第36話 チェックメイト 下

 トルースは盾を前にして、犬のイィ・ドゥへと突っ込んでゆく。

 その犬のイィ・ドゥは剣を構えて、トルースの突進を待った。


 トルースはしっかりイィ・ドゥを見ている。と、近くに来た時に、「トルース…伏せて!」と声が聞こえる。

 その声は…レニィであった。


 レニィの声に、右の斜め前へ飛び込んで倒れ込むトルース。

 イィ・ドゥは、いきなり倒れ込んだトルースを目で追いかけた後に…、声がした方向へと目を向けると…、大きく煌々と燃え盛る炎の塊が向かってくるのに気付き、トルースが寝転がっている方向へと逃げるように踏み出そうと、一歩を出した瞬間、グサッと言う音と共に腹部に痛みが走った。


 その方向へと目を向けると、腹に大剣が突き刺さっている。

 その剣をたどり…刃から柄…そして、腕…顔へと視線を向ける…そこには、倒れ込んでいると思っていたトルースが、仰向けになって大剣を突き立てていた。


 その突き立てていた剣に自ら飛び込んだイィ・ドゥ…。

 その後方を炎の球が走り、すぐ近くで小さく爆発をしたと同時に、目の前に剣を振りかぶったケビンが現れ、頭めがけて剣を振り下ろした。


 イィ・ドゥは、間一髪、その攻撃を交わすように頭を横に倒すが、剣は、肩…鎖骨を粉砕して体にのめり込んだ。

 「ギャァ~~」

 悲鳴を上げるイィ・ドゥ。

 次の瞬間、ケビンの背後から…金髪に耳が生えている…、その耳は黄色の地で黒い斑点…そして、眉の上にも同じく黄色地に黒い斑点に、細く長い髭を持った少女が、短剣の柄を両手で持って現れたと思った瞬間…グサッと………。


 一連の攻撃を見ていたアルベルトは、「…あぁ…おまえらよくやった…」と賛辞を送りながら冷ややかな視線で『アバァ』を見た。


 ジェンスは『オークプリンス』の手を借りて立ち上がり、首の無くなってもなお、四つん這いになっている猪のイィ・ドゥを見ている。

 チャ子は、目の前に突き出た剣先を目を丸めて見ていて、その犬のイィ・ドゥの背後には、後頭部から剣を突き立てたロマジニアが立っていた。



 「これで…、お前を守るモノは…このデカいイノシシだけだ…」

 猪顏のイィ・ドゥを見上げながら言うアルベルト。

 「…ば…なにを…おまえは、わたしの話しを…」

 「…あぁ、聞いていたが、その話は、あとからゆっくりと聞くし…いやでもしゃべりたくなる状況を作ってやる…」と冷ややかな視線を『アバァ』へと移した。


 「主…おれが…」

 猪顏のイィ・ドゥが前に出てくる。

 「…ったく……。」

 その姿へと視線を移したアルベルトは、小さく呆れていた。


 そのアルベルトに向かい猪顏のイィ・ドゥは、首をほぐしながら見下ろしている。

 そのイィ・ドゥをみながら腰の短剣を抜くアルベルト。

 イィ・ドゥは、首をほぐすと腰に携えてある剣を抜き、大きく息を吸って……。


 グサッ……。


 アルベルトは、イィ・ドゥが大きく息を吸い込んでいる内に飛びつき、左手を首に回すと、右手の短剣を顎へと突き刺していた。

 短剣は、顎から脳へと達しているだろうか…。

 そのまま、両足を胸に持ってきて、静止しているアルベルト。


 冷ややかな視線はイィ・ドゥの目を見ている。

 その眼は大きく見開いていて、口からは真っ黒な血が吐き出されており、突き刺した剣先からは血が滴り落ちている。

 肩で息を始めたイィ・ドゥは…。

 アルベルトの冷ややかな目を見ているだけであり…その動きも時間が経つにつれて小さくなり…そして…。


 アルベルトは、短剣をゆっくりと抜くと両足を踏ん張ってから弾き、バク中をして、元居た場所より少し後方へと着地をした。

 イィ・ドゥは、アルベルトに弾かれたために、後方へと倒れ始め、時間をかけずに大きな音を伴って、地面に叩きつけられるように仰向けで倒れた。


 腰にある布を手に取ったアルベルトは、剣先からイィ・ドゥの血を拭き上げ、手に付いている血も拭き、短剣を鞘に仕舞うと『アバァ』を見た。

 目を見開いて倒れているイィ・ドゥを見る『アバァ』。


 何があったのかわからない表情のアサトらが、アルベルトの後ろ姿を見ていた。


 …これが、アルさんの戦い方の一つ…。


 アサトは、初めてアルベルトが戦った時を思い出した、出足は早い…インシュアが言っていた。

 そして、音もたてずに接近して…狩る……。

 あの時は、そうだった、そして、今も…。


 「あぁ…、なんだ、その表情は…もしかして…、なんか、よくある戦闘シーンでも考えていたか?」

 呆然としている『アバァ』にむかい、冷ややかに言うアルベルト。

 「へ…へへへ…あ…あんた…強いな…」

 『アバァ』は、作り笑いを浮べながら視線をアルベルトに移した。

 「いや…相手が、俺を見下していたせいだ…用意、ドンで戦いが始まる訳では無い…」

 『アバァ』へと近づいてゆくアルベルト。


 「へへへへ…なら、これはどうだ?」

 ネコの亜人の胸を揉んでいた手を、今度は顔に持ってきて口を塞いだ。

 「あぁ?」

 その行動に、冷ややかな視線を向ける。

 「…へへへへ、わたしを逃がしてくれたら、この女は帰してやってもいい、だが…この…」


 ヒュッ…。


 『アバァ』が話している所を遮るように、空気を切り裂くような小気味いい音が聞こえたと思った瞬間。

 「あ…いだだだだだだだだ…」

 『アバァ』は亜人の女を話して膝から崩れ落ちた。

 亜人の女は、よろめきながら地面に崩れると、一目散にアルベルトの方へと駆けてくる。

 その亜人の女をアルべルトは、自分がつけていた外套を脱いで手渡した。


 『アバァ』は肩へと手を持ってきている、そこには、一本の矢が刺さっていた。


 「…ッチ、ヘナヘナエルフか…」

 振り返ると、村に弓を背負った青年が入って来るのが見えた。

 アルベルトが振り返った事で、一同もアルベルトが見ている方向へと視線を移した。

 歩いてきているのはアルニアであり、その傍にはテレニアの姿もあった。

 銀色の髪に横に伸びた耳、そして、透き通るような白い肌のアルニアは、頭を掻きながら一同の元に進んでくる。


 「…まったく…僕、馬に乗れるから良かったんだよ…」

 一同の傍に来ると一声を放つ。

 「あぁ…別にお前がいなくても何とかなった」

 冷ややかな視線でアルベルトが答えた。

 「まぁ~た、そんな事言って…」


 満面の笑みを見せていたアルニアを追い越しながら

 「…アルニア、ありがとう。アルの分まで、お姉さんがお礼を言うわ」

 声をかけて通り過ぎるテレニアは、アルベルトの傍まで進み、アルベルトの外套を纏っている亜人の肩を抱いた。


 「さぁ…あなたも行きましょう」

 優しく話しかけたテレニアは、亜人と共に来た道を引き返し始め、その姿を見ていたアルベルトは、ゆっくり『アバァ』へと向いた。


 「さぁ~、裁判の時間だ…」

 重く言葉にしたアルベルトの表情は、冷たくキツイ表情であった……。

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