第28話 システィナの魔法と『カンナ』への出発 下

 「首尾は上々のようだな…」

 近づいたアルベルトに、インシュアが声をかける。

 「あぁ…おまえらも、そうみたいだな」

 その後ろでテレニアが笑みを見せ、手にしている小さな篭から、妖精がアサトらを見ていた。


 「アサト…銀髪が何か持っている!」

 テレニアの篭に入っている妖精に食いつくケイティ。

 「あぁ…たぶん妖精だと思う…アルさん達は、妖精の救出に向かうと言っていたから」

 「…そっか…今度は妖精か…」

 ケイティが背後で何かを考えているような雰囲気を滲ませ、その事が何となくわかったアサトは小さくため息をついた。

 「…買えないよ、ってか売っていないし、種族だからね…」

 「知ってるよ、そんなもん!」

 声を張り上げたケイティは、アサトの背中に顔を預けて、テレニアの手元にいる篭を黙って見ていた。


 門につくと馬を止め、エンパイアの狩猟人が数人いたので、クラウトとアルベルトが近付いて話を始めた。

 ケイティは…、テレニアにべったりと付きっきりになって、籠の中を覗き込んでは、目を潤ませていた


 …うちの姫は、動物じゃないのに……。


 とりあえずギルドに戻り、討伐の結果を報告する。


 タイロンはジェンスとトルース、そして、ケビンに戦闘の行い方を訓練しているようであり、トルースを前においての攻撃、これは前衛の攻撃で、アタッカーとしては熟知しておかなければならない事であったので、午前中、時間をかけて訓練をしたようだった。


 アサトらは午前3時に南門に急遽招集されて、先ほどの一団らを討伐に向かった。

 前日の夜にエンパイアからの情報を得たアイゼンが、アルベルトとクラウトに連絡をして、両者が決めたようであり、本来なら、午前中にタイロンと共にジェンスらの訓練に参加する予定であったが、この件で、アサトは参加が出来なかったのだ。

 朝も早かったので、ナガミチの家で、早朝の参加者は休息をとった。

 出発は午後15時。討伐戦開始は、午後18時と言う事である。



 南門

 午後14時30分あたり…。


 馬車を用意している場所にアサトが眠い目をこすって現れる、すでに、出発の準備が整っているジェンスらが談笑をしていた。

 ジェンスは、頭に赤いバンダナを巻いてあり、武装は、胸当てに肘あてと手首を守る金属、膝あてに脛あての軽装であった。

 タイロンが言うには、ウィザの店で見繕ったモノのようであり、動き易さを重視した、アサトと同じような格好がいいとの注文であったので、タイロンとウィザで見繕い、支払いは、チームの資金から出したそうである。


 そう言えば、資金がそろそろやばいと言っても、窮地ではなく、今まで依頼や狩りなどで収入を得る場面が無かった、まぁ、『ゲルヘルム』以来、襲ってくるようなマモノもいなく、また洞窟のような場所も無かったので、『ゲルヘルム』以降は目減りする一方との事だった。

 クラウトから、黒鉄くろがね山脈を越えたら、色々と挑戦をしてみようと相談されていたので、クラウトの指示に任せると返しておいていた…。

 とりあえず、クレアシアン討伐までは、その事は保留にしておくことにした。


 トルースは体中を鎧で守っている、頭にはスイカを半分にしたような形の兜をかぶり、いつものように盾を磨いていた。

 ケビンも鎧を着こんでいる、この中では、狩りには経験のあるモノ、でも、今回は、ゴブリンでは無く、それ以外のオークや獣人の亜人、イィ・ドゥなどである。

 ゴブリンよりも戦闘力が高い事をアリッサが、色々と説明をしていた。


 セラは、お決まりの銀色の外套に身を纏い、体程の長さを持つ、黒いロッドを手にしていた。

 狐の爺さんからもらい受けた武器である、いよいよ使う時が来たようだ。

 今までは、力が必要なかったと言う事で、セラ愛用のロッドを使っていたが、今回は本当の闘い。

 クラウトの話しでは、ロッドの性質により召喚獣の力も変わって来ると言う事で、受け継いだロッドから誘われる召喚獣の力を見てみたいとの事であった。


 その傍には、ケイティとシスティナがいて、レニィが笑みを見せながらロッドを高く掲げていた。

 そのロッドは、今までシスティナが持っていたロッドであり、中古だが魔法石が3個装備でき、システィナの使っていたバックを肩から下げていたので、魔法石も渡したようである。

 ただ、レニィは、火焔の魔法と水の魔法は使えるようだが、風はまだ使えない事であったので、今回は、火焔と水を使うようであり、その魔法石は、すでにロッドへ装着済みのようであった。


 ベンネルとオースティは、その輪の外側で話をしている。

 彼女らも神官服を着こんできていた。

 テレニアが傍に来ると、何やら話をして笑みを見せている。


 …和やかな雰囲気だな…。


 しばらくすると、チャ子がサーシャと共に現れた。

 チャ子は小さな胸当てに肘あて、肩当てと手首を守る防具を着け、ミニのスカートに膝当てと脛当て、両腰に短剣、その傍には、重そうな布の袋、多分、投げビシが入っていると思われる袋をぶら下げ、反対側の腰には布を下げている。

 その布は、血を拭くための布である、アサトも、アルベルトも戦闘時にはいつも備えているものだ。

 そのいでたちのチャ子は、黄色地に黒い斑点のある、長く細い尻尾を左右に振りながら向かってきていた。


 チャ子らの後ろには、腕組みをして冷ややかな視線のアルベルトとアイゼン、そして、ギルド・エンパイアのリーダー、フレシアスの姿が見え、その後方には、スカンらの姿とディレクのチーム6人、エンパイアの狩猟者らと思う姿も見えていた。


 一同がその姿に気付き、各々立ち上がって、皆が集まるのを待った。


 「…それじゃ…時間だ。課題は向うに行ったらだす。」

 アルベルトの姿に、ジェンスが馬を連れてくると、その馬に乗った。

 「皆の無事を、ここで待っている」

 アイゼンが言葉にすると、その言葉に一同は頷き、馬車4台に乗り込み始めた。


 チャ子はサーシャの顔を見る。


 「…チャ子…」

 「うん。かあさん…。大丈夫だよ。アサトもセラッチも…シスもケイティも、アリッチも…そして、チャ子の仲間もいるから」

 「気をつけてね…、かあさんはここで待っているから…」

 心配そうな表情を浮べながら、上着の襟を正してあげているサーシャの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 「…やめてよ、かあさん。…チャ子恥かしいよ…」

 小さく照れると、サーシャはチャ子を抱きしめて…。

 「そうね、ごめんねチャ子…。行ってらっしゃい」と小さく言葉にした。


 その言葉に小さく頷き、「うん…かあさん。行ってきます、かあさん……」


 チャ子も、サーシャのぬくもりを感じたのか、目を少しばかり潤ませて言葉にすると、サーシャから離れて目を袖で拭い、大きな笑みを見せて荷馬車へと駆け出して行った。

 その姿を見て口を押さえるサーシャ。


 「大丈夫だよ、アルベルトもいるし、クラウト君もいる…それに、一番大事なのは…わたし達が。チャ子を信じてあげなきゃ…」

 アイゼンはサーシャの肩を抱いた。

 その肩にもたれながら、「…大きく…なったのね…」と呟くように言葉にした。


 馬車は、南門へと向かう。

 その姿を、アイゼンとサーシャ、そして、フレシアスは、しっかりと見送っていた…。

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