第4話 ジェンスの恋の相手 下

 「セラ、チャ子…」

 アサトの言葉に、二人は壁の向こうへとゆっくり消えて行く。


 …ってか…なんで?


 路地を抜けて大通りに出ると、背中を向けている姿と見た事のある耳が2つ…ではなく、4つ……。

 黄色い耳と銀色の耳がピクピクと動いている…。


 「どうしたの?」

 アサトの言葉に、耳を動かすだけで答えない。

 「チャ子…」

 サーシャの言葉にも、耳を小刻みに動かしているだけで答えない…。


 2人はなにやらひそひそと話すと…、大きく踏み出して大通りへと駆けて行く、その行動を見ていたアサトとサーシャは…「?」と首を傾げ、人込みを巧みに避けながら去ってゆく2人の後ろ姿を見ていた。

 雑踏にまぎれた2人の後ろ姿は、時間をかけずに消えて行き、その消えた後ろ姿をしばらく見てからナガミチの家に向かった。


 「大丈夫ですかねぇ~」

 「うん?どうしたの?」

 「いえ…ジェンスなんですけど…一目惚れって…」

 頭を掻きながら小さくうつむいた。

 「そうね…、でも、大丈夫なんじゃないかな…。最近、かなりやる気になっているようだし、たまにセラちゃんの修行に付き合っているけど、その時に見かける彼は、大声を出して頑張って剣を振っていたから…」

 「…そうですか…」

 少しだけだが、トーンを落とした口調でサーシャの言葉に返した。


 「まぁ~、アサト君が考えるのも無理はないよね、でも、このまま彼が、ここに居たいと言ったら、『いいよ』って言えるような懐の大きな男になりなさい…。これも彼の生き方なんだから」

 優しい笑みを見せる。


 そうなんだよな…旅に来るとは言ったけど、最後まで付き合わせる事は出来ない、彼が…、だけでなく、この先、誰でも、チームを抜けて、自分の生き方を選択できる…、そんな立ち位置にみんながいて、僕は、その選択肢を尊重しなければならない立場なんだよな…。

 エイアイさんも言っていたけど、僕の物語で、みんなの物語…それが交じり合って壮大な物語になる…。


 僕だけに都合のいい世界では無いし、そうさせてはならない…んだよな…。


 「懐…ですか…」

 「そうよ、ナガミチもアイゼンも、この山脈を越える時に、仲間と別れたわ…、でも、その時は、彼らは笑顔で別れた。彼らの選択を尊重しなければ、エゴになるって言ってね…」

 「エゴ…ですか」

 「うん。だから、アサト君も、人を尊重できる人にならなきゃ」

 サーシャは、まっすぐに前を見て笑みを見せた。


 …尊重…ですか…。


 その日の夜は、10回目の鐘が鳴る頃にジェンスが帰って来た。

 居間のソファーには、ケイティ、セラ、チャ子と並んで座り、帰って来たジェンスを冷ややかな視線で見ていた。


 …なんで、ケイティ?


