第3話
何が『悪趣味』なんだと言うのだろうか。
忍は忍のままに、
今や書物の中の存在であっても、この忍だけはそうじゃないのだろう。
その手綱を握り締めた時、その瞬間で勝敗も上下も決する。
必ず忍が勝てるわけでも、上をいくわけでもないんだろう。
必ず手綱を探り当てることが出来るわけでもないんだろう。
それはわかっていた。
戦国時代の記憶がそれを理解していたのだ。
この忍は勝てない、上を行けない相手にぶち当たった時、早々と身を引く。
それは手のひらを返したように、冷たく姿さえ見えないように。
忍が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて去っていく、そんな風景を一度見たことがあった。
その時の武士は忍の主と戦にて勝敗を決した。
忍はその戦にさえ現れず、やはりその武士の意識が死ぬまでは、姿を主にすら晒さなかったそうだ。
都合の良いように、忍はそうやって騙しては、何を目的としてか嘲笑う。
選り分けるように、指差すのだ。
わかったのは、忍を観察してからだった。
忍がこの懐に潜り込んで、もう手遅れなくらいに依存でもしてしまっているのか、中毒なのかと思う程に、侵食された後で。
もう、此処まで来れば忍がいちいち此方に訪れなくとも此方という餌は自然と足を運んで喰われにいくんだ。
恐ろしい。
わかっていても、もう、抜け出すことは出来ない。
死んで転生し新たな命で今その忍に会った此方でも、手綱は変わらないのか、それとも一時間という短い時間の中で同じように探り当てたのか。
忍は手綱を目の前に見せ付けるように、そして此方は既に身動きは封じられていて。
なんと恐ろしい。
「人間様は基本的、悪趣味だ。だからいけない。歩幅合わせてやろうにも、焦れったくて。」
愚痴から、今度は文句に聞こえてくる。
「普通に歩いてりゃいいものを、あぁだこうだと飾り立てて馬鹿みたいだって思わない?忍にゃ到底理解出来ないわ。いや、そうでもなかったのかな?」
一人で語って小首を傾げ、目線をそれに合わせるように右上へ向けた。
演技にしては上出来で、そうではないにしても人間臭い。
飾るようなそれこそ無駄であろうことを人間臭くやって、その目は此方に戻ってくる。
『理解らないわけないでしょうよ』と、わかりやすい例を用いた後に目で語ってくるのだから、なんとも言えない。
「例えば?」
それでも問い掛ける。
例えば無駄な飾りとは?
忍から見て無駄な贅沢とは?
忍はツンと鼻先を上に上げる。
見下すように目が背景の一点を捉えたままに器用に固定されているようだ。
「わかってるくせに。そうじゃなきゃ、それこそ悪趣味。」
それから目を閉じてクルリと左回りで向こうへ体ごと向いた。
答えることはしないで、忍神と書かれた札に手を添える。
それをそっと剥がすと、また此方を向いた。
「これも無駄。わかる?要らないところに時を使ってる。戦忍にゃ、そんな余裕は無かった。ううん、余裕の有無じゃない。たとえ余裕が無かったとしても、人間様はこんなことをするんだろうね。」
そう言いながら、ビリビリと細かくその札を破り捨てる。
そして風がそれを運んでそれぞれがバラバラになって何処かへと行ってしまうのを見送る。
「こうやって無駄をさらに無駄にされても。」
付け加えるように呟いた。
どこまでも呆れたような、溜め息が吐き出された。
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