第5話
忍はただ、人間のように僅かな希望にすがりついて生きていた。
ずっと。
武雷家の滅びを目にしても、『きっといつかまた』と思い込むことによって、自害を選ばなかった。
共に逝くことをしなかったのは、この忍らしくはないことだが。
忍は生きることを選んだ。
それが、何故なのかを知りたい。
「お前の主たちも、俺みたいに転生してるんじゃないか?」
そう声を伸ばしても、忍の目は何処までも不安げに死んでいた。
希望がくだらない、無駄な行為であったとしても、忍はそうすることでしか生きてはいけない。
それを痛いほどに理解ってしまった。
「わからないじゃない。そんなの。何処にいるんだろう?ってどんなに足掻いても、結局此処に縛り付けられて、動けやしない。もう一度、こちとらに命令してよ…。」
力のない声が落ちては転がって消えていった。
もう、希望も死にかけている。
長い間維持したそれは、忍の忍耐力さえボロボロにして。
縛られて動けないんだと、忍が言った。
何処に?と言うまでもない。
この神社が、忍を縛り付けているんだろう。
しかし、忍が縛り付けられているのは武雷家のはず。
もしかしたら……?
スマホを開いて検索をかける。
武雷の場所は、現在でいうと何処なのか。
指し示された答えは、十分だった。
「この神社、此処…。」
此方の呟きに怪訝そうに、目を向けてくる。
「何。」
そんな目もどうでもよかった。
動けない理由、それは…。
「この神社、元々武雷があった所じゃないか。」
忍はカラカラと笑った。
『何を今更』というように。
では、忍は忘れることなくわかっていたのか。
それでも、此処を居場所と出来ないのか?
「神社なんかどうでもいいの。こちとらは此処を守ることしか出来ない。こちとらが守りたいのは、主の背中なんだよ。こんな神社、無くたっていいんだよ。今すぐ取り壊して欲しいくらいに。」
忍はひゅっ、ともう一度音を出して息を吸った。
『見て欲しい』というその願望を表す行為も、此方に向けられたものではなかった。
何年、何十年、何百年経ったんだろう、と空を見上げたくもなる。
飽きるほど待ったのに、忍は再会を果たしていない。
忍の書物にはこう書かれている。
『夜影ノ忍死シテ更ニ息戻リテ武雷主ノ元ヘ帰ラン 武雷ニ戻リテ再会果タシ日ノ本一ヲ名乗リ戦ヘ向コウ』
忍は死んでもまた新たに生きて武雷、主の元へ帰り、再会を果たす。
何度も繰り返されたその巡りは、忍が主の元に駆け戻ったから続いた話なのではないだろうか。
だから、忍がいくら此処に留まり待っても、動き主へ向かわなければ再会もせず、続きはない。
そして、その循環があったのは死んだのが忍であるからこそ続けられた。
否、主も死んでいたが、武雷はなくならなかった。
武雷が滅びなかった故に、主が変われども続けられた。
武雷失き今、その循環というものはもう途絶えてしまった。
続かせていた原因も、動けないのだからこれこそ、『動かなければ何も変わらない』という言葉になるのだ。
『待っていても何も変わらない』でもいい。
忍はその寂しげな表情を一転させる。
「まぁ、長いこと腐った希望にすがっててなんだけど、あんたが現れたってだけで可能性高いからもうちっとくらいは待てそうだよ。」
ニッと歯を見せて笑うと、天に手を伸ばして伸びをする。
切り替えの早さも変わることは無いようだ。
『いちいち病んでらんない』と言った過去はそれくらい忍は追われていたかたこその言葉だったのだと知った。
現代、忍がそんな忙しさ、情の不要さに追われているわけではない。
確かに短かかったが忍は先程病んだ。
「お前でも病むんだな。」
そう言えば一瞬きょとんとしたが、自分の言った言葉くらい覚えているだろう、直ぐに苦笑した。
「流石に、ね。こちとらもさ、ただ希望だけにすがってたわけじゃないんだよ?」
『夜影ノ忍最終主ノ命ニ従イテ滅ブ武雷ニ留マリ息続ク 日ノ本一ノ忍天下ヲ見下ロス影トナラン 忍曰ク「主我ニ命渡シ逝ク 追ウコト主ノ命ニ逆ラウ也」ト』
書物の内容を思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます