第37話 刃のきらめき
沢渡はこっそりとため息をついた。
体にあてたはずだが、相手が変わらず動いているためだ。
(やっぱりボディアーマーをつけてるよな)
こちらは拳銃だけなので、正面火力が違う上にフラッシュライトがあるので忍び寄るのも難しい。
(ライトを潰して目を奪う……しかないか)
沢渡はかぶっている暗視ゴーグルを少し直してから、房の扉越しに拳銃を構えた。
扉に開いた鉄格子の小窓に銃を固定し、そしてもう一度「集中」をかけなおす。
暗視ゴーグルの中で、照門と照星がクリアに浮かび上がった。
まず二発。あたらない。
当然ながらフラッシュライトは敵のアサルトライフルの先端についている小さなものだ。
しかも敵の体動でゆらゆら動く。
(やっぱむりか)
素早く伏せた上を敵のアサルトライフルの弾が通り過ぎていく。
牢の扉はそれなりに分厚い鉄製だが、残念ながらアサルトライフルの弾には抜かれてしまう。
沢渡は、連射が止んだ隙を狙って、闇に紛れて反対側の房へと移動した。
「小僧、観念しろ! こちらには弾がまだまだある。おまえはもう負けだ」
もう一度鉄格子の小窓に銃を固定し狙う。
五回の発砲音の中でがしゃりという音が混じる。だがライトはついたまま。
「惜しかったなぁ! 今のはスコープだぁ! 俺はここだぞ!」
笑い声とともに、銃弾の嵐が沢渡のすぐ上を吹き荒れる
弾倉交換を行い、遊底を引いて初弾を送り込む。
それから送り込んだ初弾に祈りを捧げた。なにに祈ったのかは沢渡にもわからない。
匍匐で別の扉の影に移動。
沢渡はもう一度銃を構える。ライトのかすかな揺れに自分を合わせた。
集中が働き、相手の小さなフラッシュライトの光が、だんだんと大きく見えてくる。
照星と照門が光に重なり、相手にシンクロして動いた。
……ふと、相手が呼吸を一拍、止める。
沢渡は引き金を落とした。マガジンを空にする憩いで引き金を落とした。
周囲が完全に闇に返り、ライトのあったあたりが光る。
反射的に房の中に逃げ込み伏せた。
そして弾倉交換をしようとして、腰に残した手がスカる。もう弾は残っていなかった。
沢渡は呆然とした。体のあちこちを探るが、弾倉はない。
ミスをどうするか頭を巡らせていると入り口に向かって駆け出す足音がする。
沢渡は我に返り、ナイフを抜いて追った。
軍人が逃げていた。
逃がすわけにはいかなかった。拳銃の弾を切らした沢渡にとって、暗闇だけが味方だった。
幸い、敵はボディアーマーを着込みアサルトライフルを持って各種マガジンを吊り下げている。
沢渡は力いっぱい走った。
軍人の背に手がかかるほどに近づいた時、軍人が振り返ってアサルトライフルを向ける。 沢渡はかまわず飛びかかった。
ライフルはわずか二発撃っただけで空しく撃針を空撃ちして止まる。銃口は沢渡の体から外れていた。
軍人の顔にありありと動揺の色が浮かぶ。
沢渡は渾身の力で相手の胸に突っ込んでいき、共に床に倒れ込んだ。
もつれ合って転がる中、手が離れた軍人のライフルを蹴り飛ばし、上になった時にナイフを振りかぶって突き込む。
しかし腕を押さえられ、軍人の巧みな体重移動で転がって沢渡が下になった。
軍人がナイフを抜き、突き下ろそうとしたのを沢渡が手をつかんで止める。
脚で互いの脚を蹴りあい、沢渡が勢いをつけて転がり、また上になった。
腹部にがつんと衝撃が走り、沢渡は蹴り飛ばされて、転がる。
そして二人はコンバットナイフを手に同時に立ち上がった。
「こそこそと隠れるネズミ野郎にしては上出来だ」
軍人は荒い息を整えながら語る。
「だがな、貴様は私に絶対に勝てん! それを教えてやる!」
ナイフが鋭く突き出され、沢渡はそれをナイフではらった。澄んだ金属音が通路に響く。
相手のナイフさばきにひやりとした沢渡は、暗視スコープをはねあげた。
視界が狭まる暗視スコープは、もはや邪魔でしかない。
「私には愛がある。守るものがある。だが貴様にはあるまい?」
敵のナイフが軽やかにひらめき、沢渡はそれをナイフでなんとかはじいていった。
「私は娘のアーヤーを幸せにするためにはなんでもする。おまえ達を終わりない苦しみにたたきこんでもなんとも思わん」
再びナイフが自在にひらめき、沢渡は腕を浅く切られる。
「愛を得られないおまえ達にはない、私の強さだ。男を強くする力だ。VRに逃げた孤独なおまえ達にはわかるまい?」
ナイフのひらめきが早くなり、さらに二カ所浅く切られる。沢渡は後ろに下がった。
