第34話 涙の訳… 下

 「チャ子…。」

 レニィが近付いてきてチャ子を抱きしめた。

 その背後では、ケビンが犬のイィ・ドゥにとどめを刺している。


 「いいの、わかる…でも。泣くのはあとから、私たちは、まだやらなきゃ…」と体を離しチャ子の目をしっかりと見据えた。


 「敵はまだまだいる。命の感情に負けないで…この狩りは正義なの、この地方で、もう、悲しい思いをする人を無くする為にやらなきゃならない事…」と肩を掴み、「行きましょう、『アバァ』がいる所まで…」と力強く言葉にした。


 「あぁ…行こう」

 目頭を拭いているトルースが言葉にして立ち上がり始め、その向こうでは、ケビンが住民を誘導して、こちらに向かってくる。

 その向こうからもロマジニアが住民3人を連れてきていた。


 ……監視サイド……


 「これで…課題は終わり」

 アリッサがクラウトを見ると、クラウトは頷いて見せ、その行動を見たアリッサが動き出し、少し離れた場所にいるタイロンも動き出して村の中に入って行った。



 …再び、レニィサイド……


 「あとは、アリッチらに任せて、私たちは…」

 家の裏から正面へと出たレニィらは、中央の家に視線を向けた。

 その家の隣から残りの犬のイィ・ドゥが2体出てきて、そんなに遠くない場所のジェンスらは、猪の顏を持つイィ・ドゥと対峙をしている。


 1体のイィ・ドゥがレニィらを見ると、家々の脇を通り裏へと向かった、どうやら醸造所を見に行ったらしい。

 時間をかけずに戻ってくると、一緒にいた者に何やら話してから辺りを見渡し、そして…村の外に駆け出して行った。


 もう1体のイィ・ドゥは、振り返り、猪の顔を持つイィ・ドゥを見ている。


 「…行こう!さっきと同じく。ロマさんは…遊撃に…猪顏が出てきたら厄介だから!」と号令を発するレニィ。

 その号令にトルースが盾を持ち直し、タイロンらに向かって住民の誘導を終えたケビンとロマジニアがその後ろについた。

 ロマジニアに並んでチャ子が就く、その後方では、レニィがロッドを構え、ベンネルが生唾を飲み込んでいた。


 ……監視サイド、アルベルト……


 駆け出している犬のイィ・ドゥを冷ややかな目は逃していなかった。

 そのモノが向っている場所は、村の出入り口である。

 アルベルトは、想定していた。


 たぶん…、1体は逃げる…。

 逃げて、お坊ちゃまのお父様に連絡をする…はず、ただ、何処から逃げるかだけであったが、一番走りやすく、黒鉄くろがね山脈を目指すなら、一番近い場所と言えば…ここである。


 だから…。


 アルベルトは、正面に位置する門から犬のイィ・ドゥが、村から出るタイミングで、村に続く道に立ちはだかった。


 「あぁ?どこ行くつもりだ?」と冷ややかな視線を向ける。

 「…どこって…」

 その場には、遅れてインシュアが剣を肩に倒して現れ、それから間もなく、ケイティとアサトも来る。


 「もう…彼と、猪頭が2体に…今、レニィらが対峙している者と『アバァ』で終わりなんで…来ました」と言葉にしたアサト。

 その言葉に小さく頷くアルベルト。

 「とりあえずイヌ…おまえ村に戻れ!」とインシュアが呆れた顔を見せた。


 「あぁ…だが、俺はこいつを利用する。」

 アルベルトが短剣を抜いて犬のイィ・ドゥに近づくと、犬のイィ・ドゥは腰に携えている剣を抜いて構えた。


 「やめとけ…イヌ」とインシュア。

 「…あぁ、そうだ。お前は生きたいんだろう…、今日の俺は、頭がさえているし、気分もいいから…お前を生かしてやる、だから…俺の言う事を聞け」と冷ややかな視線を犬のイィ・ドゥに向けた。


 「い…生かすって…殺さないのか?」

 「おいアル…こいつは狩りの対象だろう」とインシュアが目を丸めた。

 そのインシュアに向かって、「あぁ、そうだ、だが気が変わった…良かったなイヌ。俺は有無も言わせずに戻すつもりだったが…」とアサトを見て、「拘束しろ」と言葉にした。


 アルベルトの言葉を聞いたアサトは、犬のイィ・ドゥを見て、「…武器を降ろしてください」と言葉にする。

 その言葉に犬のイィ・ドゥは一度周りを見てから、観念したように武器を手放した。

 軽い金属の音が地面にぶつかる音と共に辺りに響く。


 「アル…何をするつもりだ?」とインシュア。

 「あぁ?決まっているだろう、俺たちの街の近くで、もう2度と奴隷狩りをさせないようにする…。その為の…」と村の方へと視線を移した。


 ジェンスは、『オークプリンス』を目の前にして、猪顏のイィ・ドゥを見ている。

 レニィらは、犬のイィ・ドゥへと向かって進んでいる…そして…中央の家からは、もう一体の猪顏のイィ・ドゥが出てくると、三角の顔を持ち、口がやたら大きくて広く、目が離れて、鼻が無く、鼻孔が顔の真ん中あたりにある、カエルのような顔をしている者が現れた。


 白いローブを羽織り、右側には、がっしりと裸のネコの亜人を抱いて、にやけた表情で出て来た、そのモノは…『アバァ』である。


 「出やがったな…化けガエル」とアルベルトが言葉にする。

 その言葉に一同が村を見た。

 アサトは、犬のイィ・ドゥを拘束してから、その方向へと向いた。


 …あ、あれが…『アバァ』……


 『アバァ』はニヤケた表情で辺りを見てから、ジェンスの後方にある檻に奴隷がいない事を確認すると、離れた目を細めた。


 「行くぞ…」

 アルベルトが村へと向かって進みだし、その行動に一同が顔を見合わせる。

 「…もうチェックメイトだ…。俺は奴に用事がある」と進みながらアルベルト。

 一同は不思議な表情を見せながらアルベルトの後について進みだした。

 「クラウトさん?」とシスティナが声をかける、その声にシスティナを見るクラウトは、アルベルトらが、村に入って来るのを見た。


 「…クソ眼鏡…お前も必要だ」

 正面門を通り過ぎ、叫んでいるアルベルトに向かって、メガネのブリッジを上げてからシスティナを見た。

 「…あいつは何をする気なんだ?」

 その言葉にクラウトを見ていたシスティナは、アルベルト、そして、アサトらを目で追い、アサトの傍には、先ほど逃げて行った犬のイィ・ドゥを凝視していた。


 進んでくるアルベルトらを見た『アバァ』は肩をしぼめて…。

 「やれやれ…、なんでそう言う事をするんでしょうね…」と言葉にしてから、手で抱いているネコの亜人の女に向かって長い舌を出すと、ネコの亜人のヘソ辺りに持ってきて、上に向かって舌をゆっくり這わせた。


 涎か粘液かわからないが、ネコの亜人の体が濡れる。

 その舌先は、胸のあたりに来ると、胸の形をなぞってからピンク色の乳首を刺激し、そして、上…首筋を通ってから顎を舐め…口のなかに入れると、うっとりとした表情を見せた。

 その匂いが強烈なのか、ネコの亜人の女は、大きく顔をしかめている。


 舌が口の中を掻きまわしている事がわかる、頬がいびつに膨れ上がるのが見えた。

 その状況を見ていたケイティは「おぇ」と声を出し、一番前を歩くアルベルトは舌打ちをしていた。

 犬のイィ・ドゥを伴っているアサトは、顔をしかめて、その状況を見ていた…。

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