第3話 リサ先生の簡易チュートリアル

 入学式を終えた僕たち五万人の生徒は、ゲームマスターの人たちによる《ワープゲート》というスキルで新しい学舎へと転送され、講堂を後にした。


 今日から僕が通うことになるのは、LROの中で最も大きな街らしい、《王都セインガルド》の東にある巨大な学園校舎。

 リアルだと、五万人もの生徒が一つの学園に入ったらとんでもない規模の校舎やら土地やらが必要だけど、ていうか無理だろうけど、仮想現実世界なら内部空間は自由に作れるし、十分に可能だ。

 この校舎も、さすがに現実なら五万人が通える大きさではないけど、中の空間は見た目よりずっと広いのだろう。そう考えると、仮想世界での学園教育というのは利点も多いのかもしれないなって思った。


 そうして僕はその校舎の教室――高等科『1年1組』で担任の話を聞いていた。


「――はい、みんな揃ったかな? 私が担任教師の『[TC]リサ』です。教師でも名前は自由にしていいらしくって……気軽にリサ先生って呼んでくれると嬉しいかな」


 リサ先生はぱっつんスタイルの髪型が似合う少し童顔の女性で、なぜか服装はジャージ姿だった。

 何でもリアルだとジャージ姿なことが多いらしくて、ゲームの中でもこういう服が落ち着くからなのだとか。ま、まぁ確かにLROはすごいリアルなゲームだから、ちゃんと服の着心地とかも再現されてるしね。世界観にはまるで合ってないけど。


 ちなみに、ここは見た目は普通の教室なんだけど、それは僕たちが馴染みやすいようにという配慮らしい。同じような教室が無数にあって、たくさんの教師が生徒を受け持っているようだ。教師もなかなか採用倍率が高かったみたい。


「うん、それじゃあ次はみんなに自己紹介してもらおうかな。はい、出席番号順にお願いします!」


 リサ先生の指示により、リアルの学校と何も変わらない流れで自己紹介がスタート。

 当然知り合いなんて一人もいないんだけど、奇抜な髪型や髪色のキャラメイクをしている人たちもたくさんいて、出身地も全国バラバラだったりと、普通とは違う流れがちょっと面白かった。中には外国の人もいるけど、自動翻訳機能があるから会話も日本語で解る。また、特に女子は外見にこだわっている人が多くて、リアルじゃありえないキャラクターメイクも見ていて楽しい。

 ちなみに僕は、リアルとあまり差違のないごく平凡な黒髪の没個性だ。こういうところに性格は出ると思う。

 このLROの学園には制服という決まった衣装がなく、みんなが同じような無個性の軽装姿だ。リサ先生の話では、《スチューデント》という初期のジョブではみんな自動的にこの服装でスタートするらしい。

 けど、LROの大きな特徴の一つとして、どんなジョブに転職しようが衣装は固定されないという自由があるために、個性がかぶりにくいというのがある。

 学園には服装規則だってないし、今後はいつでも自分の好きな服で好きな格好が出来るということだから、明日からはもう服装もバラバラなんだろう。そこでまた性格が出そうだ。


 やがて僕の自己紹介もサッと簡単に終わらせて、全員の挨拶が終了したところでリサ先生が再び話し始める。


「はーい、みんなありがとう。これからはクラスメイト同士で仲良くしようね! さてさて、大抵のことは入学式で聞いたと思うけど、次は学園生活のルールを説明しようかな。みんな、《リンク・リング》を装備している方の手で宙にマルを書いて、《学園パンフレット》アイテムを開いてもらえるかな? あ、もしも各種コマンドやインベントリの使い方がわからない人がいたら、今のうちに遠慮なく聞いてほしいかな」


 どうやら「かな」が口癖っぽいリサ先生の言葉に従い、僕は《リンク・リング》という全生徒に配られた指輪を装備している右の人差し指で宙に小さなマルを描く。

 すると、目の前に『リンク・メニュー』と呼ばれる数珠型のスクリーンメニューが立体映像のように現れた。


「うわ、なんか感動する……」


 思わずそんなことを口にしてしまう僕。

 そこからは各種ステータスやスキルの確認、インベントリから所持アイテムのチェック、パーティーを作ったり専用のチャットルームを作ったりと、様々なことが出来る。LROでのすべての基本となるコマンドだ。また、『リンク・メニュー』は口頭でつぶやくことで開くのも可能で、実際そうしている人も多くいた。


 そして僕はメニューからインベントリを開き、その中にあった《学園パンフレット》という貴重品アイテムをタップ。

 タイムラグもなく、すぐに僕の手元に本物のパンフレットとしてそれが出現した。おお、すげぇ便利!


