第3話 ジェンスの恋の相手 上

 夕刻、8の鐘が鳴ると『デルヘルム』へと戻り、南西の門にて解散をした。

 アサトらも戻ろうとした時、ジェンスは用事があると言う事で、街の方へと向かった。

 スカンらも自分らの家に帰るようだ、とりあえず、スカンとアサトは、ギルドへと今日の報告をする為に向かう。


 噴水広場は多くの住民で溢れていた。

 夕方の買い出しや、狩りから帰って来た狩猟者らで大賑わいである。

 その広場を抜けてギルド広場に行く、ギルド広場は、噴水広場とは違った様相で賑わっていたが、おおかた狩りの帰りや夜勤の警護に向かう人らが主であるようだった。


 アイゼンらに今日の報告をした後、少しばかり話をしてから帰途に着く、スカンらの家は、パイオニアが用意した集合住宅のようであり、彼の話しだと、男3人で1部屋、女3人で1部屋を使っているそうである。

 ここで修行をした後、故郷『パイセル』へ戻って、警備兵と共に村を守ると言っていたが、修行の期間は決めてはいなく、出来る事なら旅をしてみたい、そして、黒鉄くろがね山脈の向こうへと行ってみたいと目を輝かせてもいた。


 噴水広場でスカンと別れたアサトは、ナガミチの家に向かう。

 ナガミチの家は、南門から噴水広場に向かって伸びている道から、路地に入り、かなり奥まった場所にある。

 その間には、多くの店が並んであり、大通りもそうであるが、路地にも露店や小さな店があった。


 路地に入る手前で、聞きなれた声が聞こえて来た。

 ふとその声を探ると、アサトが入るべき路地の手前にある路地に声の主が立って、客寄せをしていた。

 アサトは、身を壁に隠してその光景を見る。


 「いらっしゃぁ~い!いらっしゃぁ~い!花だよ!花屋だよ!花はいらないか~」


 …え?…。


 「え?」…。


 アサトの目には、花の絵が付いているエプロンを着け、バンダナを頭にかぶっているジェンスがいた。

 縦1メートル、横1メートル50センチ程の荷車は、花で一杯に飾られており、その近くには、髪の長い少女が恥かしそうに立っていた。


 …なにしてんの?ジェンス…


 アサトは、ジェンスを観察することにした。

 ジェンスは両手に花束を持ち、行き交う人に花を勧めている。

 誰も耳を貸そうとしないが、次から次に勧め、中には買う人もいた。

 「ジェンスさん…もういいですよぉ…」

 少女が恥かしそうに頬を赤らめ、視線を行き交う人達に向けながら言っている。

 「いやいや大丈夫!俺が、これ全部売ってやるから」

 そんな彼女を尻目に、大きく笑い、再び花を勧め始めた。

 本当に申し訳なさそうにしている少女。


 ジェンスと少女の関係は…、と言うか…、なに?ほんとに…なにあれ?


 アサトは、しばらくその状況を見ていると、背中を小さく叩かれた感覚に振り返った。

 そこには、サーシャが笑みを見せて立っていた

 「あっ…」。

 「ふふふ…今、帰り?」

 アサトは小さく頷いた。


 「…ジェンス君ね…チャ子も言っていたわ。花屋の子を手伝っているんですって」

 アサトに笑みを見せて路地に入って行く、その後ろ姿を見ているアサト。


 ジェンスはサーシャに気付くと、大きな笑みを見せて花を勧め始めた。

 そのサーシャも笑みを見せながら、ジェンスが手にしている花を購入した後、なにやら話をして、アサトの方へと顔を向けた。

 アサトは一度体を隠すように壁に隠れる…が、ゆっくり出てきてジェンスらを見る。

 2人は笑みを見せ、ジェンスは手招きをしていた。

 その手招きに小さく息を吐き出すと、ジェンスらのもとに向かう。


 「よう!アサト!」

 元気の良い発音でジェンスがアサトに手を上げた。

 「あぁ…、…って?」


 ジェンスは後ろにいる少女へと向きをかえた

 「彼女はバネッサ!来訪者じゃないけど、お父さんとお母さんが来訪者なんだって」

 ジェンスの紹介に、バネッサは小さくうつむき、頬を赤らめてお辞儀をする。


 「バネッサさんは、ジェンスとどう言う関係なの?」

 サーシャが笑みを見せながら聞く。

 「…あぁ…それは…、俺の一目惚れだ!」

 胸を張るっているジェンス。


 …はぁ?…ってか、関係を聞いているんだけど……。


 「もう1週間くらいになるかな…」

 ジェンスは聞かなくても馴れ初めを語り始めた。


 ジェンスの話しだと…。

 バネッサの家族は、王都より1か月ほど前に来たそうである。

 それもトンネルを通って……。

 トンネルの入り口にはクレアシアンが召喚した『ゴーレム』と言う、石で出来た魔物が存在するはずだが、どうやら、黒鉄くろがね山脈以北から、このルヘルム地方へと来る者には手を出さないようである。

 サーシャもこの件には驚きの表情を見せていた。


 話を戻す…。

 バネッサの家族は、このデルヘルムで土地を購入して、花を育てていると言う事のようである。

 父親は、デルヘルムの北側にある絶壁の麓に、数か所ある鉱石鉱山で働き、母親とバネッサは、花とわずかばかりの作物を栽培しているようだ。

 その畑で作られた作物や花をバネッサが、ここで売っていると言う事。

 ここで売るにはお金が必要で、その交渉をしている時にジェンスと出会ったようである。


 ジェンスは、サーシャに大きく頭を下げて謝っていた。と言うのも、交渉の際にギルド証を見せて交渉をしたようであり、サーシャも困った顔をしていたが、してしまったものは仕方がない、私が許可したと誰かに聞かれたら言ってもいいと言っていた。

 それから、毎日のように修行が終わると、ここで手伝いをしているようであった。


 たしかに…彼女は可愛い。


 歳も16歳と言っていた。

 母親が病気で寝込んでいるので、午前中は作物と花の手入れをして、午後からこの場で商売をしているようである。

 父親も、2日、鉱山に入ると出て来なく、出て来た翌日と翌々日が休みで、再び鉱山に入ると言うサイクルの仕事をしているようだ。


 サーシャは、残った作物の事を聞いている、まだ、来たばかりなので、人脈も無く、残った時は家に持ち帰り、近くの牧場にほとんどただ同然で分けていると言っていた。

 なので、明日からは、残った作物はパイオニアで購入すると彼女に提案をする。


 話によると、人も増えてきていて、狩りの場も少なくなってきている今、狩猟者を養わなければならない現状にあるから、幾分安くしてくれるなら購入すると言う事である。

 その提案に少女は大きく頭を下げて感謝していた。


 「こいつは、俺がいるパーティーのリーダー、アサトだ!」


 …って、今?


 「…あぁ、すみません…、色々話を聞いた後に…」

 恐縮しながら頭を下げる。

 「そして、…サーシャさん」

 「ジェンスには、もっと違う教育が必要ね…チャ子と一緒に座学を受けさせるべきだわ」

 ジェンスは、サーシャの言葉に目を見開き、「え?…えぇ~」と声を上げた。


 …まぁ~、それも必要のようですね…。


 しばらく話してからアサトとサーシャは、ナガミチの家に向かった。

 ジェンスは、もう少しここで手伝ってから帰ると言い、大きな笑みを見せていた。

 路地から大通りに向かう…と…、壁から見た事のある目が…2つ…と言うか、右目が…2つ?

 「あっ。」とアサト。


 その眼は冷ややかにジェンスらを見ていた。

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