第9話 いよいよ卒業試験…、『ネシラズ』討伐戦。 上

 「…ったく、どうしたらいいんだ?」

 ジェンスは剣を構えたままで言葉にし、アサトも太刀を構えて鉱山入り口を凝視していた。

 「…わからない…」

 ジェンスの言葉に力なく答えたアサト。

 あれから2人は、かなりの時間、その状態で入り口を見入っていた。


 影は無い…でも中は真っ暗である。

 背中は見せないで、後退するのも手ではあるが、ただ、奥に入れてはいけない…、でも、もう奥に行ってしまった…ような雰囲気も…。


 アサトは目を凝らしている。

 坑道内は真っ暗であり、外の光で数メートル先は確認できるが、その先は…わからなかった。

 

 ……中に入って状況を確認する方がいいのか…それとも…判断できない…やっぱりクラウトさんがいなきゃ…。


 と…遠くから何かが聞こえる…それは…、アサトらが来た道ではない方から聞こえる、馬の蹄の音であった。

 その方向は…反対側の小道である。

 ここから『デルヘルム』を囲う壁までには、鉱山は無いはず…となれば…。


 道から聞こえる蹄の音は1つである。

 また、壁内での馬の騎乗は禁止事項となっている…。

 それなのに…。


 その姿は時間を掛けずにあらわれた、冷ややかな目で眉間に皺をよせている表情のアルベルトである。

 なら…壁内の騎乗も、何となく納得がいった…。


 「…ッチ。おいクソガキども!」

 アルベルトはその場に来ると、アサトらに声をかけて入り口を見る。

 「アルさん!」

 言葉をかけたアサトに対して、無言で馬から降りると手綱を渡した。


 「状況は?」

 「ハイ…。今までそこで対応していたんですが…中に入られたみたいで…」

 手綱を受け取ったアサトが答える。

 「ッチ。とにかく馬を繋いで来い、帰りが面倒だ!」


 …え?帰りが面倒って…。


 アサトは近くにある、馬を係留する場所に馬を繋ぐと入り口を見た。

 アルベルトは腕組みをして入り口付近を冷ややかな視線で見ている。

 その隣では、ジェンスが剣を構えたままであった。


 「…ッチ。ったく…どうしてココなんだ?」

 アサトはアルベルトに近づき、「けがをしているみたいです」と言葉にした。

 「…けが?」

 アルベルトは目を細め辺りを見渡した。


 すると、多くの足音と息遣いが聞こえて来て、インシュアを先頭にタイロン、トルース、そして、スカンら一同、チャ子も最後尾を駆けて来たのが見えた。


 「なんだ!さっき見て来たが。あんなデカい足跡は初めてだぞ!」

 インシュアが息を切らしながら叫んだ。

 アルベルトは、眉間に皺を寄せて下を見る、そして、その足跡をたどり、インシュアらが来た方向へと視線を動かした。


 「本当にネシラズか?」

 インシュアがアサトの傍に来て訊いてきた。

 「たぶん…でも、確かにおっきな熊がいました!」

 「おい、クソガキ2。そろそろそれを下げろ」

 傍にいたジェンスに向かって、言葉を発したアルベルト。


 …クソガキ2って…たぶん、ジェンスなんだろう…。


 ジェンスは、自分が言われたことを確認したのか、剣の柄を握っている手から力を抜いた。


 スカンがアサトの傍に来て入り口を見る。

 

 「ごめん、そこまでは来ていたんだけど…、中に入られた」

 「いや…仕方ないよ。でも…これで、僕らも卒業試験が出来る。」

 スカンは深呼吸をして振り返った。


 「みんな…戦闘準備だ!ディレクさんが来て、課題を出されたら…始める!」

 一同にむかい声をかける、その号令に、スカンら一同は準備を始めた。


 「スカン…中に人がいるかもしれない」

 「あぁ?中にかぁ?」

 アルベルトが冷ややかな視線をおくって来た。

 「はい…ジェンスの知り合いのお父さんが、帰って来ないと言う事だったので見に来たんです。とりあえず下に降りる所まで行ったんですが、そこで熊に遭遇して…」


 「なぜいると言える」

 「希望です…、確信は無いですが、多分、あいつは下には…」

 アルベルトに話している最中にシスティナらが現れたのがわかり、そちらに視線をおくった。

 スカンとアルベルトも視線を移す。


 ギッパやレイトラ、そして、クレラと…、残りのスカン一同が見えたので、スカンがその者らへと進み、少し離れた場所で準備に入った。


 「ケガをしているから…下には下がれないのか…」

 アルベルトは崖を見上げ、そのそばにインシュアが立ち、同じく崖を見上げた。

 アサトも見上げる。


 崖は、数十メートルはあるであろう…高い所では、百メートル近いと思われるが、この上には行けない事はない、断崖絶壁であるが、足場らしい足場が何か所かは見えた。


 「…話だと、2トンはあると…」

 上を見ながらインシュアが言葉にする。

 「…あぁ、だから、崖は考えにくい…、坑道が壁の外に出ているということは無いはず…なら…」

 アルベルトは、崖沿いを壁の方角へと視線を走らせた。


 「壁を越えたのか…」

 静かに言葉を発したアルベルト。

 「あぁ…おれもそう考えるな…4メートル近い巨体…でも、昨日見た時には…」

 「崖…では無いですか?」

 2人の会話に入るアサトも、壁がある方を見ていた。

 「崖って」

 隣にいたインシュアがアサトを見下ろす。


 「壁に当たらないように…崖をつかって…」

 インシュアの視線に俯きながら言葉にする。

 「…ッチ。そうかもな…、足を怪我している事を考えると…崖を伝ってきたか…、とにかく、どっかで落ちたんだ…。そうとしか考えられない、それは後からでもいい…」

 視線を入り口に移したアルベルト。

 アサトは、アルベルトが見ていた方向を見てから崖に視線を移した。


 ……崖を使って…なんて、簡単に言ってしまったが、なんの根拠もなく発した言葉だったが…。


 しばらくすると、多くの足音が聞こえて来た。

 その音が近づいてくると、「準備は整っているか?」とディレク…。

 耳に3つのピアスが印象的な大柄な男が、体に比例したような声を発しながら現れ、彼に向ってスカンらが駆け寄る。


 「とにかく…今日が卒業試験だ。いきなりだったが、お前らには心の準備は、いつでもしておけと言っている。大丈夫だな?」

 その問いに大きな返事をするスカンら一同。

 その光景を見ていたアサトは、自分らの卒業試験を思い出していた。


 あの時は、システィナの敵討ちを兼ねた一戦である。

 クラウトが指示を出して、タイロンがアサトを守り、システィナは、弾けそうな思いを抱きしめていた。

 インシュアやアルベルトが補佐をしてくれると言う事で、半ば安心感もあった。

 3日はかかったが…、無事に狩れた。

 『ギガ』が目的とは言え、アルベルトやインシュアの手伝いが無ければ…。


 アサトは小さく笑みを見せた。


 スカンらは…自分らの力で狩る…その力…見せてもらおう、あの旧鉱山から成長した姿を…。

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