 「おい…遅いぞ、色欲魔」

 「そうだ、遅いぞ、色欲魔。」

 「そうだ、そうだ…」

 ケイティ、セラ、チャ子の順で帰って来たばかりのジェンスへと言葉を並べる。

 「あぁ、悪かったな!ネコ娘にチビ狐。そして…貧乳姫」

 愛想無く答えるとジェンス。


 …ってか、貧乳姫はまずいでしょう…。


 「あぁ?今、さらぁ~っと、言ってはいけない事を口走ったな色欲魔」

 その言葉に、勢いよく立ち上がったケイティ姫。


 やっぱり、その言葉は、うちの姫には禁句のようである。


 「貧乳に貧乳って言って何が悪い!」

 吐き捨てるように言ったジェンスはダイニングへと向かう。

 「お…おまぁ~」

 ケイティは、ソファーに座っている2人へと身を乗り出し、目を吊り上げた。

 「あっちは大きかったか?」

 その問いに空を仰ぎながら考えるセラとチャ子…。

 そして、セラは自分の胸を揉む、チャ子も揉むと…ってか、男がいるんですけど…。


 「うん、確かに、年相応の乳はあった」

 「うん…、乳というか、おっぱいだった!」

 セラ、チャ子の順で答える。


 その言葉に小さくうつむくケイティ姫…、


 ……あぁ~なるほど…。


 「おい、ネコ娘。乳とおっぱいは何が違うんだ?」

 ケイティ姫は顔を真っ赤にさせてチャ子を見る。

 「う~ん。」

 辺りをキョロキョロ見渡すと、廊下を歩いていたシスティナに向かって指をさす。

 その指を見るケイティとアサト。


 「あれがおっぱい」

 チャ子は、大きな笑みを浮かべて答え、そして、ケイティを指さし……。

 「それが、乳」

 「そして……、これが…おっぱい」

 今度は、自分の胸を指さした。


 「はぁ~?」

 ケイティ姫は大きく眉毛を上げ、目を冷ややかにした。


 「んだ?んだ?ネコ娘?そりゃぁ~どういう意味だ?あぁ?」

 チャ子に向かってすごむケイティ。

 そのケイティに向かってファイティングポーズをとるチャ子。

 その傍でジェンスを睨んでいるセラがいた。


 …なんで、この子らは、ジェンスに向かって?


 アサトは、3人とダイニングで晩飯を食べているジェンスを見て考えた…が、答えが見つからないので、放っておいた方がいいと思い、中庭へと進み始める。


 修行を始める…精神統一…瞑想に入って……。


 「おぃ、アサト!」

 ご立腹のケイティ姫が呼ぶ声が聞こえる…。


 って…またぁ?


 気にしないように目を閉じている…。

 「おぃ!って、あたしが言っているんですけどぉ~」


 ここは、開けてはいけない…。


 「おぃ!おぃおぃおぃおぃおぃ…」

 近付いてくる音と共に声が大きくなる…、仕方ないので目を開けると、腰に手を当ててケイティ姫が見下ろしていた。


 …この展開は…


 「アサトはどっちが好きなの?」


 …またか…


 「さぁ~、さぁ~」

 詰め寄ると……。

 「まぁ…そりゃぁ~大きいのに越したことはないよな」

 タイロンがソファーに座り言葉にすると、アサトの目の前のケイティ姫は………。

 「かぁ~~~、お前には訊いてなぁ~~い」

 踵を返したように振り返ると駆け出し、ソファー近くで……。

 「っちぇぇぇぇぇぇぇぇぇスト!」


 ………と。


 ドタバタな夜を越えて眠りについた一同は、何も無かったように朝を迎えた。

 夏なので夜が明けるのは早い。

 ごそごそと言う音に目が覚めたアサトは、目を開けて音のする方へと視線を向けた。

 そこには、着替えを済ましたジェンスが、目を見開いてアサトを見ていた。


 「お…おはよう…」

 「あ…、ごめん。起こした?」

 アサトは、上半身を起こして辺りを見渡す。

 部屋の中は、すでに朝の明るさで一杯になっていた。


 「まだ早いから寝ていていいよ。俺は、修行の前に畑を手伝ってくるから」

 小さく言葉を発したジェンスは部屋を後にしようとした。

 「手伝う?」

 「あぁ、お母さんが病気で寝込んでいるみたいなんだ。ここに居るうちは手伝いたい」

 ドアのノブに手をかけたジェンスは、ゆっくり振り返る。


 「…俺…あの子と結婚したい!」


 …え?

 …えぇ?


 ジェンスの目はまじめな目であり、アサトをしっかりとした視線でとらえていた。

 その言葉に、ただ言葉を失ったアサトが、呆然とジェンスを見ているだけであった…。

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