第2話 入学式

 中世ヨーロッパに近い世界観を持つ絆の世界――《リンクレイシア》。

 この数十年における急速な発展により大陸の調査は進み、山を登り、海を越え、各国間の交流が活発になったが、同時に生活圏を広げた人々と魔物とが衝突することも多くなっていった。

 そして今では人と魔物が共存することを目指す世界となり、そのために戦う術を、生きるための術を持つ者がより多く必要になった。

 そこで各地の指導者の命によって、次代の冒険者たちを育てるための学園施設が各地に創立されていったという。

 そのうちの一つが、今まさに僕のいる《王都セインガルド》――そこに作られた学園だ。

 つまり僕は……いや、僕たちは冒険者を目指す生徒になった、という設定である。

 

 そんな《リンクレイシア》の世界に降り立ったこの日を境に、僕――『ユウキ』の日常は一変した。



『――皆さん、おはようございます。そして絆の世界、《リンクレイシア》へようこそ。このたびは本学園へのご入学、誠におめでとうございます。ええと……だ、代表は突然の体調不良とのことで、代わりまして、補佐役である私、《レナ》の方から諸々のご説明等、させていただきたいと思いますので、宜しくお願い致します』


 スピーカーから流れる流麗な声。

 視界に映る壇上のスーツ姿の女性へ自動カーソルが当たり、その綺麗な人が『[GM]レナ』という名前であることわかる。

 周囲の壁がすべて窓になっているドーム状の巨大な講堂のステージ上で、その声の持ち主であるレナさんが舞台袖を一瞥し、ため息をついた後、姿勢を正して再びマイクに――僕たち五万人の全生徒に向けて言葉を発した。


『皆さんもご入学前に確認されたことと思いますが、この場で今一度ご説明致します。この「リンク・リング・オンライン」――私共開発で「LRO」と呼称しておりますこの仮想現実空間は、近年発展しております、バーチャルリアリティ空間を用いたいわゆるMMORPG……多人数同時参加型オンラインRPGの世界観を持つ“教育空間”です。皆さんには、本日より三年間、本学園の生徒として、またプレイヤーとして、このLROをプレイしていただくことになります。夏期休暇等のログアウト可能期間もありますが、基本的には3年間、ログアウトの出来ないリアルな生活が始まります』


 そう。

 レナさんの言う通り、今僕たちがいるこの世界は、『リンク・リング・オンライン』――LROと呼ばれるVRMMORPGの世界だ。

 そして今話してくれているあのレナさんは、いわゆるGM――ゲームマスターと呼ばれる運営者である。だから名前にはGM表記がされている。


『“リアルで出来るあらゆることはLROで出来る。そしてリアルで出来ないことでもLROなら出来る”。このゲームはそんなコンセプトの元に生まれた世界です。皆さんにも、是非この世界で自分らしい生き方を見つけて――』


 レナさんがそう言いかけたとき。

 窓の外――遠くの山の方で大きな竜、つまりドラゴンが飛んでいることを誰かが叫んで、全員が大きくどよめきながらそちらに目を向けた。当然僕もそうだ。

 ドラゴンはそれこそ3D恐竜映画なんて目じゃないほどの現実感で空を飛び、僕らのいる街の方へと近づいてくる。あまりの迫力に僕はまばたきも忘れて魅入っていた。

 巨大な竜はやがて講堂の上を通過していき、その風音や震えは講堂の中にまで響いてくる。それにはほとんどの生徒が歓声を上げていた。

 一方で壇上のレナさんは『きゃあっ!』と悲鳴を上げ、マイクが拾ったその声が講堂全体に広がってみんなが静けさを取り戻す。


『え? あ、え、ええと……ご、ごほんっ!』


 レナさんは軽く咳をつき、何事もなかったかのように話を続けた。


『えー……しょ、正直なところ、こうしてログインしている私もまだ慣れておりませんが……、この空間は、すべてバーチャルリアリティに創られた仮想世界です。つまり! 当然、先ほどのドラゴンも仮想生物です。あ、あくまでもデータですので怖がる必要はありません! ええ!』


