顔で答えてくれるひかり。同い年なのに敬語もどうなんだろう、という感じだったけど、口癖なのかもしれないし、とりあえずそれは置いておく。

 ていうか女の子を名前で呼び捨てにするの初めてでめっちゃ緊張したー!


 そして名前の話になったことで、僕はちょっとした疑問を口にした。

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