第41話 帰還する者たち 上

 薄暗くなり始めた『デルヘルム』の街に、アサトらが戻って来る。

 静かな帰還である。


 南門を通り、パイオニア所有の馬車小屋へと馬車を止めに向かう。

 拉致被害者は、パイオニアとエンパイア、両ギルドの元に保護をする事になっている。

 とりあえず、1か月をめどに、その後の生活を各々が考えると言う事であるが、村に戻ろうと考えている者もいなく、また、この街で生活が出来るか不安を持っている者も多かった。

 オースティア大陸では、奴隷制度が容認されて、また、人間至上主義が、北の地で拡大している今、マモノや亜人の血が少しでも入っている者は、戦々恐々としているのである。


 また、アイゼンやフレシアスも頭を抱えていたのは確かであったが、この討伐戦は、種族を越え、また、ギルド内にも亜人やチャ子のような、亜人の血を引くイィ・ドゥもいた事で、命の尊重を柱に行った事になっている…と言っても、大きな声で公言はしていないが…。


 とにかく、この地でのマモノ狩りや、奴隷狩りへの抑止力になればいいと考えてはいたのである…。


 「俺は、ギルドに戻るが…お前たちはどうする…」と冷ややかな視線を一同に向けたアルベルト…。

 ポドリアンとグリフ…そして、何故か、アルニアが『アバァ』を護送して『ファンタスティックシティ』へと向かった。

 アルニアの登場は、アサトにとって意外だったが、アルベルトはそうでもなかった。

 実際、チャ子らと一緒に、狩り兼修行に出ていたが、参加する事はたまにしかなく、今回の件も、来たきゃ来いと言っていたようである。


 テレニアが話していたのは、どうやら最初から見てはいたようであり、アルベルトの指示に従いたくないとの事で…、『弟なりのヤキモチなのよ…』と笑みを見せていた。


 …なるほど…。


 「じゃ…僕もギルドに行く…」とクラウトがアルベルトに進み出てから、一同を見て、「…アイゼンさんから指示を仰いでくる。みんなはここで待機を…、救った者たちの付き添いをお願いしたい」とメガネのブリッジを上げた。

 その言葉に頷く一同。


 スカンらとディレクのパーティーは、クラウトらと共にギルドに向かった。

 医師の診察が必要と思われる者もいたので、パイオニア専属の医師を連れにタイロンとジェンスが向かい、アリッサとシスティナは、馬車小屋に用意しておいてある着替えなどを被害者らに与え、セラとチャ子は、ピッチ姉妹と談笑をしているのが見えた。


 オースティとトルースは、馬車で眠っていて、ベンネルとレニィは、ロッドを見ながら話しをしている。


 …アサトは……。暮れゆく空をただ眺めていた……。


 …いよいよ…3日後に行われる…クレアシアン討伐戦…。

 この戦いも…正義を伴った戦い…なのであろうか…。


 アルベルトが言っていた言葉を考えていた。


 『俺たちに、色々な非の粉が降り注ぐであろう、その時は、お前らの心の中にある正義を貫け…』


 その言葉は、今回のような事が主なのではない…これから、別の意味での非の粉が降りかかってくる、その時に自分の正義を貫く…、その正義の定義は……。

 ナガミチが亡くなってから10か月近い…、その間に色々な事を経験した。


 この世界に誘われ…そして、意味も理解できない状況で戦い方を教わり、…命を奪った。

 システィナさんやクラウトさん…そして、ジャンボ…タイロンさんに出会い、戦い…狩った。

 『デルヘルム』を出て…遠征をした…オークプリンスらと戦い…、命の終わりを感じた…。

 結果的に生きているけど…、アリッサさんやケイティ…、セラにジェンス…そして、グンガさんらにもあった…。

 また、バシャラさん家族に賢者…ポドメアさんらにも出会い、エイアイさんに…ゲインツ……、思えば、色々な人に出会い…また、死にそうになり…。


 死を覚悟した場面も、少なくとも4回…旧鉱山とオークプリンス、ドラゴンに…病……。


 遠征中でも…日常でも…、節目、節目に現れるナガミチの幻想は、いつも笑みを見せ、そして、2度強く胸を叩いている…。

 その意味は…、本来の意味、ナガミチが伝えようとしている意味は、解らないが、『心と共に…』と言う意味で解釈をしている…。

 心は共にあるのか…、そして、クレアシアン…。

 この討伐戦が終わったら…本当にこの地でやり残した事が無くなる…そんな気がする…。


 しばらくすると…、馬車小屋付近にいる雑踏の中を駆けてくる姿が見えた。

 …サーシャの姿である。


 長い金髪の髪を振り乱しながら走って来る表情には、安堵の表情と共に崩れかけた表情が混在していた。

 「かあさん!」とアサトの後方から駆け出す風が、その場を通り過ぎる。

 跳ねるように…また、何かに縋るような感じの走りは、大きな一歩を踏みしめていた。

 サーシャの傍に着いたチャ子は、小さく飛び跳ねてサーシャに抱き着いた。

 そのサーシャは、足を踏ん張ってチャ子を受け止める。


 「かあさん!かあさん!…怖かった…こ…怖かった…」

 「うん、うん…そうだね、怖かったね…うん…うん…」

 嗚咽を含んだサーシャの返答に、再びアサトの後方から、鼻をすする音が聞こえてくる。


 今日の討伐戦に参加した者の中で、セラが12歳…だが、チャ子も12歳…だったと思うが…、ただ、実戦をこなしたチャ子には、重い事なのである事は、参加した者すべてが思っていた。

 実際、チャ子が奪った命は一つだが、それは、大きな一つであり、心に残る一つである。

 この年齢で経験するには、非常に重い出来事…。

 しかし、それはチャ子が選んだ道であって、誰も止める事は出来ないし、また、そう思っているチャ子に対して、出来る限りのサポートをしなければならない事であると、レニィのチーム全員が思っていた事であった。


 「頑張ったね…、無事で帰って来てくれて…ありがとうね…」

 「ウン…チャ子…殺しちゃった…この…てで……」

 「うん…ウン…いいのよ、それで…、これが、この世界の常識…いまはね…」とサーシャは強くチャ子を抱きしめた。


 サーシャも、チャ子を抱きしめていながら、自分が言った…常識を考えている。


 この常識は、…間違っている…。

 何故かはわからないが、多分、以前にいた世界では、奪ってはいけないモノ…、それを奪ったら…罪を償う…それが常識であって、その常識を、誰もが所有していた。

 それが出来てないから……非常識である…。

 何故かはわからないが、この世界でも刑はある…、それが当たり前だが…、ただ、その当たり前が、この世界では、非常識に近い存在であり、曖昧な状況であるのである…。

 だから…、この世界は無法地帯なのであって、その無法地帯で生きるからには、つけなければならない力…。

 また、無法地帯にしている要因が…種族と言う分類…それが…、統一できる世界があれば……。


 「ごめんなさいね、チャ子。かあさんが…」

 「いいんだと思う…。これで……怖かったけど…これでいいんだと思う…チャ子は……。」


 抱き合う2人をアサトは黙って見ていた。

 その姿が、親子の繋がり…、サーシャはチャ子を想い、チャ子は母親を慕う…、当たり前の風景がそこにあった。

 その風景は、心を穏やかにさせている。


 あと3日…。


 チャ子の涙とサーシャの涙がある風景に、自分を奮い立たせている面もあった。


 次の討伐戦…、今度は僕の番だ……。

 師匠の仇を討つ…、それが正義である。

 そして、あの夜に、この街『デルヘルム』へ、大きな損害を与えた罪…それを償わせる…それも正義…そして………。

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