 まるで自分に向けたかのような説明に、僕を含め、生徒たちが笑い声をもらす。レナさんはわずかに肩で震えているような気がした。


『し、しかし! この世界で暮らすことになる皆さん生徒たちと先生方、そしてLROを運営管理する私たちゲームマスターはデータではありません。限りなく本物に近いリアルです。我が社の誇る最新鋭のフルダイブ環境によって実現された国内初のこのVR空間では、視覚だけでなく、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感すべてが現実のそれと何も変わらない世界です。“現実で出来るすべてのことを可能にする”というコンセプトで開発された仮想現実は、現実とほとんどすべてが同じ環境で出来ています。そして、だからこそ“本物の教育”が可能な世界になったと自負しております!』


 ――“本物の教育”。


 自信を持ったその言葉に、僕の心は震えていた。

 いや、僕だけじゃない。

 きっとここにいる五万人の生徒全員が同じだと思う。


『このLROで行われる仮想現実空間での学校教育というのは、世界でも初の試みとなります。もちろん、私ども開発・運営と、リアルから協力していただいている学園側とで最大限のサポートをしてまいりますが、それでも、勇気を出して第一期抽選にご応募いただいた皆さんに、こうして最初の生徒となってくださった皆さんには、心より感謝しております。ありがとうございました』


 レナさんが頭を下げ、僕たちは大きな拍手で応える。

 むしろみんな、最初の生徒になれたことを誇りに思ってるんじゃないだろうか。なにせものすごい応募倍率だったんだし、その中から書類審査や筆記試験、面接を得てようやく合格できたのだ。初めて完全な仮想世界で教育が行われることは世界中でニュースにもなったし、リアルでもきっと多くの人が注目していると思う。今も、特別に新聞やニュース番組の記者さんなんかもこの場にいて、後々ネット上で記事になるのだとか。


『ありがとうございます。学園での詳しい教育方法やカリキュラムにつきましては後ほど学園にて行いますが、基本的に、日中の授業を学園で執り行う――ということ以外に関してましては、すべて皆さんの自由です。LROはただの仮想学園ではなく、一般的なMMORPGの世界で学園要素をメインに取り入れたものでありますゆえ、モンスターを倒してレベルを上げたり、能力を上げて成長したり、プレイヤー同士で商売を営んだり、ギルドや仲間を作ったり、もちろん勉学や部活に励んだりと……すべてが自由です。先ほどのドラゴンを皆さんで倒しにいくことも可能でしょう。是非、未知の世界で冒険を繰り広げながら、有意義な学園生活を送っていただきたいと思います』


 すべてが自由。

 それは、僕たちみたいな子どもにとって何よりも魅力的な言葉だった。

 ここなら親の目もなく、子どもたちだけであらゆることに挑戦出来るんだ。外界とはメールなんかでやりとり可能だけど、一人暮らしを始めるときもこういう気持ちなのかな。


『最後に、私から皆さんへLROで生きるためのアドバイスをお送りします。この世界は――LROは、何よりも“繋がり”が大切なゲームです。それは人とだけではありません。NPCやモンスター、武器、アイテムなど、すべてにおいて繋がりの力は存在します。どうか、それを忘れずにお過ごしください。

 そして三年後、皆さんが一体どのように成長しているのか……私ども開発・運営、そして学園側の皆さんも、そのことを何よりの楽しみとしております。では、以上をもちまして、LRO開発・運営代表としてのご挨拶を終えさせていただきます。最後まで、ご静聴、ありがとうございました』


 レナさんは一歩後ろに下がってから深々と頭を下げ、僕たちはまた一段と大きな拍手でそれに応える。

 僕は手を叩きながら、熱くなる胸の鼓動を抑えきれずにいた。

 世界初のVRMMO空間で行われる学園教育。

 その未知の世界に飛び込むため、世界中の中学三年生からなんと200万以上の応募が殺到し、その中のたった5万人のみがログイン――つまり進学することが出来たこの世界の高校。僕たち生徒だけが暮らすことになる、特殊なMMORPGの世界。


 一体、これからどんなことが起きるんだろう?

 僕は、どんな人たちと繋がっていくんだろう?


 僕は今、十五年という短い人生の中で、間違いなく最もワクワクしていた!



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