第15話 動き始めた非の波… 上

 蝙蝠は、24時間後に帰って来るとの事であったので、アルベルトとセラ、そして、テレニアとサーシャは修行場へと向かい、クラウトは、依頼所にある資料室に、ゴーレムの情報を得に向かった。

 ロマジニアは、アイゼンが話があるとの事だったので、アイゼンの部屋に残った。


 その話とは…。


 数日前の夕刻…、噴水広場にて…。


 セラとチャ子は走っていた…。


 何かから逃れる為である…と言っても、ケタケタと笑いながら逃げていて、切迫感は無かった。

 

 最近ジェンスの行動がおかしいので、探りを入れようとしていたケイティは、サーシャが出した座学の宿題をせずに、遊び惚けていた事で、サーシャに居残りで宿題をギルド内でやらされる事になり、セラとチャ子にお願いしたのであった。

 隠密行動よ!とケイティに言われていたが…というか……ジェンスもそうだが、アサトとサーシャにまで見られた…、隠密とかの話しではない状態と、ジェンスの売り子姿が可笑しくてたまらない感じであった…。


 まっ、それはいいが…。


 チャ子とセラは、噴水の場所に着くと、大きく深呼吸をして呼吸を整え、大声で笑い始めた。


 「…みた?セラッチ。ジェンス…『いらっしゃぁ~い』だって」

 「うん…みたみた…昔からバカだと思っていたけど…ほんとにバカだった」

 「でも…可愛かったね、あの子」

 「うぅん?そうかぁ?」

 セラは、袋からキャラを取りだして舐め始め、その姿を見たチャ子もキャラを出して舐め始める。


 「インシュア怒っていたな…」

 キャラをもごもごさせながらセラが言う。

 「大丈夫だよ…、インシュア優しいから」

 同じ状況でチャ子が答えた。


 それもそうである、ツケを払いに行ったインシュアが、キャラと干し肉の分もツケに入っていたので、金が足りなく、家に戻って来て、また払いに行ったのであった…。


 「今度は、ちゃんと言わなきゃ…キャラ食ったって…」とセラ。

 「それに…、干し肉も」と大きな笑みを見せたチャ子。


 「…チャ子…ちゃん?」

 どこからともなく名前を呼ばれたチャ子、そして、隣にいたセラは、耳を立て、2人同時に声の方へと視線を向けた。

 そこには、見慣れない外套に、フードを目深にかぶった背の高いモノが立っていた。

 2人は不思議そうにそのモノを見る。


 「ご…ごめんね…」

 男はフードを取った。

 そこには豹の亜人の男が、優しい瞳でチャ子をみていた。


 「だ…誰!」

 チャ子がセラの前に立って短剣を抜いてみせた。

 その行動に、豹の亜人の男は手を伸ばし、掌を見せて、交戦の意思がない事を示して見せた。

 「いや…怪しい…か…、ほんとごめんね。わたしは、ロマジニア…」

 小さく笑みを見せてみる。


 「ロマジニア?」

 チャ子は首を傾げていると、その後ろでセラが目を見開き、チャ子の頭に付いている耳を見た。

 「…あぁ、急に声をかけてごめんね…」

 ロマジニアは、申し訳なさそうに話しかけた。

 不審そうに見るチャ子、その後ろでセラがチャ子の背中を小さく小突いた。


 「…知り合い?というか…同じ耳に…目の上に同じ斑点…」

 指をさすセラの行動に、男の額を見る。

 そこには、チャ子にもある黄色地に黒く、同じ形の斑点があり、耳も同じ形で同じ色であった。

 「…知らない!こんな人…行こ!」

 短剣を仕舞って振り返り、セラの手を取った。


 「あ…まって…」

 ロマジニアが制止を促した。

 「あんまりうるさくすると、かあさんに言うよ!」

 「か…かあさんて…マリアンか?」

 目を見開いたロマジニアの表情を見て小さく首を傾げるチャ子。

 「マリアン?」

 「…そう、お前のかあさんは、マリアンって言うのか?」

 その言葉に目を細くしたチャ子は……。


 「チャ子のかあさんは、サーシャだよ!ギルド・パイオニアの偉い人だからね!チャ子もパイオニア所属の狩猟者見習いだから!」

