第6話

「生きろ」

 たった一つの最期の命令に、従いたくはなかった。

 それでも、笑顔で主はその血だらけ手でこの心の臓の上に乗せて、我が名をもう一度呼んで重ねた。

「夜影………生きよ……。お前は、死ぬ…な。」

 共に逝こうと決めていたのに、まるで縛り付けるかのように。

 逆らいたかった。

 共に逝かせてくれと叫びたかった。

「主のお望みのままに…、御意に。」

 涙が溢れて止まらなかった。

 主の血が止まらないように、いっそ代わりにその血を流して涙を主に流して欲しかった。

 どうしてだろうか。

 こんなにも、悲しいのは。

 わかっている。

 この主の死こそ、武雷の滅び。

 共に逝き、共に滅びたかったのだ。

 残されたくはなかった。

 嗚呼、嗚呼、嗚呼、これが、残される者の痛みか。

 今まで味わったことのない、苦しみに脳みそがクラクラとする。

 目に焼き付けなければ、最期の灯火を。

 主のその目が大好きだった。

 その目に惚れて仕えると決めたんだ。

 武雷の受け継がれし目を、ずっと見ていたかった。

 見つめて、見つめられて、そして共に天下を取ってしまいたかった。

 その目が閉じられて、息が途絶える。

 我が主を抱き締めて泣いた。

 殺してくれ、とは言えなかった。

 生きなければならない。

 なんとしてでも。

 この先に、もう、何も残っていないのだとしても。

 我が主の意のままに。

 永遠に。

 そんな己に向けられる刃はもうそこにはなくて、主を抱いて離さない己をただ静かに部下は見ていた。

 やがて、武雷は滅んで、それでも部下は我が背に残って最期までついて行くと言い張った。

 主の頭蓋を抱えたまま、天下の行く末を眺めていた。

 部下は徐々に息を絶やして、今度はこの忍隊すらも滅ぶ。

 最期、一人の部下は書物を書き続け逝った。

 その書物がいつまで残り語り継がれてくれるかもわからない。

 それでも、部下の一筆さえも滅ぼしたくはなかった。

『生きろ』

 脳内で主が何度も言う。

 重ねるように、この名を呼ぶ。

『夜影………生きよ……』

 そのただ一つの命令のみに従った。

 ただ、従って待った。

 待ち続けた。

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それを言葉遊びというならば 影宮 @yagami_kagemiya

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