第33話 涙の訳… 上

 「ベンネは、戦闘開始と共に光の防御を全員に!そして、トルースを先頭にケビン、サブでチャ子。ロマは…」と指をさす。

 その方向は…ポップの畑である。

 「ロマは、彼らを助けて…ベンネは、ロマに多めの光の防御を…わたしは、両方の後方支援をする…。そして…わたしが最初の一撃を…ポップにいるオークに放つ!」と力強く言葉にした。


 一瞬の判断であり、これが、間違った判断である可能性がある…だが…。

 レニィはロマジニアの戦闘力に賭けた、安易ではあるが…、そして、描いた戦闘風景…、その風景にも賭けた…、ほんとに安易ではある…だが…。

 可能なら、全員が助けられる…。


 ……ジェンスサイド……


 『オークプリンス』の盾が2体を弾き飛ばすと、先ほど蹴られて起こされたゴブリンが、物々しい音に飛び起きて、その2体を目を見開いて見ていた。

 檻には髭の人間とドワーフがカギを壊して、拉致者を逃がしだそうとしている所である。

 倒れた2体のゴブリンに人間が飛び乗り、首に一撃を突き立てている。

 その後ろには、オーク、それも3メートル近いオークが、恐ろしい瞳でこちらを見ている…。

 「グ…」

 声が出ないゴブリンは、そのオークの圧倒的な気迫に失禁をしていた。


 ジェンスは、逃げようとしているゴブリンの背中に剣先を突き立て、細く小さな体を貫通させると、大きく息を吐きだした。


 「ジェンス」と『オークプリンス』が指をさす。

 その指先をみながら振り返ったジェンスの目の前には、ゴブリンが失禁をして立ち尽くしていた。

 大きく息を吐きだしたジェンスは…。


 「ごめん!」と叫ぶと、ゴブリン目掛けて剣先を突き出した。

 ゴブリンはその剣から逃げ出すように後ろに倒れ込むと…。


 「グッギャァァァァァァァァァ!」と大きな悲鳴か、それとも警戒の声か、分からないが、とにかく村全体に響くような声を上げた。

 その声を聴いた醸造所とポップ畑。

 最初に気付いたのは…、ポップ畑のオークであった。


 ……レニィサイド……


 声の方向へと、一斉に顔を向けるオーク。

 そのオークに向かって…。


 「行くよ…、全員、戦闘開始!」とレニィは声を上げる。


 その声に弾かれたように一同が駆け出し始め、その一同に光が纏い始める…1層…2層…と…。


 「灼熱の淵に住まわれし紅蓮の神よ…わたしに力を」とロッドを高々に上げ、「5連の火焔玉!」とポップ畑にいるオークめがけて振り下ろしたレニィ。

 そのレニィの頭上に直径30センチ程の火焔の球が5個現れると…。

 一斉にポップ畑に向かって走り始めた。


 駆け出している、トルース、ケビン、そして、チャ子にロマジニア…。

 火焔玉は、その頭上を走り、ポップ畑に向かって進んでゆく、その姿を見たロマジニアは身を屈めると四つん這いになり、チャ子らを追い抜いてポップ畑に向かった。


 チャ子らの気配を感じた醸造所の犬のイィ・ドゥらは、悲鳴が聞こえた方向から、チャ子らに視線を移し、犬のイィ・ドゥらは、それぞれ腰に携えている武器を手にする。


 その姿にトルースが盾を両手で持って突進をし、その後ろにはしっかりと前を見ているケビンが剣を手にしていた。

 その後ろでは、チャ子が…短剣を両手で持っている。


 「チャ子…。大丈夫?」とケビン。

 その言葉に小さく頷くチャ子…だが、耳が垂れ下がっている。

 その耳を見たケビンは、前を向いて…。

 「チャ子…僕らは仲間だ…君の本当の母さんの仇…僕らにも…」と言葉にした。

 その言葉に「ケビン…」とチャ子。


 「行くよ!狩るぞ!」

 トルースが声を上げて犬のイィ・ドゥへとぶつかった。

 犬のイィ・ドゥは剣で盾を叩く、その剣を防ぐトルースに向かってくる2体の犬のイィ・ドゥ。

 その姿を確認したケビンは、トルースの脇を抜け、剣を振り下ろしている犬のイィ・ドゥの脇を斬りつけた。