暗がりの中で軍人の目が光る。
「貴様達が男として劣等だとしても、他の者を不幸にする逃げ方は許さん。それは敵前逃亡だ。現実に戻り、苦しくても、おまえ達を産み育てた現実を支えろ」
沢渡は、一つ息を吐いてナイフを構え直した。
軍人が嗤う。
「無駄な抵抗だな。娘を痛めつけた報いは受けてもらうぞ」
沢渡がナイフを突き出す。
軍人がそれをかわして後退して蹴りを放ち、沢渡の足に打撃による鈍い痛みが走った。
「ふん、付け焼き刃だな。VRでの兵隊ごっこにしか過ぎん!」
たたらをふんだ沢渡を軍人が容赦なく切りつけ、沢渡の太ももから血がしぶいた。
そして千変万化にナイフが沢渡を襲い、さらに沢渡は刻まれていく。
「暗闇を作って戦闘環境の改変をもくろんだのは、褒めてやろう。だが貴様とは地力が違う」
突き込んでくる軍人のナイフをかろうじて避けて、そして反対の手の拳を腹に食らって沢渡は悶絶した。
息を吸えない痛みの中で、後じさって距離をとれたのだけは幸運だった。
「……さあ悔やめ! おびえろ! 貴様は女相手にしか勇気を出せないクズだ。本物の男の前では、這いつくばるしかないゴミだ!」
再び軍人のナイフが振るわれる。
沢渡は再び腕を浅く切られた。
沢渡の胸に絶望の冷たさがわく。
軍人は確かに技量が高かった。
沢渡が付け焼き刃なのも確かだった。
死が脳裏で点滅する。そしてここに閉じ込められることも。
死んでもリスポーンはきっとここの牢内だ。
軍人がまたもや振るったナイフを、沢渡は大きくよたついて無様に回避する。
結局大事なところで勝てないのか、そんな思いがふと頭をよぎった。
そんな時だった、その声がかかったのは。
「シュン、集中を切らすな。まだ勝てる」
そのつややかなアルトの声は知っている。
「……レクトラ?」
「俺もいるぜ!」
「レン! どうして、戻ってきた?」
「時間がかかっている。おそらく苦戦していると見た」
「この人が勝手に戻りだしたから、守ることにしたんだ」
「よそ見をしている場合か!」
軍人の叫びと共に振るわれたナイフを、沢渡は先ほどよりはましなステップで避けて距離をとった。
レクトラ達は階段の中頃にいた。沢渡達はかなり階段近くまで戻ってきていたのだ。
「二人とも外に戻れ。こいつは……強い。勝てないかもしれない」
沢渡は自分の発した言葉を信じていなかった。
よほどの偶然がなければ勝てないと沢渡は確信していた。
「シュン!」
ここちよいつややかなアルトの声が沢渡をうつ。
「集中を切らすな。君はまだ勝てる。そういったはずだ」
その言葉に込められた圧倒的確信は、沢渡だけでなく相手の軍人の動きさえも止めた。
「成長補助システムは集中によって習得率が格段に上がる。シュン、敵に集中して動きを盗め。実戦でも成長補助システムは作動するのだよ」
沢渡の背中がぞくりと震え、なにか理解がはじけかける感触がわいた。
「高度に集中し、無意識をドライブさせろ。意識ではなく、無意識で反応しろ。集中とは意識による余計な割り込みを減らし、無意識の膨大な計算に委ねることだ。無意識は成長補助システムの効果を理解している」
そう、ナイフでは後れをとったけれども、それまでは戦えてた。
あの小さなフラッシュライトを撃ち抜けたのだ。
「君の無意識がどうすればいいかを一番理解している。君は相手の技を、動きを、牽制を、フェイントを、盗め。成長補助システムが動作しているここなら、可能だ」
その言葉は魔法のように沢渡の心にしみこんだ。内容は半分も理解していない。だがどうすればいいか? それが全身に染み入った。
「やれるものならやってみるがいい!」
軍人は沢渡の不可能を確信し、おそるべき軌道でナイフを突き込む。
沢渡は、ただ集中した。それを無心と言う。
意識せず体が動き、相手の危険なナイフ軌道を最小限の手の動きでそらす。
パチリと意識の中でなにかがかみ合った。このナイフの使い方には覚えがあったのだ。
(ああ、これ教官のはめ技)
ここから蹴りが跳んでくるはずとぼんやりと考えている間に、ナイフを持った手で蹴り脚を切り下げる。無意識だった。
軍人の顔が痛みに歪み、そして愕然とした表情に変わる。その顔を左の拳で殴った。それすらも無意識の動き。教官が教えてくれたはめ技回避法。
そして知らぬうちに学んだ動きで肘を打ちこんでいた。とどめという意識が後だった。
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