第42話 帰還する者たち 下

 その後、パイオニアの修行場近くにテントを張り、数日、その場に被害者を滞在させる事になり、その後の判断は各々に任せると、サーシャが来てから、しばらくしてアイゼンとフレシアスがやって来て、被害者に話をしていた。


 彼女らは…どうするんだろう…。


 『カンナ』の村人が、数人、アイゼンに挨拶をしに来ていて、被害者の状況を聞くと、何名かは『カンナ』で受け入れてもいいとの申し出があった。

 希望者がいればと言う事だが、それも時間はかかってもいいとの事であり、仕事も少しはあるとの話でもあった。


 『デルヘルム』にも仕事がある。


 それに全員がつく事は出来ないが…。

 まぁ、それは、彼女らがどう決めるかなのだろうが…。


 アルベルトが助けた妖精は、セーフ区画内に木を立てる事にしたようであり、そこに住むつもりであるようだ。


 妖精か…。


 アサトは、朝に会った妖精を思い出していた。

 小人族のリッチにも驚かされたが、妖精は…そんなに驚かない、というか、色々見て、こう言うのもいるんだなと思っている自分が、この世界に馴染んできている事に、不思議と戸惑いは無かった。



 夕食は、パイオニアの1階で、被害者と参加者…そして、パイオニアの狩猟者で食べる事になった。

 慰労を兼ねての宴会…とは言わないが、お疲れさん会みたいな感じである。


 チャ子は、やっぱり今日の事が気になっているのか、セラやケイティらと共にいたが、気分がすぐれない表情でいた。

 そう言えば…トルースも、タイロンにエールを勧められていたが、こちらも表情が晴れてはいなかった。

 ジェンスは……、バネッサをを連れてきている…。

 こっちは吹っ切れた感じでケビンらと共に大声で笑っていた。


 狩りの後には…各々違う心境があるんだ…。


 アサトはチャ子のそばに行き、後ろからチャ子の肩に手を乗せた。

 「チャ子…」

 「…アサト…」とチャ子が振り返る。

 その行動にケイティとセラもアサトを見た。


 「…今日は大変だったね…」

 「…ウン…アサト」と見上げるチャ子。

 「どうした?」

 「チャ子思ったんだ…」と小さくうつむく

 「思ったって?」

 「ウン…」と立ち上がるとアサトに向かって立ち、大きく頭を下げた。


 ?とアサト


 「ごめんね…チャ子。アサトの戦い見ていて笑っていた…、アサトは、あれを乗り越えて、今になっているんだよね…アサトが必死でゴブリン殺した…、チャ子、それがちょっとわかった。笑ってごめん…アサトは…強い!」と顔を上げる。

 そのチャ子に向かって…。


 「強いかどうかはわからないけど、チャ子も、今日は強かったと思うよ」

 「え?」

 「壁を乗り越える為には、強さが必要なんだって感じた。僕は、アルさんが言うようにスマートな狩りは出来ないけど…それでもいいと思っている」とチャ子に笑みを見せる。


 「強さか……」とチャ子。

 「ウン。強さには色々あるんだと思うよ…。今日のチャ子は強かった…。狩れたからじゃないよ…頑張って…狩った…そこには、迷いや怖さもあっただろう…それを乗り越えた」

 アサトは大きく深呼吸をして…。

 「ようこそ!狩猟者の世界へ!」と笑みを見せた。

 その笑みにチャ子は不思議そうな顔を見せる。


 「ここからが、チャ子の世界をどう作るかだと僕は思う…そうだな…」と小さく考えて…

 「ナガミチさんの言葉だと、インシュアさんが教えてくれた言葉をチャ子に送るよ」と笑みを見せる。

 「おじちゃん?」

 「そう…、インシュアさんは、その力には、一線を持て…って」

 「一線?」

 「うん。僕も分からないけど…狩っていい者か、悪い者かの一線…」

 アサトの言葉に不思議そうな顔を見せる、その隣にいたセラとケイティも同じ表情を見せていた。


 「そして…この狩りには正義はあるのか…。」

 「…正義ね…」

 ケイティが顎に手を当てて考え、チャ子はアサトの表情を見ながら小さな笑みを見せて…。

 「…それ、おじちゃん…ただ食いした時にも言っていた」と大きな笑い声を出して笑い始めた…。


 え?…と拍子抜けの表情を見せるアサト。


 そのアサトに、「チャ子は、まだまだ子供だから、アサトの言っている事、全然わからないけど…ありがとう」と笑みを見せた。


 …ってか、師匠…ただ食いは正義ですか……。


 ニカニカ笑っているナガミチの表情が見えたような気がして、アサトもいつしか大きな声で笑い始めていた…。

 その風景を見ていたサーシャが胸を撫でおろしている。


 「あの子は、あの子の道を進む、その為の道しるべにならなきゃな…、ダメとは言わずに、こういう道もあるんだぞ…ってな」

 隣にいたアイゼンがサーシャを見ると、サーシャはアイゼンを見ながら目を緩ませた。

 「…そうね…、これからも、私たちがあの子の親であって、これからは、みんなが師匠…チャ子が選ぶ道が狩猟者なら、わたしも覚悟を決めなきゃね…」

 小さな笑みを見せたサーシャは、笑っているチャ子の表情を愛おし気に見つめていた。




 翌日…アサトは早めに牧場に着いた。

 牧場にはトルースの大きな体が見えている。

 外周をゆっくりと確実な歩幅で進むトルース。

 その表情は…昨日と打って変わって、険しく真剣な表情になっていた。


 ジェンスはすぐに吹っ切ったようだが、トルースは一晩かかったようである。

 そのトルースに向かい進むと、一緒に走り始めた。

 「アサトさん…」

 「うん?」

 「これが現実なんですよね」

 「あぁ…そうだね…」


 少し間が開くと…、「俺…怖いけどやってみます、狩猟人…」と前を見ながら言葉にした。

 「ウン、そうだね。やれるところまで…僕もそう思っているから…」とアサトも前を見て言葉を返した。


 遠くからケイティに追いかけられているチャ子の姿が見え、ジェンスも笑いながら走って来ると、ケビンにスカンらの姿も…。

 この場所には、各々の思いが集り始めていた。


 夜を越え、狩猟者であるための壁を越えた狩猟者らが、各々の想いを込めて、ここに集まる…。


 アサトは立ち止まった。

 アサトの先には、笑みを見せているナガミチが立っている。

 そして…右手に握りこぶしをつくり、突き出すと、その拳で左胸を2回力強く叩き、ニカっと笑みを見せた。

 その表情に頷くアサト…。


 …いよいよだよ…この地での最後の戦い…僕やるよ、だから見ていて…と心に呟いた。


 アサトは空を見上げる、そこには高く澄んだ空があった。

 その空は、この世界に来て初めて見た時と変わらない…


 ………遠くに感じる空であった………。

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