 「チャ子!」と声を上げる。

 その言葉に、ピンと耳を上げたチャ子は、「お父さんも戦っている!」とポップ畑に指をさした。その方向では…。


 4体のオークが煙に包まれている…と思ったら、もう一撃、火焔の球がオークらを襲う。

 矢継ぎ早に火焔の球が4体のオークを攻めている。

 その場に近づく豹の亜人、ロマジニア。


 醸造所から村の後方にあるポップ畑まで20メートル程である。

 彼にとっては長くない距離。

 チャ子らが一戦始めた直後には、その場近くまで進んでいた。


 煙に包まれている1体のオークの前に着くと立ち上がり、腰に携えていた剣を抜き、煙に形を作り出しているオークの胸元に突き刺して柄をひねった。

 その直後に火焔の球が近付いてくるのを感じたロマジニアは、すぐさまに離脱をして、次の対象へと動いた。

 その動きは、豹特有の俊敏な動きであり、隙の無い動きであった。

 次の標的の背後に回り、その首に手を回し、顎を上げた体勢をとらせると首に剣を突き立て、そして、柄をひねり、左右に傷口を広げると、その場を離脱する。


 そして…。


 「お父さんは…お母さんの仇を討っている…チャ子!覚悟を決めろ。これを乗り越えるんだ!」

 向かってくる犬のイィ・ドゥに向かい剣を突き付けたケビン。

 その後ろ姿を見ていたチャ子は、大きく深呼吸をする。


 「あたしも…狩る!そう決めたんだ。かあさんにも言った…アサトも、アルも…インシュアも…みんな……。チャ子も行く!旅に!」と声を上げると、トルースの後方に就いた。


 ケビンが犬のイィ・ドゥの剣と鍔迫り合いになる。

 そのタイミングを見計らって、チャ子が出て、次に向かって来た犬のイィ・ドゥの前に立つと身を屈めて、横に逃れて背後を取り、その犬のイィ・ドゥの後ろに飛び乗った。

 そのチャ子を狙って、別の犬のイィ・ドゥが剣を突き立てる。

 そこにトルースが大剣を突き出しながら、チャ子に首を絞められている犬のイィ・ドゥの脇を通り、襲おうとしている犬のイィ・ドゥの胸に剣を突き立てた。


 その姿を見たチャ子は…、


 …トルース…泣いているの?


 トルースは、勢いをつけたまま、犬のイィ・ドゥもろとも倒れ込んだ。

 チャ子は、トルースから視線を犬のイィ・ドゥの後頭部を見て…。

 「ウンニャァァァァぁ」と声を上げて短剣を突き立てた。

 ガハァッと言う声がもれると膝から崩れ落ちる犬のイィ・ドゥ。

 チャ子は、ひらりと離れて立ち、犬のイィ・ドゥを見下ろしている。


 その感触…、チャ子は手にしている短剣の柄を見た。


 手は真っ赤に染まり、その剣先からは血がしたたり落ちている。

 突き立てた時の記憶は…もう既にない…すでにないのではない。

 あるのだが…それは…。

 狩りの現場を幾十、幾百と見て来たが、それは見ていただけであって、狩っている訳では無い。

 ほとんどピクニック気分で狩りの現場に出ていた。


 アルベルトの弟子になっても、狩りと言ってもハンティングベアーやノブタ程度であり、人型のマモノを狩る事は無かった…、それが、どの位、重い事なのだろうか…。

 今まで立っていた者が、今はそこで肉の塊、動かない屍になっている。

 もう、襲っても来ないし…もう…動かない…この人は、干し肉も食べられない…、この人はもう……。


 トルースがなんで泣いていたのかが分かった気がした。


 色々考えれば、怖い事をしている、簡単に狩猟者になると言ったけど、狩る事は、全てを終わらせる事、その人が、チャ子のように干し肉が好きな人なら…もう食べられない…。

 それは、チャ子にとってもふりかかる出来事である。

 アサトが初めて狩りをして泣いていた時は、笑っていたが、アサトがどうして泣いていたのかが分かった…。


 それは………。

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