 「パイオニア…、サーシャ…」

 チャ子の言葉に呟くロマジニア。


 「マリアンなんて知らないし、あなたも知らない!これ以上変なこと言うなら、かあさんに言うよ!アイゼンのおじさんも怖いし、アルなんか殺しちゃうかもよ!」

 大きく声を荒げたチャ子は、振り返り進み始めた。


 「…違う…違うんだ…きみは…」

 駆け寄ったロマジニア。

 「君は、俺の子供。そして、きみの母親はサーシャではない。マリアンだ!」

 「え?なに?」

 「マリアンなんだよ…その顔、そして、その怒った時の表情も…笑っていたキミを見ていたが…そっくりなんだ…マリアンに…」と肩を掴む。


 「な…なに言っているの!なに…マリアンって!チャ子の…」

 「そう、今の君のかあさんはサーシャと言う人かも知れないが、見て見ろ、その耳と俺の耳。そして、額の斑点…君はマリアンの面影を持ち、そして、俺の遺伝を…」

 「違う!違う違う違う違う…」

 体を揺らして手から逃れると、手にしていたキャラをロマジニアに投げつけた。


 「違う…チャ子のかあさんは…サーシャ!サーシャだけしかいないの!」と言うと振り返り走り始め、そのチャ子を見ていたセラも追いかけるように、その場を後にした。

 ロマジニアは去ってゆくチャ子を見ていた…。


 …現在……

 「チャ子には…悪い事をした…」

 「…」

 目を閉じて話を聞いているアイゼン。

 「だが…確かなんだ。彼女は…」

 「あぁ…そうかもしれないな」

 目を開けて、ロマジニアをしっかりと捉えた。


 「だが…君が取った行動は軽率すぎるし…周りを混乱させてしまった…。チャ子だけではない、今まで育てたサーシャは、ひどく落ち込んでいた…」

 鋭い視線でロマジニアを見る。

 「すまない…」

 「…サーシャも、いずれチャ子には本当の事を話さなければならないと思っていた、だが…こんな形で知らせたくなかっただろう…」

 席を離れたアイゼンは、窓から外を見た。


 無言でうつむいているロマジニアを、ガラス越しでその姿を見ているアイゼン。


 「…とにかく…。今はそっとしておいてほしい。…それに」

 振り返りロマジニアをしっかりとした視線で見る。

 「チャ子の家族は、君ではない…サーシャであって、我々である。エイアイにDNA検査をしてもらい、君とチャ子の親子関係を調べると言ったが、君に似た面をチャ子がもっているような感じもする…だから、チャ子は、君の血を受け継いでいるのは間違いは無いだろう…だが…、君には不本意だと思うが…彼女は…チャ子は、サーシャが名前を付け、そして、寝ずにミルクを与え、また、病気の時も看病をし、色々な事を学ばせて…今に至っている…。彼女は…母親をやっているんだ…。それは、君の奥さんが、サーシャに託した事なのかも知れない…サーシャがあの時…、手を差し伸べていなければ、チャ子は、あのまま死んでいた…。」

 目を閉じ、息を小さく吐きだしたアイゼンは、言葉を続ける。


 「…彼女が母親で…我々が…家族…。その事を踏まえて、これからは行動をしてもらいたい…」と頭を下げて…、「…」と付け加えた。

 その行動を見て、ロマジニアは握りこぶしを作り…。


 「…俺は…俺は…世間知らずだ…。君らの事を考えずに…頭まで下げさせてしまって…。謝るのはこちらだし、感謝もしなければならないのもわかる…本当に…申し訳ない…。あなたが言った事は、もっともな事だ…。…12年…、マリアンを探し続け、生きていると願っていた…そして、彼女に会った…それで、おれは…自分を見失ってしまった…。それで…おれは…、…ありがとう…そして…すまなかった、これからは、君の言う事を守る……。」と大きく頭を下げて謝罪をした……。



 アイゼンは、ロマジニアの言葉を聞くと頭を上げ、謝罪をしている姿を黙って見ていた……。

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