「みんな、パンフレットは用意出来たかな? ……うん、大丈夫そうだね。それじゃあ学園生活でのことを説明しょうかな。みんなは今日から高校生として、この校舎で私たち『教師』と一緒に学んでいくことになります。教師は名前の前に[TC]表記がされてるからすぐにわかるかな。ゲームマスターさんには[GM]表記がされているよ」


 みんなあれこれと手元をいじりながら先生の話を聞く。『リンク・メニュー』を用いた独特のユーザーインターフェイスはこのLROの大きな特徴だ。


「それと、ゲームの中だからって勉強することは現実とほとんど変わりません。国語も数学も、こうして座学で勉強します。テストも当然ありますよ。ただ、中には体育の授業みたいに風変わりなものもあります。体育は、外のフィールドでモンスター退治をしにいったり、クエストをやったりすることもあるみたい。ああ騒がない騒がない!」


 LROはあくまでも学園生活を送るためのMMORPGだけど、やっぱりみんなのテンションが上がるのもよくわかる。僕だって体育が一番楽しみな授業だし。


「それじゃあ次のページを開いてね。はい、ここからが大事なことかな。一般的な授業はもちろんだけど、みんなにとって同じくらい大事になるのが、この《学園クエスト》です」


 みんなの目がパンフレットのページに釘付けになる。


 ――《学園クエスト》


 それは、校舎の中にある専用の掲示板から受注出来るクエストのことだ。

おそらくこのLROにいる生徒の多くは、一度くらい何か別のMMORPGをやったことがあるだろうけど、普通のMMORPGには大抵『クエスト』という要素がある。

 初心者にはプレイに慣れさせるために簡単な「おつかい」をさせたり、その見返りとしてちょっとした装備やアイテムがもらえる、というようなものだ。

 LROではそういうクエストは校舎の掲示版から受けることになっているようで、戦闘をこなすタイプのもの、アイテムを見つけてくるもの、はたまた先生からお手伝いの要望、そして学生らしく問題集を解いたりするものなど、日々、幅広いものが無数に増え続けていくらしい。

 学園で授業を終えた放課後には、このクエストをこなしていくのが基本的な流れになるみたいだ。


「学園クエストは日々更新されていくから、みんなやってみたいクエストがあったらどんどん受けてみてほしいかな。あ、途中で無理かなって思ったら止めることも出来るから安心してね。この学園クエストをこなすと、ほとんどの場合は報酬として《リンク・ポイント》というポイントが手に入ります。このポイントはみんなの成績にも大きく関わってくるものなので、みんな頑張って貯めてくださいね!」


 リサ先生の言葉に少しざわつく教室内。

 パンフレットにも書いてあるけど、この《リンク・ポイント》――略して《LP》というのもLROにしかない変わったシステムだ。

 なにせこのLPが学園の成績に大きく関与してくるからで、例えば普通に勉強だけしてテストで100点満点を取るより、テストでは80点でも、LPを多く稼いでいれば、そちらの生徒の方が総合的な成績は良くなる可能性が高いらしいからだ。

 つまり、LROの中では勉強だけしているより、勉強はほどほどに狩りやクエストなどのゲームに精を出すやつの方が優等生になれるということだ。

 それには開発中から賛否両論あったようだけど、斬新な教育を目的とするLROらしい斬新なシステムではあると思う。


「ただし注意してほしいこととして、LPは、いつ、どこで、どれだけ入手したのか皆さんにはわからないようになっているかな。いわゆるマスクデータというものですね。その理由はちょっと私にはわからないけど……現実でも、内申点なんてみんなには詳しいことはわからないでしょ? そういうことかな♪」


 なんだか妙に説得力の高い話に納得させられる僕たち一同。

 こんなポイントシステムを取り入れている理由が、“仮想現実世界だからこそ出来る、自由でのびのびとした個性を高める教育を実現するため”――ということらしい。


 現実の世界では、勉強が出来るやつが一番だ。テストで良い点さえとればそれでいい。

 けどLROは違う。

 勉強はもちろん出来た方がいいだろうけど、勉強が苦手な人はレベル上げを頑張って、学園クエストでLPを稼いで成績を伸ばすことが出来るし、要はそれぞれの生徒の長所を伸ばして公平な教育が可能なんだ。

 逆に、現実では運動が苦手という生徒たちだって、このLROでは現実では不可能なアクロバティックな動きだって誰にでも簡単に出来る。AGIなどの敏捷ステータスが高ければなおさらだ。


 パンフレットの一ページ目、一番最初にこんなことが書かれている。

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