第7話 そのモノは…なぜかここに居た! 上

 「ジェンスさん!ジェンスさん…」

 泣き声で連呼して近づいて来るバネッサは、到着すると同時に、小さくジェンスの体に手を付いて気持ちを落ち着かせ始めた。

 「…バネッサさん?なにかあったの?」

 アサトの言葉に、視線をアサトへ向けた。

 「お父さんが…」

 今度はジェンスを見る。

 「帰ってこない!」

 悲壮感をあらわにした表情で、ジェンスを見ていた。


 「帰って来ないって言っても…」

 驚いている表情のジェンス。

 「そうだよ…、どこかで」

 アサトは、バネッサの表情を見ながら言葉にした。

 2人の言葉に首を横に振っている。

 「…そんなことは無いの、お母さんが横になっている事を分かっているから、」

 大粒の涙を流し、目を腫れらかして言葉にした。


 「…どうしたぁ?」

 ケイティが不思議そうな顔でこちらに来る。

 「…おかあさんは…今、妊娠しているの…、つわりがひどくて寝ているの、それをお父さんが知っているし、お母さんを寝かせてあげるから早く帰って来ていたの…」

 アサトとジェンスは顔を見合わせて「妊娠?」と声を上げる。


 「ウン。そう…弟か妹かわからないけど…」

 バネッサが崩れた笑みを見せ、ケイティが身を乗り出してきている。

 「…そうか、なら帰って来ないのはおかしい!」

 ジェンスが言い、アサトを見た。

 「そうだね。じゃ…バネッサさん。とりあえず場所はどこかな?」

 焦っている表情の2人を見てから、深呼吸をして聞いた。

 「西側にある第10鉱石鉱山…、街の中にある鉱山なんだけど…」

 「…じゃ…行ってみよう!」

 アサトは近くに置いてある太刀を手にし、ジェンスも背中にヴェラリア鋼で出来ている剣を背負い、ケイティも短剣を取りに向かった。


 「バネッサさんは家で待っていて、僕らが見てくる、戻ったらジェンスが報告に行くから」

 駆け出しながらアサトがバネッサへと指示を送る。

 「あぁ、とりあえず待っていて」

 その後にジェンスが声をかけた。


 バネッサは大きく頭を下げ、「お願いします」と言葉にした。

 その言葉に大きく頷き、ケイティを探す。


 ケイティは筋トレの建物から出てくると崖に指をさし、「崖沿いに行こう!」と声を放った。

 その言葉に頷き、一度バネッサを見て小さく頷くと、ジェンスとアサトはケイティの指す方角へと進んだ…。


 牧場から、第10鉱石鉱山までは、崖沿いを進んで20分ほどである。

 その鉱山までには、3つの鉱山があり、その帰りと思われる工夫らの姿があった。

 ジェンスの話しでは、ヘルメットと言われる鉄で出来た頭を防ぐ帽子に、数字が書かれており、その数字は、鉱山の番号であるようだ。

 確かに、すれ違う工夫は、10以外の9と8…そして、7である。

 もう交代の時間をかなり過ぎているので、すれ違う人は少ない。

 2の鐘で交代のようである。

 ただ…、第9鉱石鉱山を通ると、すれ違う人がいなかった。


 いやな予感がする…。

 鉱山なら…落盤?でも、誰も来ない…と言うのがおかしい…。


 第10鉱石鉱山目前で、前を走っていたケイティが立ち止まり、足元を見ていた。

 その場にジェンスが止まり、アサトが止まる…。

 「…これ…」とケイティが指を指す…。

 「…これって…」とジェンス。

 アサトは目を細めてその形を見た。


 その場には、長さ50センチはあると思われる足跡があり、その足跡は、まっすぐに第10鉱石鉱山へと向かっていた。


 「…それは…ないでしょう」とアサト。

 「『ネシラズ』?」とケイティ。

 「まだ、姿を見ていない…とりあえず…」

 ジェンスは剣を背中から抜いて、小さく見える第10鉱石鉱山に視線をおくった。

 「確認しよう…僕が前に、ケイティは僕の後、…ジェンスは後方を警戒しながらついて来て」

 アサトが指示を出す、アサトの言葉に頷く2人。


 アサトを先頭に進む。

 足跡は、確かに獣の足跡である。

 右側の足跡と思われる方は、着いた後に引きずっているような線が見えていた。

 ゆっくり辺りを見渡しながら進み、第10鉱石鉱山の入り口前に着く、縦2メートル、横2メートル程の入り口があり、中は木材で補強されていた。

 たどって来た足跡は、この穴に向かって進んでいる…。


 「どうする?」

 ケイティが、アサトの背中の服を掴んで小さく言葉を発した。

 「どうするって…」

 アサトとジェンス、そして、ケイティは、その中をしばらく見ていた。

 「とりあえず…行こう!」

 アサトは言葉を発すると、意を決したように、入り口に向かって進み始め、恐る恐るケイティが続き、ジェンスも生つばをのみながら辺りを見渡してついて行く…。


 入り口の手前で使用済みの松明を見つけ、ケイティが持っている非常用の打ち火を松明に点け、中へと進んだ…。


 真っ暗な坑道は、まっすぐに伸びていて、光のかけらとは違い、松明の火なので、すぐ先しか見えない。

 松明をケイティに渡し、アサトは太刀を抜いた。


 天井から落ちる水滴がこだましている。

 ひっそりとした坑道は、小さな音でも響き渡るような静けさがあり、その静けさのせいでもあろうか、やけにひんやりと感じた。

 若干右に曲がる道を進むと少し下る坑道になり、しばらく進むと、木で補強されている場所が終わって、ゴツゴツとした岩肌となった。

 そこを進む…、横穴は存在してはいなく、篝火が設置されていると思われる場所が壊れてもある…。


 …だから…暗いのか?


 アサトは慎重に前を見据えて進む、少しばかりの上下した道を進むと、薄暗くと言うか、ほのかな光が小さく立っている場所が見えた。

 その場所に松明を向けて確認をする。


 そこは空間になっていて、真ん中あたりからほのかな光が見えていた。

 アサトは目を凝らしながら、その空間を確認する。


 真っ暗で大きめの空間は、光が届かないせいもあって、どのくらいの大きさなのかはわからないが、ほのかな光にぼんやりと、レンガで60センチ程の高さの壁みたいなものと、そこから梯子と思われる木が数本出ているのが見えた。

 アサトは、ゆっくり…そして、暗闇に包まれている周辺を警戒しながら、その壁に向かい進んだ。

 壁の場所までくると、警戒しながら壁の向こうを覗き込む。


 そこは昇降用の穴と思われる場所のようであった。


 壁の向こうには、直径2メートル程の穴があり、昇降用の梯子がかけられてある。

 下には篝火がたかれているのであろうか…、柔らかな光が揺らめいているのが確認でき、その灯りがこの穴からほんのりと漏れていたようであった。


 穴から視線を再び、空間に持って来る。

 空間は真っ暗である。


 アサトは、ケイティから松明を受け取り、下にむけて大きな足跡を探す…。

 足跡は、多くの人の足跡を踏みつけて…、前方へと向かっていた…と、目を凝らして暗闇を見る。


 暗闇に目が慣れてくると、かすかに…何かが見える…。

 小さな歩幅で近づくと、坑道の入り口がかすかに確認できた。

 その坑道に続く足跡…をたどって視線を向けると…。


 真っ暗な坑道内から、生き物の息遣いと共に真っ白に見える靄が、ゆっくり吐き出されている…のが見え…その外殻が、坑道一杯にあるのがわかった。

 外殻が、ゆっくり、坑道の側面をこすりながら向かってくる気配が見える…。


 「…まじかよ…」とジェンスが声を出す。

 「あ…あ…あさ…と…」と服の背中を握っている手に力を入れるケイティ。

 「大変だ…こいつは…」とアサトはケイティに松明を渡して、太刀を構える。

 「長太刀が必要だ…」と後ろに下がりながら言葉にした。


 坑道から出て来たモノは、松明の灯りにほんのりと照らされているが、確かに熊である事は確認できた。

 ただ、泥で汚れている体は、坑道の側面をこすっているほどに大きく太い…。

 今まで見た事のあるハンティングベアーの顔をしているが…、体の作りは、その倍はある…となれば…こいつは………。

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